序章1-5 幸せな日々を願って
樹木型の魔物の触手のように延び縮みする幹は、伸縮性とは裏腹に信じられないほど固かった。
斬れども斬れども、刃が弾かれその隙を狙われる。
何度もギアで瞬間的に脚力をあげて、無理矢理回避をしているからこそ何とかなっているものの、これも長くはもたない。
大木の魔物の背後の気配にも気を使わなければいけない状況で、一人で戦うのは無理がある。
……だが、ここで無茶をしないでいつするんだ!
自分自身に言い聞かせ、刃を振るう。
が、それでも劣勢であることに変わりはない。
「洋一殿!!加勢するでござるよ!!」
「来ないでください!!」
「な、なんででござるか!?」
雷光さんからの加勢したいという意志は、非常にありがたい。
だけど、そう簡単に判断していいものじゃない。
背後から感じるとんでもない殺気。
これが最悪の火種になる可能性がある以上、安全を考慮したうえで雷光さんには西谷さんやてっちゃんを守ってもらわないといけない。
その理由を説明したいけど……!!
樹木型の魔物から幹のような触手が迫る。
すんでのところで迫りくる触手を捌き、魔物へと接近する。
理由を説明する暇を、この魔物は与えてくれそうにない。
なら、素早くこの魔物を撃破するまで!!
個性のギアを使って加速し、魔物へと急接近する。
今、俺一人の力で、この未知なる魔物を倒せるだろうか?
……いや、違うな。
できるかどうかじゃない。やるんだ。
四島での死闘の経験を、いま活かさないでいつ活かすんだ!!
もう、弱かった自分はいない。
多くの人の期待を背負っているからこそ。
俺は!こんな魔物程度!
斬り伏せていかないといけないんだ!
視界には迫りくる大量の幹のような触手。
怖い。
一撃でも貰えば間違いなく死ぬのがわかる。
だけど……こんなところで、くじけるわけにはいかないんだ。
思い出すのは、人を殺す感覚。
四肢を切り捨て、頸動脈を確実に貫き、最後には心臓を貫く。
人でやっていたこの行動を、この魔物で実践すればいいだけだ。
柄を強く握りしめる。
体は、殺し方を覚えている。
あとは、俺が、刀を振るえるかどうかだ。
迫りくる幹を前に、体は自然と刀を引き抜いていた。
一本、一本と迫りくる幹をかわしては切り捨て、また次の幹を切り捨てて、本体へと接近していく。
突然動きが変わった俺を見て、樹木の魔物は明らかに動揺した表情を見せた。
だが、魔物が俺への対応を変えた時、既に俺は魔物の懐に入っていた。
「……これで、終わりだ!」
刀で魔物の体を斬りつける。
その鋭い一撃は魔物の幹を斬り落とすのには十分すぎるもので、何本もの幹が魔物の体から斬り落ちていった。
体の重心が変わったことで、魔物は体勢を崩して倒れこむ。
ここを狙わない理由はない。
すぐさま刀を頭上に引き上げ力を込める。
刀に神経を全集中させ、何もかもを断ち斬るイメージを脳内で作り上げていく。
「頭義流抜刀術、一の型」
この刃で切れないものはない。
振り上げられた刀は、オーラのようなものを纏っている。
魔物はまだ態勢を立て直すことができていない。
「相乗破斬!!」
魔物の体に向かって刀を垂直に振り下ろす。
刀は何の抵抗もなく魔物の体を通り抜けた。
「洋一殿!後ろにござる!!」
雷光さんの声が聞こえ、とっさに背後に視線を移す。
いつの間に伸ばしていたのか、魔物の幹が背後まで迫ってきていた。
回避は、間に合わない。
だが、する必要もない。
幹が体に触れる直前で、ピタリと止まる。
そして、魔物の体が音もなく半分になるのとともに、その幹も地面に力なく叩きつけられた。
これで、一安心……じゃない!!
正面から視線を外してしまっている。
すぐさま先ほどの視線の位置に視線を戻すが、すでに対象は俺の目の前に迫り、獲物を振りかぶろうとしていた。
これは、避けられな……!!
