序章1-3 裏山での研修 (改稿済み)
「改めて説明させてもらう。今から行うのは、裏山での簡単な実践と魔物の討伐。山頂まで無事にたどり着くことが今回の目的だ。学校の実践演習が外で行われるみたいなもんだから、気楽に取り組んでもらって構わない。怪我したら俺が回復するからいつでも言ってくれ」
「基本的には、鉄殿と西谷殿でタッグを組んでもらうでござる。まだ二人とも出会ったばかりだとは思うでござるが、連携がすぐにできるくらい今日は行動を叩き込んでいくでござる」
「僕たち二人の戦闘スタイルで戦っていけばいいわけか……」
「そう言うことでござる。判断に迷うときはいつでも聞いてもらって構わないでござる」
「分かりました。西谷さん、一緒に頑張っていこう!」
「は、はいっ!が、頑張ります……!」
やる気は十分だな……。
てっちゃんはなんだかんだ実践経験もある。簡単な戦闘判断なら十分任せてもいいだろう。
なら、今回見ていくのは……。
西谷さんの動きと、てっちゃんの指揮能力の2つかな。
はてさて……。
優秀であるからこその学生入隊。
幸幸さんと雷光さんの推薦で入ったてっちゃんと、西谷さん。
いったいどれほどの実力を兼ね備えているのか、改めて見極めていこうじゃないか。
……できれば、ここで見込み無しになってもらった方が俺としては願ったりかなったりだけど。
「よし、俺と雷光さんは後ろからついていくから、好きな方が指揮して先に進んでいいぞー」
まずは様子見だ。
実際にてっちゃんたちの動きを見てから判断していこう。
俺たちが住んでいる街は海と山に囲まれている。魔物にとって攻めにくく比較的防衛しやすいことからも街としての歴史が長い。
そのため裏山と言っても、街道のように道は整備されていて、魔物除けの為に明かりもところどころに設置してある。
基本安全な街道ではある、裏山への登山道。
ただ、中にはそんなこと気にしない魔物が街道上に現れることがある。
例えば……。
「あれは……ケルミン…ですか?」
西谷さんが人形のような何かを見ておずおずと俺たちに尋ねた。
ケルミンとはぬいぐるみのような愛らしい姿をしている魔物で、あまりの害のなさに街でも飼育が認められている珍しい魔物。
……ただし、人に飼われているそのほとんどが街の中で生み出されているものだ。
つまり、野生はそうとはいかない。
「教科書でも出てくる基本的な魔物だ。基本的にかみつく攻撃しかしてこないけど、中には毒をもつものや羽の生えたものもいる。その姿も多様だから、個体によってはどんな攻撃をしてくるのかわからない魔物だ。油断はしないように。それじゃぁ行っておいで!」
2人の背中をポンと押し、前に出るように促す。
てっちゃんは意気揚々と、西谷さんはその後を追うように前に出ていった。
「雷光さん、一応の為の準備もお願いします」
「いつでもいけるようにしておくでござる」
雷光さんは腰につけている刀に手をあてながら、ニカッと笑った。
よろしくお願いしますと言い残して、俺はてっちゃんと西谷さんの後ろに着く。
てっちゃんの武器は槍、特にその突きは目を見張るものがあり、13歳の時の勝負では一本取られてしまった。だが薙ぎ払いが下手だから、あの時からどれくらい成長しているだろうか……。
西谷さんは研修に行く前に情報を確認したところ、歳は俺たちより一個下、つまり14歳。
戦場に出すには少しためらわれるが、軍に志願し入団試験も突破してきたのだから、それなりに何か理由があるんだろう。
西谷さんの手には、片手でも持てる魔法石が取り付けられた簡素な杖。
魔法使いは戦況を見極める広い目が必要となる。
魔法使いとして気を配れるか……。
早速、西谷さんが炎魔法のファイアーボールでケルミン一体に攻撃を繰り出した。
周りを気にせず遊んでいたケルミンたちは大パニックを起こし、その場でドタバタと暴れだす。
その隙を突くように、鉄が丁寧に突きでケルミンを捌いていく。
コミュニケーションこそなかったものの、2人とも確実に魔物を仕留めていった。
まぁ、ケルミンだしこんなもんか。
そんなことを思いながら、2人の奮闘を眺める。
…………ふと、森の中から視線を感じた。
刀の柄を左手で持ち、視線を感じた方を首を動かさずに確認する。
…………が、そこには何もいなかった。
気のせいか…………?
