第2章36 死の宣告 残り3日→5時間 契約
ありえない人物からの一突きは、体制を崩したライリーンにとって、確かにダメージを与えることが出来た。
しかしその攻撃をもってしても、イクティオの持つ槍はライリーンの装甲の硬さもあいまって、使い物にならなくなってしまった。
これで全てを出し切った。
これ以上相手からのアクションがあるのであれば、諦めて逃亡するほかない。
さぁ、どうだ。ライリーン。
あなたの主人として、今の私はふさわしくはないだろうか。
「人間。一つ尋ねたい。何故根源たる一を越えようとする。あれは世界の理そのものだ。神ですら手を出すのを恐れるような代物に、なんのために手を出すのだ」
顔に少しだけ傷を負ったライリーンは、見定めるかのように真っ直ぐ私を見つめていた。
なんのために、か。
「……わからないわ」
「……わからない?」
「私が、私たちが根源たる一を越えようとしているのは、崩壊と再生を阻止するためよ。……それがどんな結果をもたらしてくれるのかはわからない。ただ、これだけは確実に言えることがあるわ」
「それは?」
「私たちはどうしようもないほどに今を生きるのに必死で、そんな今が大切だから、手にした奇跡を失わないために、私は根源たる一に挑むの」
心からの願いを口にする。
楽しかったあの日々を。
手に入れてしまった幸せを。
簡単に手放せるほど、私の精神は大人じゃない。
今、この時、この全てが奇跡であるように。
“ラストチャンス”をみすみす逃すようなことだけはしたくない。
「愚しいな。だが……その瞳に、言葉に嘘偽りはないとみた」
雲で覆われた空が晴れていく。
周囲の結晶は崩れだし、日の光に当てられてより一層輝きを放つ。
環境が激変する空間の真ん中で、私の前にライリーンは首を垂れた。
「いいだろう。ここまで力の差がある中で私に傷を入れたのはお前たちが初めてだ。……この力を有効に使えるか、近くで見届けよう」
顔の前に差し出されたライリーの頭。
そこに右手を伸ばし、私は契約の魔法を唱えた。
その日は誰もがこれ以上動く気にはなれなかった。
ライリーンを従えたはいいものの、大半の力をこの戦闘に注ぎ込んでいた俺たちは、その場で夜を過ごすことになった。
「……なんとか無事に終わったな」
「誰も欠けなくて本当によかったわよ。ねぇ、セリナ?あなた自分の身分を本当にわかっているのかしら?」
サーシャの顔は今まで見た中で一番怖いもので、だからこそ、セリナのことを本当に心配していたのだろうと誰もが感じていた。
それはセリナも感じていたようで、今回ばかりはサーシャに頭が上がらないようだった。
「サーシャちゃん。ごめんね。ここではどうしても無理をしたかったの」
「にしても度がすぎる!!それに、セリナを止めなかったそこのバカ兵士も!!何を考えているの!?」
セリナの横で1人正座させられているイクティオは、反論の余地もないと言わんばかりに首を垂れていた。
「姫様に言われたら、断れないですよ……。サーシャさんもそうでしょう?」
「ぐっ……。そ、そうだとしても!なんとかして止めなさいよ!!」
「あなたに止められないことを、私は止められないですよー!」
ギャイギャイ騒ぐサーシャとイクティオを横目に、ジャルと宗次は疲れ切った顔をしていた。
「……今本当に僕生きてますよね?」
「ジャルさん……。現実に対して疑心暗鬼になりすぎですって」
「この状況だと生きてる方が不思議じゃないですか!」
「そうですね。まずは生き残ったことを素直に喜びましょう」
2人して肩の力を抜くように大きなため息を漏らしている。
無理もないだろう。
ジャルは炎槍を使用し、宗次も炎の障壁のようなものを定期的に張り出してくれていた。
改めて、攻めも守りも充実したチームだったと心の底から感じていた。
このメンツの誰1人でもかけていたら、この結果は得られなかっただろう。
奇策を転じたセリナ。
咄嗟の判断力と発破をかけたサーシャ。
孤独な戦いを選択したイクティオ。
強力な力を見せたジャル。
炎を持って皆を守った宗次。
それに比べて、俺は助けられてばかりだ。
タイミングを合わせて、月光牙を打ち込むことしかできなかった。
こんな状態で、この先未来に戻るまで生き残ることはできるだろうか?
