第二章3 総本山にて
大変お待たせしました!!
僕が見たもの。
それは、善ではなかった。
だが同時に悪でもなかった。
ただ、そこに審判が下ったから、そう行動する。
命令された奴隷のように、それでも熟練の腕をもって、殺せないはずの相手を殺して見せた。
受け入れがたい事実を目の当たりにして、そしてただでさえこんな状況下であったこともあり、その光景を拒絶するかのように、僕の意識は突然途切れた。
目を覚ました時、まず視界に入ってきたのは知らない木造の天井だった。
……ここは……。
「やぁ、目が覚めたかい?」
淡白な言葉と共に僕の視界に入ってきたのは、天秤の紋章を胸に掲げた見た目は幼い子供の様な人。
この人は確か……
「……ナタリーさん?」
「どうやら意識の方はしっかりしているようだね。体は動かせるかい?」
「え、あ、はい……」
「寝起きで悪いが、君も連れてくるようにアレから言われたからね」
「……アレ?」
「……アレと相対するとき、下手したら首が落ちているだろうから気をつけて」
「首が……えっ!?」
「ま!気を強く、しっかりと自分を持ってことだよ、少年!!」
起こしたばかりの僕の身体の背中を、ナタリーさんは笑いながら叩く。
冗談なのか、激励なのか。
この人の言葉はどうも薄っぺらく聞こえてしまう。
あの激戦区の中で、それも兄さんを殺した後で出会った人だからこそ……信用できない……ような気がする。
……決断力がないわねって、これだとサーシャさんに喝を入れられそうだ。
気合を入れるために頬を叩く。
これからどこに行くのかはよく分からないけれど、前みたいに弱気にならないようしっかりとしなければ……。
「気合は十分……ってところかな?」
「は、はい!」
「それじゃ、いこうか」
ナタリーさんに促されるままに部屋を出る。
廊下は木とランプの明かり、他にも色とりどりの植物で彩られ、少なくとも何かしらの施設ではあるということが理解できた。
「……すごい」
「喜んでもらえたのならよかった。部外者は連れてこないものでね。第3者からの意見は欲しかった所なんだ」
「は、はぁ……」
「だが、楽しむのは後にしよう。今は会議が先だしね」
「……会議?」
「おっと……口が滑った。聞かなかったことにしてくれ」
そう言うとナタリーさんは出会った時の様に、一瞬のうちに廊下の端っこまで飛ぶと角を曲がって先に行ってしまった。
「ちょっ!待ってくださいよ!!」
一体あの速さ!どうやったら出せるんですか!?
無茶苦茶だと思いながら、それでも必死にその背中を追いかける。
角を曲がり、階段を下って、下って、下って、廊下を走って、階段を上って、下って、走って、走って。
そしてたどり着いた場所は、大きな開き戸の前だった。
先を走っていたはずのナタリーさんの姿はそこにはなく、扉の向こう側から声だけが聞こえてくる。
……この中に、入ればいいのだろうか。
恐る恐る扉を静かに開き、中を覗いてみる。
「いいから喚くな若造。活躍したいのはわかるがな……時と場所というものをわきまえよ」
「うるせぇロリババア!!あんたと違って俺は暴れたくて仕方がないんだよ!!」
「そこ、暑苦しいです。魔術の勉強がはかどらないので、よそでやってくれませんか?」
「ダッタラ、アンゼンナ、オウチニデモ、カエルトイイデスヨー」
「「「「あ!?」」」」
「……あなたたち、少しは仲良くできないのですか!?」
「馬鹿ばっっっかだからね。仕方ないよ。それより、私の部屋にいいお茶があるんだけど……どうだい?こんな奴らと居るよりかは、幾分かましだと思うけど?」
「いりません!!あなたみたいな下品な人にはついていきませんから!!」
「そりゃ残念」
………………あ、はい。
僕は何も見てないです。
……失礼しました~……。
「こら、逃げようとしない」
突然背後から肩を叩かれる。
パッと振り返ると、そこには先程僕の目の前から消えてしまったナタリーさんの姿があった。
……追ってきたはずなのに、追い抜いていた?
