第一章46 絶氷都市フリーテ編 全員生存確率1%のその先へ
お待たせナノダヨ!!
視界が光で覆いつくされる前に見えたものは、ノマスさんが力強く召喚士殺しに向かって突っ込んで行くところだった。
視界が光で覆いつくされる。
聞きなれないパンという音が視界が奪われた直後に響いた。
ここまで逃げるまでに何度もその音を聞いた。
どこからともなく飛んでくる見えない矢のような何か。
そんな知らないものに対して、私はただ怯えることしかできなかった。
何もできない。
自分はここまで無力なのだと、嫌なほど痛感させられる。
……過去から何も変わっていないこんな弱い私が、嫌になる。
静寂
光によって奪われた視界がだんだん元の夜へと戻っていく。
黒と赤と青によって形成されたこの街を、再び月灯りだけが照らし始めた。
そんなほのかな光に反射して私の視界に飛び込んできたものは、残酷な結末。
剣をその手から離し、血を流して倒れるノマスさん。
それを見た事のない武器を前に構えて、息を荒げる召喚士殺し。
もう、私のほかに、この子たちを守れる人はいない。
怖い。目の前に死があると思うと、足の震えが止まらない。
だけど……この程度では止まれない。
私は、第3席を殺すまで……死ぬわけにはいかない。
「……少しだけ2人で待っててね」
声も出せず泣く2人に耳元で囁く。
私を握る手がより一層強くなる。
……それでも私は突き放す。
かつて私の母が私にしたように。
手に握るのは、銀狼からなぜか渡された母の形見、短刀、”風華””風秋”。
本来の色を失い黒く濁ってしまったらしいその2本の短刀。なぜか手渡されたときから、吸い付いて離れないような感覚を覚えていた。
恐怖で手は震えている。
きっと私はこの短刀以外をここで握っていたら、まともに武器すら持てない状態だっただろう。
高まった恐怖という感情を、この短刀が抑えてくれている。
そんな気がしてならなかった。
「……どけ」
冷たい言葉が召喚士殺しから投げかけれらる。
「どかない」
この声は震えていないだろうか。
後ろの子たちにさらに恐怖を植え付けてはいないだろうか。
私は今、強くあれているだろうか。
パンッと乾いた音とに続き、私の頬を何かがかすめる。
「……次は、当てるぞ」
見た事のない武器の口が私に向けられる。
ここでどけば、私の命は助かる。
……。
…………。
………………。
……絶対に…………。
「どくもんか!!」
その声と同時に、もう一度乾いた音が響きわたる。
間一髪これを避け、召喚士殺しとの距離を詰める。
相手もすぐにこちらの攻撃を防ぐために、倒れたノマスさんの身体を乗り越え右手に握られた大剣をすぐさま振り下ろしてきた。
それを前に推しだすような形で受け止め、迫りくる衝撃を出来るだけ押し返す。
互いの力が拮抗し、少しの間戦闘が硬直する。
その硬直はすぐに解かれ、左手に握られた武器から攻撃をくらう。
その刹那、世界の時が遅くなった。
何が起こっているのか見える。
黒い小さな塊が、丸く空いた筒のようなところから噴出されている。
……これは、一体……。
何が起こったのかはわからない。それでも、何かが私を助けてくれている事だけは理解できた。
これを回避すれば、おそらく後ろにいる子たちに当たってしまう。
なら私の選択肢は一つだ。
ぶった切ってやればいい!!
「っ!!!!」
召喚士殺しの大剣を押し返し、少しずつ迫りくる鉄の塊を斬りおとした途端、時が再び動き出した。
「なにッ!?」
まさか対応できるとは思っていなかったのだろう。
その体制が崩れた。
叩くならここしかない!!