心に芽生えるのは一抹の不安。
「ひろさん?下なんか見てどうしたんですか?」
会話に入らず下ばかり見ていた俺を気にして、セリナが声をかけてくれた。
「いや……今回は奇跡的に無事だったけど、今後こんなことがあったら乗り越えられるのか不安で……ダメだな。こんな弱気じゃ……」
「自分の力を過信するよりはいいんじゃないですか?時には逃げることも必要です。……今回のはちょっと特殊ケースですし、そんな深く考える必要は無いと思いますよ。ね!サーシャ?」
「……そうね。このバカお嬢様に付き合わなければ、そんな感情を抱くこともなかったんだから、気にする必要は無いわよ」
あー!バカって言った!バカじゃ無いもーんと頬を膨らましながらサーシャをポカポカと叩くセリナ。
それを、片手で軽くあしらうサーシャ。
そんな他愛もないやりとりがなんとも馬鹿らしくって、思わず吹き出してしまった。
もぅ!ひろさんまで!笑わないで下さいよ!
あぁ、何て楽しいんだろう。
ここ数日辛いことしかなかったからこそ、この短い夜がとても楽しかった。
この時間が少しでも長く続けばいいのにと、願わずにはいられなかった。
そうして過ごしているうちに、気がつけば東の空が淡い光が漏れ出していた。
今日も、また日が昇る。
あのあと昼まで眠っていた俺たちは、残り時間に急かされるようにライリーンの力を借りて、なんとか最終日の昼前にパチェリシカが視界に入る森の出口に辿り着くことができた。
「な、なんとか間に合った……」
寝過ごした時は本当に生きた心地がしなかった。
それはセリナも同様のようで、目覚めた時誰よりも顔色がコロコロ変わっていた。
今はなんとか間に合ったことに胸をなで下ろしている。
「私が準備を進めていなかったら、もっと遅い時間だったわよ。一つ貸しにしておいてあげるわ。そうねぇ……5万セニーでどう?」
「サーシャ。金欠に請求するのだけはやめてくれ……」
「なら頑張って稼いできなさい。パチェリシカの情報を流してくれれば、それ相応の値段で買い取るわよ?」
ここまできて鬼かな?と思わずにはいられない。
感情の表現がぶきっちょなだけ。
うん、きっとそうだろう!知らんけど!!