……寝不足で、疲れてるんだな。
だが……もしも、がある。
警戒しておくに越したことはない。
何時でも迎え撃てるようにはしておこう。
「ひろー!終わったぞー!」
「高田さん!終わりました……!」
戦闘が終わった2人は、まだまだ余裕とでも言わんばかりに元気だった。
……今はこちらに集中しよう。
よそ見をしてので、新人たちが怪我しましたとか一番シャレにならない。
それこそただでさえ滞っている書類の処理が増えてしまう。
戦闘が終わってこちらに戻ってくる2人を迎えながら、そんなことを思った。
それからはてっちゃんと西谷さんが危なげなく出てきた魔物を捌いていき、ゆっくりと山頂目指して時に休憩を入れながら街道を進んだ。
そんな道中、木陰で休憩している際に話すのが苦手そうな西谷さんから質問がとんできた。
「……あの、高田さんって、あの高田さんですよね?その……狐火って呼ばれてる……」
確かに目立つ格好はしていたから、いつ聞かれてもおかしくはなかったけれど……。
隠してはいないが、改めて自分で口にするのは恥ずかしい。
さて、どう伝えようか……。
「そうでござるよ!!2年前のグレゴリアス討伐戦において13歳という若さで最前線に立ち、魔物を倒した狐火本人で間違いないでござる!!」
「雷光さん……?余計なところまでは言わなくていいんですよ?」
「だって事実でござろう?」
確かにそうだ。俺が狐火であることに間違いはない。
だが、俺はそのことに誇りも、尊厳も、優越感も感じてはいないし、狐火という名前に想い入れはない。
あの戦いでは失ったものが多く、それでいて俺を縛るものが増えただけだった。
俺はただ、男子として、学生としての日常を送りたいだけなんだ。
だから……
「失礼かもしれないんですけど……、どうやったらそこまで強くなれるんですか?私、もっと強くなりたいんです……!」
自ら異端に向かっていく、それを憧れと感じている人間を見ると、自分を見ているようで、自分と同じ結末へたどり着くことが嫌で……。
「……戦いから、逃げることだよ」
嘘でも生きてほしいから、現実から目をそらす。
俺の言葉を聞いて、それが強さとどうして結びつくのか分からない西谷さんは、首をかしげていた。
あぁ、分からなくていい。分からなくていいんだ。
俺が現役の間に、こんな必要のない戦いを終わらせてしまえばいいんだから。
「……さて、休憩も15分も取ったことでござるし、最後は頂上まで駆け抜けていくでござるよー!」
雷光さんが西谷さんに、鉄殿が待っているでござるよと言いながら背中を押した。
どうやら雷光さんが気を利かせてくれたみたいだった。
「嘘を教えるのは駄目でござるよ。……否定は、しないでござるけど」
「……嘘も、俺たちで真実にすればいいんですよ」
「で、ござるな。……でも、戦わないといけないところは、きちんと戦ってほしいでござるよ!」
「……そこは任せてくださいよ」
まだ……あいつや家族の分まで、生きてないから。
そこまでは、死ねない。
「行きましょう、雷光さん。このままだと2人に置いていかれます」
「……そうでござるな。湿っぽいのはここまでにしとくでござる」
そうして、先を行くてっちゃんと西本さんに置いていかれないよう後を追った。