「これで!終わりよ!!」
一気に距離を詰め、召喚士殺しの心臓に向けて刃を突き出した。
ナイフで人を突き刺すときは、多少抵抗感というものがあるはずなのだが、この短刀はそんな抵抗すら感じさせないほどに、すんなりと相手の心臓を突き破った。
その切れ味に驚愕する。
こんなものを母が持っていたと事実が少し怖かった。
だが、目前の恐怖は去った。
……大きな犠牲を払いながらも。
短刀を腰にしまい、すぐにうずくまっている二人の元へと駆け寄る。
だが、そんな私を見て、リナちゃんが叫んだ!!
「危ないっ!!」
背後に何かを感じた。
だが間に合うはずもなく、左肩に激痛が走る。
痛みに耐えきれず、その場に崩れ落ちるように倒れる。
「……クソガキが。手間かけさせやがって……」
目の前で信じられないことが起こっていた。
私は確かに心臓を刃で貫いたはずだ。
貫いたはず。
それなのに、召喚士殺しの胸にその穴はなく、無傷だった。
私に静かに歩み寄ってくる召喚士殺し。
死にたくはない。
まだ死ねない。
意地と根性だけで立ち上がる。
「もう立ち上がるな。……辛いだけだろう」
「確かに……辛いわ。死ぬかもしれない今が、とても怖い」
「なら」
「でもそれが、倒れていていい理由にはならない!!」
吠えながら目前の敵を睨みつける。
上がるのは右肩だけ。
左からは熱い何かを感じる。
出血しているのは間違いない。
これは時間との戦いだ。
……私が死ぬか、召喚士殺しと共に死ぬか。
「……なら終わらせてやろう」
静かに召喚士殺しがつぶやき、左手に持った鉄の弾を打ち出す武器を構える。
私も動く右腕で短刀を構える。
……次はない。
これが、最後の一撃だ。
互いにそれを理解している。
どちらにもゆるぎない信念がある。
相手が揺らがないのなら、なぎ倒すまで。
道はどちらか一つ。
……そう思っていた。
「……え……」
召喚士殺しの背後に倒れているノマスさんが、腰から引っ張られるような形で立ち上がった。
そして、頭から真っ二つに召喚士殺しを斬り殺した。
広がる鮮血。
何が起こったのか理解できない。
今、私の目の前で何がどうしてこうなった。
反撃の隙を窺っていたのか?
水たまりができるほど、出血していた人が……?
「……ノ、……ノマス……………さん?」
恐る恐る声をかける。
このとき、いつもみたいに少し落ち着いた声で話しかけてくれればよかった。
……そうだったらよかったのに。
「………………………エ、イ、ユ、ウ、エ、イユ、ウ、エイユ、ウ、コロス、コロス、コロコロココココロロロ、コロロココココロロロロロスススススススススススス……コロスッ!!」
まるで操り人形のような気持ち悪い動きでノマスさんは私に迫ると、らしくないでたらめな剣を向けてきた。
それをすんでの所で回避しながら距離をとる。
背後にはリナちゃんとキーの2人。
後がない。
なのに、先が見えない。
この後どう動けばいいのかわからない。
みんなが生き残る未来が見えない。
考えろ、今まで以上に頭を回せ!!
何か……何か……!!
「コロ、ス!コロス!ココロコロス!!」
支離滅裂で感情のこもっていない言葉を吐きながら、私たちに迫ってくるノマスさんは恐怖の対象でしかなかった。
何か今すぐにできることはないか!!
頭を回しても今の私には何も出てこない。
出血と疲労のせいで、考えることも難しくなってきた。
もう、意識を保つのだけで精一杯だ。
……あぁ、ここまで……なのかな……。
「……私の助けは必要ですか?」
ふっと目の前に誰かが現れた。
「はっ!!!!」
その誰かは私に近づきつつあったノマスさんを拳で吹き飛ばした。
そして私の方に何かを投げてきた。
体がふっと軽くなる。
どうやら回復してくれたみたいだった。
「無事ですか?」
目の前に現れたのは年端もいかない少女。
その左胸には天秤のマークが描かれていて、背中にははこのようなものを背負っていた。
見た目や身長からしておそらく私よりも年下だろう。
そんな子がどうしてここに……?