そんなはずは……。
「さぁさぁ、入った入った」
「ちょっ!?押さないでくだ……さいっ!!?」
開き戸を勢いよく開いたのと同時に、ナタリーさんに突き飛ばされ修羅場と化した6人の人がいる場所へと押し倒される。
バランスを保てないまま地面に倒れこんだ僕の音で、騒がしかった空間に静寂が訪れる。
視線はすべて僕の方に集まっていた。
「や、久しぶりだね。相変わらず騒がしいったらありゃしないな、君たちは」
だというのに、ナタリーさんは顔色一つ変えず僕を突き飛ばしたのにもかかわらず、その短い言葉を述べて部屋に入ってきた。
「……ナタリー、そいつはなんじゃ」
そう声を発したのは、頭に銀に輝くサークレット、手に持つのは大きな瓶をモチーフにしたような身の丈よりも大きな杖、そして輝くブロンドの髪と瞳。
しかしそれらをさしおいて……その人物は異様なほどに幼かった。
「アーカディア、今はそんな事些細なことだろう?」
「……いいえ、ナタリー殿。これは深刻な問題です。侵入者であれば、間違いなく首をはねなくてはなりません」
ナタリーさんの場を諫める言葉にかじりついてきたのは、東洋の特徴であるワフクなるものを着た、細い体には似合わないほどの可憐さと鋭さを兼ね備えた女性。
「そうはやらない、彩花。少なくとも彼は客人だ。そこは安心してくれていい」
「客人?……てめぇがか?龍殺し」
そして新たにかじりついてきたのは、毒々しい紫のサソリの模様が描かれた燃えるような赤い服装と、赤い髪に他を圧倒するほどの筋肉を持つ男性。
「……ブル、私は龍殺しではないと何度言えばわかるんだい?」
「だ・か・ら!!俺の名前はブルーグだ!!その名前で呼ぶんじゃねぇ!!」
「ははは、これは失敬失敬。覚えていたら気を付けるよ」
「ああ!?」
「……短気で馬鹿な男は本当に嫌いです。邪魔なので死んでください」
「だまれ!!厄災の血を引く小娘!!」
「……なんですって!!?」
……一体僕は何を見せられているのだろうか。
というか、なんでこうなってるんだろう。
「不思議に思うでしょう?彼ら、これでもギルドリーダーなんですよ」
信じられないでしょとでも言いたげな目で、ナタリーさんは僕に言葉を投げかける。
「……こんな人たちが、ですか?」
「そう。これでも最後まで残った8ギルドの内の6人の長ですよ」
「……残りの2つは?」
「1人は私、そしてもう1人は……、そろそろ来るはずよ」
その時、勢いよく僕たちが入ってきた扉とはまた別の扉が勢いよく開いた。
騒いでいた人全員の視線がその扉に集中する。
「ほら来た。……歩く殺人鬼が」
ぼそっとナタリーさんがクスリと笑いながらそうつぶやいた。
扉から現れたのは、全身を黒く大きなコートと鉄仮面のようなもので覆い隠した、全身血まみれの何者か。
その人物の片手には、血まみれになってぐったりとしているサーシャさんの姿。
そんなサーシャさんをそいつは迷わずナタリーさんの前に投げ捨てた。
「ナタリー、何だこいつは?弱すぎて話にならん」
「そんなこと言わないで、ユーリュ。彼女だって大真面目なんだから」
「にしても弱すぎる。こんなものでは、守護者も女神も、補佐することはできない」
「ま、それに関しては同意だけれどね」
……どうして。
「……どうして、こんな状態のサーシャさんを見て、平気なんですか!?ナタリーさん!!」
目の前の光景が信じられなくて。
この前まで隣にいた頼もしい人が、ぐったりと横たわっているのを見て。
叫ばずにはいられなかった。
だが、そんな僕に対して返ってきたのは……。
「悪いが戦争に弱者はいらないんだよ。足手まといになるだけだ。ましてや、重要な任務を背負ったエリートであるのならなおさらだ」
「でもっ!!」
「人情で戦争なんてやってられないのよ。甘ったれるな、ひよっこ」
あまりにも淡白で、辛い返事だった。
「……私は、そんな話をしに来たんじゃないぞ、ナタリー」
「……そうね、ごめんなさい。少し取り乱したわ」
そして、ユーリュと呼ばれたその人物は、そんなことどうでもいいと興味なさげな声でナタリーさんに声をかける。
ユーリュと呼ばれた人物が席に座ると同時に、他の7人も席に着く。
10席のうち埋まった席は8席。
……2席の空白。
だが、僕には今そんなことどうでもよかった。
ただ、放置されているサーシャさんの元へ駆け寄り、なけなしの回復魔法で傷を癒す。
……呼吸はしている。
どうやら殺されたわけではないらしい。
ただ、それだけで、僕は大きな安堵のため息を漏らすのだった。
そんな中でも、話は淡々と進んで行く。
「さて、朗報、悪報。どちらから話そうか」
「なら、悪報から聞こうかの」
大瓶の杖を持つ女性がユーリュに言葉を投げる。
「ギルド、空駆ける天馬、魔女の巨釜が姿を消した。おそらくは潜入したパチェリシカで捕まったんだろう」
その話に誰しもが眉を顰める。
「へぇ……他には?」
彩花という人を口説こうとしていた女性が、ユーリュに再び言葉を投げる。
「アルカディアの姫が脱走した」
ユーリュが発言した言葉を聞いたギルドマスターたちは、今何を聞かされたのかよくわからなかった。
訪れる一瞬の空白。
そして……
「「「「「「「はぁ!!???!?」」」」」」」
全ギルドマスターが口をそろえて席を立った。
見上げる空は綺麗な青。
どこまでも続く大地。
お城の中は閉塞感があってつまらないけれど、外はそんなことないから大好き。
「でも人と出会わないのだけがつまらないです。サーシャやナタリー、ウィッカはたくさんの人がいると話してくださっていたのに……。そうは思いませんか?クーちゃん」
「クー♪」
「うんうん、クーちゃんは可愛いですね。もう、食べちゃいたいくらいです」
ぬいぐるみのような大きさのクーちゃんをぎゅっと抱きしめる。
「ほら、見えてきましたよ」
長い長い道のりの果てにたどり着いた目的地。
「あれが……パチェリシカ!!」
「クー♪クー♪」
遠くからでもわかる大きなお城に、難攻不落と言われるほどの頑丈な魔法防壁の張られた城壁。
そして何よりもその大きさ。
私の街よりもきっとでかい。
少女はこれからの出会い、冒険に胸を高鳴らせ、街へ向かって走り出す。
その先が地獄であることを、彼女はまだ知らない。
後に愛する人たちと敵対することになることもまだ知らない。
そして。
後に良き出会いがあることも、まだ彼女は知らない。
そんな少女は、ただ、これから先の輝かしい未来だけを見て、城門をくぐるのであった。