しかし雀の涙ほどしか入っていない財布は現実を突きつけてくる。
働け、と。
「……それ相応のものをなんとか集めてくるよ……」
夜さんの依頼に加えて、サーシャからの面倒ごとも増えてしまった。
まぁ情報収集しておけば、自ずと有力な何かはつかめるだろうし、あまり悲観せずに行こう。
「そうだ、ひろさん。渡し忘れていたものが」
そうして別れを済まそうとしたところで、セリナが何かを思い出したように召喚獣のペピーを呼び出し、俺の前に差し出した。
「ペピーを一緒に連れて行ってください。契約上主人は私ですが、主人はぺピーの意思で変えられるようにしています。武器を食べることしかできませんが、きっと役に立つ時が来るはずです」
「喚ばれてそうそうこけにされてるッピ!?」
「相変わらず騒がしいヒヨコだな……。でも、いいのかセリナ?」
「私にはクーちゃんとユニコーンにライリーンもいますから」
「それ実質クビ宣言になってない?」
「そうかもですね♪」
セリナの言葉にギョッとした顔でセリナを見つめるぺピー。
目の前でそんなこと言われたら、そりゃあそうもなる。
「いやだッピ!!こんな話の合わない男よりも、優しい主人のもとでグータラ生活してる方が僕には向いてるんだッピ!!」
……そういうところじゃないのか?ペピーよ。
ギャイギャイ騒ぐペピーをセリナは俺に半ば押し付ける形で、手渡すとすぐさまライリーンに飛び乗った。
「さぁ、私たちは帰りましょう。ひろさん。短い間でしたが、あなたとの冒険はとても楽しかったです!機会があれば、また対等な仲間として一緒に戦ってください!」
「……もちろん!」
「ひろ!次会うときは葵ちゃんや春ちゃんも連れてきてね!」
「宗次も!会えてよかった!必ず東国にはいくからな!」
宗次とは別れる前に、また再開できると信じて拳をぶつけ合う。
「ほら、もう行きなさい。時間も無いんでしょう?」
サーシャが顎でさっさと行けと合図を送ってくる。
「最後までそっけねーの!ジャルと仲良くな!」
その言葉になっ!と少し顔を赤め、拳を振り上げるサーシャ。
そして、今にも振り下ろしそうな拳をジャルがサーシャを歯がいじめにして振り下ろすのを防いでくれた。
「サーシャさんはなんとかしとくんで!早く行ってください!」
「おう!じゃあ……行ってくる!!」
ペピーを頭の上に乗せ、全員に背を向けてパチェリシカに向かって走り出す。
まずはこのくだらない試練を乗り越えよう。
そして、こんなくだらない呪いをつけたやつをぶん殴ってやるのだ。
そう、そのはずだった。
突如として目の前の光景が変化した。
それは、幻術とかその類の話ではない。
まるで別の場所そのものに移動してきたと勘違いするほどのものだった。
すぐにきた道を確認する。
だがそこに、セリナや宗次たちの姿はない。
「何がおきたッピ!?」
「どぅわ!?お前はいるのかよ!!」
あまりの異常事態に、頭上に乗せたばかりのペピーのことを失念していた。
だが、この状況で誰かがそばにいてくれることは非常にありがたかった。
落ち着け、まずは周囲の確認からだ。
見渡せる限り、今いる場所を確認していく。
石畳の直線の整備された道に、下からは波の音が聞こえる。
そして正面には、朽ちた城のような建物。
人の気配なんて微塵も感じられない、廃墟のような場所。
……一体ここは?
「時間通りね、銀狼」
知らない声。
いつの間にか、目の前に見知らぬ少女が立っていた。
黒いローブに白衣のような衣服を羽織った黒髪の少女は、手元にタブレット端末のようなものを持ち何かを書き込みながらこちらに歩み寄ってきた。
「現状今までとの乖離点が非常に多いわ。このままバタフライエフェクトが続くと、予測できていたはずの未来が解けてしまう。ここまで乖離すると、下手すれば根源たる一に大きな介入を許すことに……」
そこまで話して、少女は顔を上げた。
「……あなた、髪でも染めた?それに、ペピーは連れていなかったはずだけれど」
「いや、その……君は……誰?というか、銀狼のことを知ってるのか?」
俺のその言葉を受けて、少女はひどく驚いたようで大きく目を見開いていた。
そうして1人で何かをぶつぶつと呟き始めてしまった。
「あ、あのー……急いでいるので色々と聞きたい事があるんだけど……」
だ、ダメだ。全く話を聞いてもらえない。
この状況で下手に動くわけにもいかないし……。
次のアクションをどうするべきか真剣に悩んでいると……。
独り言を呟いていた少女が、発言をやめこちらを見た。
「ORION、起動」
その言葉を口にするとともに、少女の背後に突如として白いボディで形成された両腕が太い浮遊する何かが現れた。
そして……。
「今から、あなたを殺すわ。ORION、ターゲットを殺しなさい」
わけもなく、殺意を向けられた。