いや、それよりもあの天秤のマークは……まさか。
「あなた……ギルド、ライブラの……?」
「はい。ウィッカと申します。今朝一度お会いしましたよね?」
その言葉でふと今朝の出来事を思い出す。
今朝といえば闘技場から来ていた子の名前がそんな名前だったような気がする。
詳しくは覚えてないけど。
何にしても助かったのは事実だ。
「ありがとう。助かったわ」
「助かったかどうかはまだわかりませんよ。……さすがに私も化け物を2人同時になんて相手にしたことないですから……」
ウィッカが後ろに視線を向けながら私に言葉を投げかける。
その背後では先ほど吹き飛ばしたはずのノマスさんが再び立ち上がり、おぼつかない足取りで、それでも確実にこちらに迫ってきていた。
そしてもう一人、召喚士殺しは真っ二つに斬り殺されたはずなのに気がつけば再生し、立ち上がろうとしていた。
この現実から目を背けたい。
ただその一心が積もっていく。
だけど……逃げてはいられない。
再び風華と風秋を構える。
「……戦うのですか?」
「あれ相手に逃げ切れると思う?」
「無理ですね」
「分かってるなら協力して」
「嫌と言ったら?」
「あんたを殺すわ」
「きゃ、怖い」
「感情を込めなさい、感情を」
「……しょうがないですね」
ポイっと何かをリナちゃんとキーの方に投げる。
2人の足元でそれは炸裂し、それは2人を守る盾となった。
「……それじゃあ、プリティーに!楽しく!行きましょうか!!」
「あんたキャラぶれっぶれじゃない!?」
遠くで聞き覚えのある音がした。
だがそれはあまりにもこの時代に不釣り合いで、脅威を振るうもの。
「……銃声?」
音がした方は西部、港口の方だ。
誰かがいる?いるのならノマスさんたちだ。
もしかしたら、何かに襲われているのかもしれない。
「葵!春香!ジャル!」
中央部の魔物をある程度蹴散らし、東西南北全ての方角に道を切り開いていた俺たち。
その異質な音にすぐに全員が反応した。
「西部だね!いこう!」
「早くいくわよ!」
「も……もう、行くんですか……?」
未だ元気が有り余る女子組に比べ、ジャルは既に体力を消耗しきっておりヘロヘロな状態だった。
それもそのはずなのだが、正直ここではいそうですかと言っている暇はない。
ここは、戦場なのだ。
「立てなくても立てジャル!!」
「言ってること、無茶苦茶ですよぉ~」
「理不尽とか言ってたらあんた死ぬわよ。戦場は常に理不尽なんだから」
「全く持ってその通りなんだけど!早く西部の道に行かないとまた魔物に囲まれちゃうよ!!」
早く早く!と葵に急かされ、へばっているジャルを無理やり引っ張る。
その時再び何かが脳裏によぎった。
それはジャルが死ぬ光景。
キーちゃんを庇って銃弾を受け、闇に飲み込まれていく結末。
……ルルと同じ死に方。
俺の進む足が止まる。
……本当に、このままジャルを連れて行ってもいいんだろうか……?
「……洋一さん?」
ジャルが足を止めた俺を不思議そうな顔で見る。
「……いや、何でもない。行こう」
そうして俺たち4人は港口へ向かって走り出した。
その先に先程以上の衝撃が待っているとも知らずに。
……
…………
………………
4人してたどり着いたのは、凍結した街の中でも異例なほどに獄炎に包まれた港口。
そこに、今にも倒れそうな状態で立ち続けている見た事のある女性2人。
そして……
…………
相対するのは、
ケタケタと笑いなが何かを斬り続ける、ノマスさんだった。




