序章1-1 一日の始まり (改稿済み)
私のお姉ちゃんはすごいんだ!魔法が使えるんだよ!魔法なんて本の中だけだって思ってた。でもね、この前お姉ちゃんが魔法を見せてくれたの!本当にすごかったんだ!またお姉ちゃんの魔法を見たいな!! 2012 3月6日 ■■■■■■
人の焦げた臭い。
今まで嫌になるほど嗅いできたこの臭いを、一番大好きな場所で嗅ぐことになるとは思ってもいなかった。
戦場から逃げた罰だ、戦わなかった罰だ、誰かからそう責められているような気がする。
逃げたい、今すぐに逃げたい。
でも逃げるわけにはいかない。
これ以上、家族を、友だちを失うわけにはいかない。
右肩は動かない。
両足も笑っている。
それでも、後ろにいるこいつらの為なら、何度だって立ち上がれる。
なれない左手で刀を握る。
次はない。
この一撃で決めなければ自分も、仲間も、街にも明日はない。
だから、この一撃にすべてを込める。
目の前の、黒く巨大な腕を持ち、伝説の竜のような堅さと信じられない強さを持った……。
あの化物を、倒すために。
「……ーい、起きろー。ねぼすけー。おーい」
ペシペシと頬を何度も叩かれる。
やめてくれ。
今日は朝の4時帰りだったんだ。
15の子供に睡眠時間4時間はきつい。
頼むから寝かせてくれ。
反覚醒状態のまま頬を叩いてきた手を嫌々と払い布団をかぶる。
あぁ、お布団最高……。
「どう?春ちゃん?ひろ君起きそう?」
「うーん、起きそうにないねぇ。どうする?一発ぶちかます?」
「そ、それは…日頃から働いてもらっているひろ君に失礼じゃない?」
「そうだけどさー……あ!」
「ん?どうしたの?」
「せっかくだから、疲れてるひろの代わりに、私たちが朝ご飯を用意してあげたら良いんじゃないかな?」
……おー、朝ご飯作ってくれるのかー。そりゃぁありがたいなぁ……。
あれ、でも春香が作る飯ってほぼ100%でダークマターになったような……。
半分しか起きていない頭でそこまで思考がいたった時、かつての記憶が呼び起こされた。
見た事のない形、色。
嗅いだことのない何とも例えがたい匂い。
そして味、食感。
どの要素に至っても思い出すだけで鳥肌が止まらなくなる。
そんな恐ろしい物体を再び春香が作ると言っている。
身の危険を感じて、俺の半分眠っていた体はすぐに目覚めた。
「よし作ろう、今すぐ作ろう。そして頼むからキッチンに立たないでくれ」
体を無理矢理起こしてダークマター製造機、もといキッチンへ行こうとしていた春香の腕を強く掴み制止する。
しかし、体は正直だ。
だるい。
非常にだるい。
それでも脳が告げる。
このまま行かせてはならないと。
「いーよいーよ。”私たちだけ”で朝ご飯作るから♡」
「作るから!!今すぐ作るから!!やめてください!!お願いします!!」
「ってか、もう作ったから起こしに来たんだけど」
「……え」
もう作ったから
処刑ともいえる言葉が告げられる。
電撃が身体を駆け巡り、警鐘を鳴らす。
此処に居てはいけない。すぐにでも逃げだすべきだと。
パジャマのままだろうと関係ない、今すぐ家から逃げ出そう。
なに、4階建てアパートの最上階、しかも端っこで足場も下にはそうない?
んなこと気にしていられるか、死ぬよかましだ。
キッチンから距離的に近いベランダへと向かって走り出す。
が、その前に春香は俺の腕を捉えた。
手に握られているスプーンには、赤と緑の中間のような色をしたテカテカで、ゼリーのような見た目をしている何か。
背丈が俺よりも小さい割には、馬鹿みたいに力があるせいで捕まったらそう簡単には逃れることが出来ない。
「さ、沢山食べてね♪」
「ちょっ!まっ……!!」
俺の言葉を待たずして、口の中に勢いよくスプーンが突っ込まれる。
刹那、身体に駆け巡る危険信号。
だが体は動いちゃくれない。
……あぁ、こんなことなら昼まで布団で寝とけばよかった。
そう後悔しながら、俺の意識はもう一度夢の中へと沈んで……。
「えいっ!」
頬を叩かれてすぐに意識を戻された。
「……大丈夫?」
意識が飛んだこともあって、すぐそばにいた葵も意識が飛んだこともあり顔を覗き込んで心配そうな顔をしていた。
口の中に残る未体験の何かを早く取り除きたいが、まずこれだけは言わせてもらいたい。
「味見もしてないものを人にくわせるんじゃねぇ!」
「だって、食べたら危なさそうだったからね!」
無い胸を張り、自信に満ち満ちた顔でふんぞり返るその様。
アホ丸出しだ。
ここまで料理が下手くそで、どうしてできると自信がつくのか。
これが分からない。
だがこれだけは言える。
このままここにいたら、命が危ない。
さてどうして逃げようか、頭を巡らせる。
とちょうどいいタイミングで、携帯が鳴った。
「急用!手助け求むでござる!」と誰から送られてきたのか一目見てわかるタイトル。
丁度いい。これを逃げる理由に使わせてもらおう。
「わりぃ、雷光さんから仕事のヘルプが入ったから今から少し行ってくるわ!」
「え!ちょっと!?これ誰が処理するのよ!!」
春香。料理を処理すると言っている時点で、それはもうゲテモノなんだよ……。
もう少し人に食べさせることを意識してほしいな!