「零弾。カウント0.1」
聞きなじんだ声とともに、一発の銃声が響き渡る。
次の瞬間、目の前に現れたのは氷の壁。
振りかぶられた獲物はその氷の壁に飲み込まれ、その動きを止めていた。
その一瞬を見逃さず、謎の対象から距離をとる。
下がった先で、銃声の主はケラケラと笑っていた。
「珍しいじゃないか!あの程度をしのぎ切れないなんてね!」
「言いたいことはたくさんありますけど!!今まで仕事から逃げてましたよね!?幸幸さん!!」
30代半ばとは思えぬすらっとした体形に、特徴的な2丁の魔拳銃。
”底なしの水瓶”の異名を持つ総司令、幸幸。
四島での逆境を共に乗り越えた頼もしい大人が、駆け付けてくれていた。
「なに、足柄のじじぃの孫娘と聞いたからには、駆け付けないわけにはいかないだろう?」
「会話を通信で盗み聞いているくらいなら、とっとと戻ってきてくれませんか!?」
「私にもやることがあるんだよ、色々とね。……それで、君は何者かな?そんな大きな鎌を素早く振りかざすんだ。人殺しも慣れたものだろう?」
獲物を氷の中に封じられた相手へ幸幸さんが銃口を向け問いかける。
しかしその問いに返事はない。
その大きな鎌の持ち主である女性は何も言わず、ただ俺を見つめていた。
深淵に引きずり込まれそうになるほどのその瞳。
底の見えない恐怖に、背筋が凍る。
「……スの………沼と同じ…法……」
互いに身動きが取れない膠着状態の中で、その女性は何かをつぶやいたかと思うと刃の部分を氷漬けにされた鎌の持ち手を持ち、力づくで引き抜いた。
「また来るよ……ラウル」
その女性は意味の分からない言葉を残し不敵な笑みを浮かべると、影のようにぬるりとその場から姿を消した。
5分、10分と周囲を警戒し改めて安全を確保して、糸が切れたかのように緊張状態から解放される。
ふーっと息を吐きながら構えていた刀を納刀し、警戒態勢を解いた。
「改めて助かりました。幸幸さん」
「気にすることはない。君の母親にも面倒を見るように言伝をもらっているからね。親友の約束を反故にするほど、私は馬鹿じゃないよ。それよりも、だ」
謎の女性が消えた方を見つめる幸幸さん。
「お盆休みで墓参りに来る人もいるというのに、これではこの山頂を開放するわけにはいかなくなってしまったな」
周囲の警戒もしかり、墓の修繕もしなくてはならないし。
また仕事が増えてしまったなと、幸幸さんは眉間にしわを寄せる。
「全部雷光に投げるか」
「これ以上仕事から逃げないでください」
そそくさと逃げようとする幸幸さんの耳をつかみ、ぎゃあぎゃあ騒ぐ幸幸さんを引きずってみんなに合流する。
俺たち2人の状態を見て、雷光さんたちは苦笑いを浮かべながらもねぎらいの言葉をかけてくれた。
「洋一殿!あんなやばいやつがいるのなら伝えてほしかたっでござるよ!」
加勢したかたっでござるとしょげる雷光さん。
「背中を雷光さんに預けられるからこそ、俺はまた刀を振れたんですよ」
「本当にでござるか?」
「本当ですよ」
「……信頼してもらえているのなら、何よりでござる」
でも次からはしっかり報告してほしいでござるね、と頭を軽いチョップで叩かれた。
「これでチャラでござる。次はないでござるからね」
ほら、早く下に戻るでござるよ。
笑う雷光さんに背中を押され、行きよりもにぎやかになったメンバーで山から下山した。
本部に戻った後、幸幸さんと雷光さんとともに報告書やら人員の手配を終えて一人先に服を着替えて帰路に就く。
「お、今仕事終わりか?」
外に出てすぐのところに、てっちゃんと西谷さんが待っていた。
「疲れてるだろうから先に帰っててもよかったのに」
