第一章35 フリーテ編 一日が終わり夜も深く
次回から2日目です
春香に強烈な一撃を顔面にもらった後、とりあえずこのままここにいるのもいたたまれなかった、特に周囲の視線が冷たかったということもあり、俺たちはドラゴンナイツ騎士団の基地へ移動した。
そして、落ち着いてから改めて恐ろしい剣幕で迫られたので、先程までの出来事をかいつまんで説明した。
「……ふーーん……それで?サーシャはなんでこいつに抱き着いてたの?それだけは理解できないんだけど。このおバカさんに聞いても口割りそうにないし」
「そもそも俺がその理由を知りたいくらいなんだよ!」
「お前は少し黙ってな」
顔を近づけ変わらず恐ろしい剣幕のまま笑顔で俺に接する春香。
口でも言っていたが、俺に発言権を与える気はないという顔をしている。
こいついつもこうだよな……。
発言したら殴られそうだし黙ってよ。
春香から視線をそらしながら口を両手で塞ぐ。それを見て俺が何もしゃべることはないと判断したのか、今度はサーシャの方へとターゲットを変えた。
「……それでどうなの?サーシャさん?」
こいつ誰にでもお構いなしかよ!?いやに高圧的すぎるだろ!!
俺と同じようにサーシャにも接する春香を嫌な奴だなと思いながら、春香が問題を起こさないようにと念のためにその行方を見守る。
俺ほどではないにしろそれなりに強めに出ていた春香。
そんな春香に対してサーシャはそっけなくこう答えた。
「ただ転んだだけよ」
「転んだだけであーなるわけないでしょおおおおおおお!!!」
「細かいことを気にする女は嫌われるわよ」
「あんたに言われたくはないんですけど!!」
……というか、春香は今何に対して騒いでるんだ?もしかしてあれか?サーシャが俺に抱き着いていたことに対して怒ってるのか?
……あ ほ く さ
構ってらんねえや。
俺は静かにその場を後にして表に出た。
静かに扉を開けて外に出ると、扉のすぐそばで友恵がキーを抱えたまま座って見張りをしていた。
「最近見ないと思ったら、こんなところで何してるんだ?」
「……それよりも春香がああなった理由を私は知りたいわ。……交代の時間もう過ぎてるのに、あれのせいで誰もこっちに来ないのよ」
「そら災難なこって」
「同情するのなら代わってくれてもいいんだけど?」
「明日に響くからそれは勘弁」
「……そう」
残念そうに友恵はつぶやきながら、先程のようにまた口を閉じた。
友恵の腕の中で眠るキーは、この前の出来事など忘れてしまいそうになるほど安らかな顔をしていた。
そんなキーの寝息が聞こえるほどの静寂がいくばくか続いて、友恵が再び口を開いた。
「……そう言えば、銀狼って人はどこに行ったの?」
「銀狼か?あの人はキーを取り戻した日にこの街から立ち去ったってさ」
「……そう、なんだ」
友恵は俺の返答に少し寂しそうにうつむきながら答えた。
「なんだ?何か伝えたいことでもあったのか?」
「……そう言うわけじゃないけど……まぁ、私にも色々とあるの」
そう言ってキーを抱きかかえて友恵は立ち上がると、「交代の人が来たから私たちは部屋に戻るわ」と言い残して、俺が入ってきた扉をくぐって部屋の中へと姿を消した。代わりに現れたのは、なんとノマスさんだった。
「ノマスさん!?」
「おやおや、まさか君がここにいるとは……お隣よろしいですか?」
いつも通り、おっとりとして何を考えているのかよくわからないノマスさんは俺の隣に来ると、先程まで友恵たちが座っていた場所へと腰を下ろした。
「すみませんねぇ。春香、騒がしいでしょう?」
「いえ、もう慣れたのであれくらいは、もう日常茶飯事です」
「……それはそれは……何とも言えない生活ですね」
「正直地獄ですよ」
「そうに違いない」
そんなこんなで笑いながら、しばらくの間談笑しているとノマスさんが少し面白い話をしてくれた。
「君はこの世界に何でも願いがかなえられる不思議な道具があることを知っていますか?」
「……不思議な道具?」
「天からの杯、またの名を聖杯と言います」
「はぁ……」
「……その道具は、その名の通り天が……神が認めたものにしか姿を現さず、また願いも叶えないという不思議なものです」
そんな話は生きている中で一度も聞いたことがなかった。
だがここは俺たちが本来きていい場所ではない。俺たちが存在してはいけない時間だ。
そんな古い過去の時代だからこそ、残っている話なのかもしれない。
「私たちドラゴンナイツの団長は、その聖杯を手に入れるためにこの団を作り現在に至ります」