だが今は逃げるに限る!!
急いで身支度を済ませ着替え終わると、葵と春香に呼び止められる前に家を飛び出した。
天気は雲一つない晴天。蝉は耳をつくようにけたたましく鳴いている。
どこにでも幸せが広がる誰もが望んだ日常。
うん、今日も良い日だ!……朝食以外は。
雷光さんを待たせるわけにもいかないし、早く基地に向かおう。
アパートを飛び出し街の中心にそびえたつ大きな塔を目指して、駆け足で所属している軍部基地へと向かった。
そして……腹を下した。
朝食のあの一口が効いたのか、腹痛が収まらず1時間ばかりトイレに引きこもることになってしまった。
「……辛そうでござるな、洋一殿」
「……仕事明けに、春香から無理やり謎の食べ物食わされましたからね……雷光さんも食べに来ますか?お花畑が見えますよ?」
「遠慮するでござる。とりあえず、口直しにおしるこでも飲むでござる」
もう二度とあんなゲテモノ食べてたまるか。
腹痛に備えトイレ付近の休憩所でお腹を休ませていると、メールで俺を呼んだ雷光さんが俺を心配してか飲み物をおごってくれた。
雷光さんは2年前にある人の紹介で出会い、今はともに精進しあう良き同僚。
そして、葵と春香のゲテモノ料理の被害者でもある。
だからこそ、腹を下したことに同乗してくれた。
その心遣いには感謝したいが……。
「……今、夏ですよね?なんであったかいおしるこなんて飲んでるんですか?」
これから夏真っ盛りが始まるというのに、雷光さんは俺に笑顔で熱いおしるこを渡してきた。
雷光さんの手にもおしるこあるし……。
しかも胃が持たれているところに甘いものって……、殺す気かな?
「最低限のエネルギーも取れるし、簡単に飲めるからいいでござろう?」
「…………小豆が少し残って最後飲みづらいんですよ」
「それを上手に飲むのもまた一つの楽しみでござるよ」
そう言いながら雷光さんはグイッとおしるこを飲み干した。
すぐにでも戻してしまいそうだったが、もらってしまった以上無碍には出来ない。
何とか真似して飲んでみたが、熱い小豆と汁物が喉を直撃したので、結果むせる羽目になった。
むせるだけで済んでよかった……。
「それで、俺が入ればいいのは今日の新人研修のヘルプですか?」
「そうでござる。ついさっき幸幸さんからしばらく失踪するからって連絡が来たでござる」
「……フリーダム過ぎる……」
「あと言伝に研修は適当に裏山で遊んでて、と。……頭が痛いでござる」
トップ層の人間が果たしてこんな適当でいいのだろうか?
あの時のように少しは真面目に取り組んでほしいものだ。
そして研修内容、大ざっぱ過ぎない?
疑問しかないが、上が空席の今これ以上この話題を続けても意味はない。
本題に入ろう。
「雷光さん。今日の研修、魔物との実践はどうしますか?」
「洋一殿が支援、拙者が戦闘支援を行うでござる。危険だと思ったら、いつも通り声を掛け合うでござる」
「了解です。……それじゃあ着替えて行きましょうか」
「お腹は大丈夫でござるか?」
「これ以上新人を待たせるわけにはいかないですからね」
「それもそうでござるな」
カカカと雷光さん笑いながら下のメインホールで拙者も待ってるでござると言い残すと、おしるこの空き缶をごみ箱に捨て、エレベーターに乗って行ってしまった。
よし!それじゃあまずは……。
「……トイレに行くかぁ」
おしるこを飲んだせいか、お腹がびっくりしたのか分からないけれど、俺は再びトイレにこもることになった。でも出すものを出してしまってからは、腹痛も嘘のようにおさまった。
おしるこ、凄いな。
今度またあのゲテモノ料理を食わされたらおしるこを飲むようにするか。
そんなことを考えながら、更衣室へと移動し自分のロッカーを開ける。
中には一着の巫女服をあしらった、赤と白が特徴の仕事着。
改めてセンスを疑う仕事着だ。
だけど仕方がない。
俺は皆にとって星でなければならない。
嫌だと言っても、それは個人の都合だ。
仕事着を手に取り袖を通す。
更衣室に用意された鏡を見ながら、恥ずかしいところがないか確認していく。
そこに写っているのは、一個人の俺ではない。
幾度となく荒波を乗り越えて来た、15歳の若きエース。
狐火。
封印されていたグレゴリアスを打倒し、鬼にまみれた島の鬼を救った誰もが憧れるお伽噺のようなヒーロー。
その名を高田洋一。
世界に作り出された偶像。
「よしっ!行こう!」
服装に恥ずかしいところはない。
頬を叩いて気合を入れなおし、俺は今日も偶像としての一歩を踏み出した。