序章1-4 アクシデント
すぐにてっちゃんたちに追いつき、その後も特に危なげなく研修をこなしていくてっちゃんと西谷さんを眺めていた。
そうして昼前から始めた研修。
気が付けば4時間も経っていた。
下りで戦闘は行わないとして、安全に下ることも考慮すると、不測の事態も考えて午後3時には下り始めた方が良いだろう。
時刻は午後2時。残り後1時間。
頂上までは後10分もかからない。
これなら、安心していいだろう。
「ほれ、頑張れ。頂上まであと少しだぞー」
休憩をはさみながら研修をしているとはいえ、戦いながらの山登りが身体にだいぶ応えているようだ。
てっちゃんはまだ少し余裕がありそうだけど。
西谷さんは喋る気力もなさそうだ。だいぶ息も上がっている。
だがこれも研修だ。何が足りないのかを反省できればそれでいい。
それが出来ないのであれば……。
その時は、その時だ。
改めて、前を進む2人へ視線を移す。
てっちゃんは西谷さんの事を心配しながら、ペースを合わせて前に進んでいる。
それに置いていかれないよう、西谷さんも必死に喰らいついていた。
変な心配はしなくてよさそうだ。
「このままいけば、無事に終わりそうですね」
「でござるな。鉄殿も西谷殿もあの若さでここまでやれるのでござるから、この先も心配する必要はなさそうでござる」
雷光さんとてっちゃんたちの評価について話をしながら、山頂への上るための最後の差かに差し迫った時だった。
「誰か!!……誰か助けて!!!」
山頂方面から、少女の声が聞こえた。
他の3人もその声に気づいたようだ。
この時間帯に裏山に人がいることは、おかしなことじゃない。
だが、裏山には魔物が出る。
ということは、山道へ入るには最低でも戦える人員が必要だ。
だから、少女以外の声や俺たちのような軍人に緊急連絡が入っていないというのはおかしい。
この状況、研修生2人に行かせるわけにはいかない。
かといって、監督としてこの場所にいる俺と雷光さんが研修生を置いて動き出すわけにもいかない。
こうしたときに分離すると、たいてい碌なことにはならないから。
経験則から俺たちを貶める罠であることは、十二分に考えられた。
だが……この声を聞いた時、俺はあの時の後悔が脳裏に浮かんだ。
手を伸ばせば届く距離、あと1秒間に合わなかったせいで助けられなかった妹の
“助けて、兄ちゃん!”
の声を。
……これは罠かもしれないんだぞ?
そんな疑問を抱いた時には、思考するよりも早く体は動き出していた。
「雷光さん!!てっちゃんたちお願いします!!」
「洋一殿!?」
風を置き去りにする勢いで駆け出して、1人山頂に先行する。
そこは2年前、多くの人が亡くなった埋葬地。
多くの人と街に傷跡を残したその証、グレゴリアスの被害者を憂う石碑が建てられた墓地。
無血と平和を願う花々が植えられた静かな墓地の最奥で、見覚えのない制服姿の少女が謎の大木の魔物に襲われ触手のような根っこに掴まれていた。
周囲に護衛のような人影はいない。
何かしら俺たちへ対する罠の可能性も考えられるが……。
ここまで追い詰められていてその可能性は限りなく低いだろう。
それに、ここがどんな場所であるのかを知っていれば尚更だ。
迷っている暇はなかった。
足に力を込め、柄に手を伸ばし納刀した状態で敵を見据え、そして……。
「頭義流抜刀術!一の型!!」
足に力を溜め、
「駆車!!」
力を一気に放出しながら地面を蹴り出し、敵に急接近。近づいた刹那に抜刀し大木の魔物を勢いよく斬りつけた。
勢いと斬れ味の良い刀だというのに、落とせたのはタコの足のように動く触手のような根っこが一本。
……固いっ!!
全部を斬りつけたつもりだったが、綺麗に斬れたのは手前の一本のみ。
だけど、第一目標は果たした。
根っこから解放された少女が背中から落ちてくるところを何とか受け止め、一度魔物と距離を取る。
「大丈夫か?」
抱え上げられた少女に声をかけたが、当の本人は何が起こったのかさっぱりわかっていないようで、泣きはらした目を何度もパチクリとさせていた。
「洋一殿!!」
後を追ってきた雷光さんは、目の前に現れた魔物を見てすぐに刀を引き抜き、天をも貫く強力な雷の一撃で敵の動きを鈍らせてくれた。
だが、雷光さんの斬撃をもってしても、大木の魔物の動きを少ししか止めることが出来なかった。
「……なんだよ、あれ……」
「……樹の魔物?」
雷光さんの後を追ってきたてっちゃんと西谷さんは大木の魔物を見て、各々の武器を強く握りしめていた。
「――――――――――――――――――――――――――――!!!!」
大木の魔物から出されたとは考えられないような雄叫び。
耳をふさがないとやっていられない。
「洋一殿!!研修は中止でござる!!鉄殿!西谷殿!一度退くでござるよ!!」
「は、はい!」
「わ、分かりました!」
雷光さんは素早い判断で、てっちゃんと西谷さんを後方に退かせた。
「洋一殿!!」
雷光さんに呼ばれ俺も一度退却しようと後ろを振り返ろうとして、
大木の魔物の背後に、とんでもない殺気を放つ何かがいることに気が付いた。
…………後ろを振り向いてはならない。
振り向いたら、多分、全員殺される。
何故だかわからないけれど、今まで積み重ねた勘が逃げてはならないと告げていた。
「君はまだ歩ける?」
抱え上げた少女に声を落として問いかける。
目の前の魔物に怖がりながらも、少女はすぐに首を縦に振った。
……良かった。
この子は、あれの存在に気が付いていない。
「……行って!」
少女を立ち上がらせて、雷光さんたちの元に走らせる。
「何やってるでござるか!!洋一殿!!」
「すみません、雷光さん。この魔物からは逃げちゃいけない気がするんです」
「意味が分からないでござるよ!!?」
どうやら、雷光さんも気が付いていないらしい。
あれだけの殺気を、俺だけに向けられるものなのか……?
いや、今はそんなこと考えている暇はない。
大木の魔物が硬直状態にしびれを切らし、こちらにその触手のような腕で大地を駆けこちらに迫ってきていた。
戦いたくはない。
生産性も何もない。だから争いは嫌いだ。
だけど……
”戦わないといけないところは、きちんと戦ってほしいでござるよ!”
今が、その時です。雷光さん。
……実際に戦うのはいつぶりだろうか。
らしく振る舞えるだろうか。
何者かから向けられている殺意を、雷光さん達に届かないよう出来ているだろうか。
魔物が空中に向かって咆哮すると同時に、残り全ての触手を俺に向けて突き出してきた。
後方に飛ぶことでこれを回避し、体勢を整える。
柄をしっかりと握り直し、目の前の的を見据え、俺は足を前に踏み出した。