それはそれで欲望にまみれてるから、正義と言えるのか?……こんな真面目な人がそんな人についていくものかなぁ。
「不思議でしょう?そんな私欲まみれの人が団長だなんて」
「え!?いや……まぁ、はい」
「……彼女は色々とほっとけないんですよ。何をしでかすかわかったものじゃないですからね。案外春香に似ているかもしれませんね」
「……それはそれで……」
「君にとって私たちの団はもしかしたら居心地の良いものではなさそうですね」
「あははは……」
最後はドラゴンナイツ騎士団に春香と似た団長がいるという俺にとって気苦労しそうな話でノマスさんが室内に戻っていった。それと同時に他の団員が入れ替わる形でやってきて友恵同様見張りを開始した。
そのままそこにいても何もすることがなかったので、俺はそのまま室内に戻ることにした。
部屋はジャルの部屋にベッドが一つ余っているようなのでそこを借りることになっている。
室内ではまだもめている春香とサーシャの横を気づかれないように通り過ぎて、いつの間にか眠ってしまっていたジャルのいる部屋へ行くと、俺もそのまま横になって瞼を閉じた。
あの夜の事を私は今でも覚えている。
燃え盛る集落の中、かず兄に腕をひかれて逃げ回ったこと。
忘れもしない。忘れたくはない。
私からすべてを奪ったあいつらの顔を、私は忘れてはいない。
……なのに、復讐の糧にするためにこの団に入ったのに、気が付けばこの子の子守をしている。
ベッドの上ですやすやと眠るキーの頭をなでながら、友恵はまだ自分が空っぽでしかないことを思い知った。
まだ何も成し遂げられていない。まだ何も情報を得ることが出来ていない……。いや、違う。
懐から黒い2本の短刀を取り出す。
それは、銀狼から授かった……母の形見だった。
彼は私たちの集落に伝わる刀を所持していた。だがあれは最後まであの子の母親が所持していたはずだ。
仮にあの時引き継いでいたとしても、刀が力を貸してくれるのはおそらくかず兄だけなのだ。
……だからもしかしたらと思った。
消えてしまったかず兄なんじゃないかって。
でも、彼は私にこう言った。
”俺はお前たちのかず兄じゃない”
それがどういう意味なのか私には判らない。
でも、その少し寂しそうに私を見つめる彼は10年前に私が大好きだったかず兄そのものだった。
……かず兄そのものだった。
……………………
……どうして
「……どうして皆、私の前から消えちゃうの……?」
このどこにぶつけて良いのかわからない気持ちを、私はただ胸の中にしまうことしかできなかった。
夜も深まったフリーテの人通りがない場所で彼女は2人が来るのを待っていた。
「…………来たか」
「きらーん☆かわいい私の登場だよ!」
「あんた……その口調は相変わらずなのね」
「そう!これこそが私の!アイデンティティ!!」
「それはそうと、昼間のあの発言について何か言うことがあるんじゃないかしら……?」
「……その話は後でもできる。現状の報告を」
「私が手に入れた情報は、まずフリーテには思考を操作する領域が展開されているという事くらい。あんたは何か掴んできたんでしょうね……?」
「もっちろん!かわいい私は仕事も完ぺきにこなすのです!」
「もったいぶらなくていいから早く言いなさい」
「えーっとね……、まずはドラゴンナイツ騎士団はもうこの世に存在しないこと。そして、ルーク・マーリアは既に亡くなっている事……かな」
「……それは……」
「ありえない!私はどちらともこの目で存在を確認しているわ!」
「でもこれが真実。それは揺らぐことはないよ」
「……では、このことを踏まえて、だ。ウィッカ、引き続き闘技場での情報収集を頼む」
「あいあいさー!」
「サーシャ。……言わなくても判っているね」
「……もちろん」
「なら、今日はここで解散する。……2人とも、頼んだわよ」
サーシャとウィッカは互いにうなずいて、その場を後にした。
「……あぁ、時代が変わっても……人は変わらない、か」
君の言うことが今になって身に染みるよ、エルマーナ。
今ははるか空のかなたで眠る友を思いながら、その人物は空を見上げた。
星はまだ輝いている。
だが、世界はこんなにも暗く、今にも燃え尽きてしまいそうだ。
そうだね。私があきらめるわけにはいかない。
君ならきっと、こんな弱気な私を見たら叱責するだろうね。
あぁ、やってやろうじゃないか。
100年前のあの時のように。