手を振って呼ぶ2人に近づくと、てっちゃんが俺の肩を笑顔で掴んだ。
「あんな凄い魔物倒したんだぞ!!打ち上げするに決まってるよな!!」
「……俺、帰って寝たいんだけど」
「鉄さんに聞きました!洋一さんって料理が上手なんですよね!!私食べてみたいです!!」
結衣さんも目をらんらんと輝かせ、こちらに詰め寄ってきた。
出会ったばかりだというのに、距離の詰め方がすごい。
ランランと輝く目に押し切られ、ため息をつきながら携帯機器を取り出すと、自宅に連絡を入れた。
この時間なら葵が先に帰ってきてるはずだから、葵が出てくれてるはず。
が、電話に出たのは思いもよらない人物だった。
『よっす!ひろ!!元気ー?』
「………なんでお前が家にいるんだよ、龍馬」
自宅に電話をかけたはずなのに、その電話に出たのは俺の友達の1人、龍馬だった。
『あれ?言ってなかったっけ?明日いつものメンツで遺跡調査に行くぞって』
「これっぽっちも聞いてないんだが」
俺のいないところでこいつら何勝手に話を進めてんだ。
『まぁそういうわけで今お前ん家いるんだわ。そんでさぁ、もう少し話し合いに時間かかりそうなんだよな』
「電話切っていいか?」
『いやいや、最後まで聞けって』
聞いたところで、嫌な予感しかしないから切ろうとしてんだよ!気づけよこのあんぽんたん!!
そしてこの予想は見事に当たることになる。
『俺らに晩飯ごちそうしてちょ♡』
「ぶっ殺すぞ」
そう言って、俺は一方的に電話を切ると携帯の電源を切った。
……あぁ、夕日がきれいだな……。
帰って寝たいというのに一方的にパーティをする流れになってしまった。
……ええい、ままよ!!
「食材、買いに行くぞ」
その一言で、目の前の2人はやったーとハイタッチをしながら喜んでいた。
そんな2人を連れて、8人程度が食べられる分の食材を買い込み帰宅する。
帰宅すると電話越しに聞いていたようにいつものメンバーと、いつの間に来ていたのか雷光さんと今日助けた足柄さんのお孫さんが部屋にあがっていて、雷光さんはすでにお酒で出来上がっていた。
トランプやゲーム機で遊んだ形跡があり、片づけられることなくとてもご飯を食べられる状態ではない。
「……飯を作れというのなら!掃除くらいして待っとけやーーーー!!」
ちゃぶ台をひっくり返さんと言わんばかりの声を上げ、散らかした張本人たちに片づけを命じる。
そこからはなし崩し的に準備が始まり、俺が飯を全員分用意する頃にはすでに夜の8時を超え、全員腹ペコ状態でパーティが始まった。
そこからはもう無茶苦茶だった。
酒を飲みすぎた雷光さんは暴れるし、てっちゃんたちはどこから取り出したのかクラッカーを鳴らしまくり、それに対して葵たちが怒ってと、パーティと言っていいのかよくわからない状況になっていた。
そうしてなんやかんやしているうちに、1人、また1人と横になって眠ってしまった。
「全く……」
俺も疲れているというのに、片づけもせずに寝るのは何事か。
心の中では怒り心頭だったが、あんまりにも幸せそうな顔をして眠っているもんだから怒る気もうせてしまった。
ため息をつくしかなく、散らかったテーブルを瞼をこすりながら片づけていく。
しばらくして片づけを終えてから、1人ベランダに出る。
空は満天の星空が広がっていて、夏の蒸し暑さも感じられないほどの涼しい風が頬を撫で、静寂と時折聞こえるセミの鳴き声がまた風情を感じさせた。
……今年はどんな夏休みが始まるのだろうか。
あっという間に過ぎてしまった今日の事を考えながらそんなことを思う。
どうか、幸せな日々がこれからも長く続きますように。
澄み渡る星空に、そう願わずにはいられなかった。