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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白雪姫

作者: ポテイト

雪が降ったので書きました

 どこかの世界の、いつかの時代の、どこかの国に、自信家で傲慢なお妃様がおりました。

 お妃様は国の中心にある、雲まで届きそうな城で毎日不自由もなく過ごしていたのです。

 しかしそんなお妃様にも、不満の種がありました。誰にも打ち明けられないその種は、『嫉妬』でした。

 そんな嫉妬をどうにか払拭できないものかと、毎晩のパーティーの後、城の頂上まで歯ぎしりしながら階段を上る姿は、彼女にとって完璧で順風満帆に見える生活の、唯一の汚点だったのです。そして階段を上りきって埃まみれの薄汚い倉庫に入ると、彼女は決まってこう言いました。


「鏡よ鏡、壁の鏡。この国で一番美しいのは誰?」


 そこには全身が映りきるほどの大鏡がありました。

 そこにいるだけで咳が出そうな部屋。たとえお妃様ほどの高貴な人でなくとも、一人で来て、鏡に語りかけている姿は、精神異常とさえ映っても仕方の無いものでした。しかし彼女は他でもない、鏡に話しかけるために、気が遠くなるほどの階段を毎晩上がるのです。

 そして当然のように、耳も口もないはずの鏡は声を出します。


「女王様、ここで一番美しいのはあなたです。けれども、白雪姫はあなたより千倍も美しい!」


 お妃様は鏡をなぎ倒すと、近くにあった樽を蹴飛ばしました。鏡は隣の本棚を揺らして、樽は中からワインを漏らしながらゴロゴロと転がっていきます。本棚から落ちた古い書物が、紫色に広がった水たまりに次々と落ちました。そして舞った埃が美しいおきさきさまの召し物を汚します。

 それでも飽き足らず、お妃様は叫んで、気が狂ったように舞いました。

 しかし彼女は、鏡の返答をもとより知っていたのです。鏡は嘘をつくことができません。それこそ毎晩来て、同じ質問を繰り返しているのですから、押し問答のようなものでした。それでも彼女は、鏡の言葉におかしくなってしまいそうだったのです。

 毎晩毎晩、それは陽の光が差す頃まで続きました。そうしてやっと、人形のぜんまいが切れたように、倒れて眠りに堕ちるのです。

 いつからだったか、そんな生活は何年も続きました。それでもなんとかお妃としての勤めを何食わぬ顔でこなし、美しいままの顔を保っていたのです。しかし十年ほど経った頃、それもとうとう、限界になりました。


「鏡よ鏡、壁の鏡。白雪姫はどこにいるんだい?」


 ある晩のことです、お妃様は鏡にいつもと違った質問をしました。


「白雪姫はいくつもの山をこえた、七人のこびとのところにいます」


 鏡は嘘をつけません。しかし何でも答えることができます。いつもと違う質問にも動じず、淡々と答えました。


「それじゃあ、どうしたら白雪姫を殺せる?」

「顔に色を塗り、年取った行商人のみなりをして、誰にもわからないようにしなさい。そして白雪姫に毒りんごを齧らせるのです」


 文字通り息もせず、鏡は答えます。

 お妃様はその夜のうちに行商人に化けて、誰にもばれないように城を抜け、いくつもの山をこえて、こびとの家へ行きました。そしてやっと朝になった頃、扉を叩いて言いました。


「良い品を売りに来たよ! 買わないかい!」


 白雪姫は窓から顔をだして大声を出します。


「こんにちは、おばあさん。いったいなにを売りにきたの?」


 お妃様は目を剥き、初めて見る白雪姫の顔をジロジロと眺めます。なるほど、たしかに美人だと、深く思います。色は白く、触れたら壊れてしまいそうなほどに細い身体。そして何より若さがあるのです。

 お妃様の妬ましさは頂点に達しました。しかしその感情で震える身体を抑え、いつもより少し高めの声で応えます。


「良い品だよ、美しい品だよ」


 お妃様は真っ赤に熟れた、大きなりんごをカゴから取り出して言いました。そしてすかさず、それを顔に突き出して続けます。


「良かったら一口食べてみるかい?」

「ええ、それじゃあいただくわ」


 白雪姫は酷く素直な女性でした。

 あまりに怪しげな風貌の行商人が、わざわざ森の中にいる白雪姫を目当てに商品を売りに来たのです。普通なら怪訝そうな表情一つで、追い返してしまうでしょう。事実七人のこびとたちはそうでした。カゴ一つしか持たない行商人を怪しく思い、扉が開かないよう、裏側から押していたのです。しかし白雪姫はそんなこびとの様子をお構い無しに、「わざわざ来てくださったのだからお話くらいしましょう?」と言って窓を開けてしまったのです。そして何の疑いもなく、りんごを齧りました。


 白雪姫は力なく倒れて、窓から見えなくなりました。こびとたちが慌てて白雪姫に駆け寄りました。

 お妃様はついにこの国で一番に美しくなったのです。しかしその喜びに触れる余裕も無いまま、ゆっくりと後ずさりをした後、もと来た山を駆けて行きました。


 城に着いた頃には、既に夜でした。疲れ果てた表情に、汗で流れた色は、目も当てられないほど酷いものでした。それでも気にせずに、城の門を抜け、息を切らしながら鏡のもとへ向かいました。そして折れてしまったような腰から頭だけ上げて、鏡に問いかけました。


「鏡よ鏡、壁の鏡。この国で一番美しいのは誰?」

「いくつもの山をこえた、ガラスの棺の中にいる、今は亡き白雪姫です」


 残念ながら、鏡は嘘をつけなかったのです。



***



 むかしむかし、ある冬のさなかのこと、雪が烏の羽のように空からふっているとき、女王様が黒い黒檀の窓わくのある窓辺にすわって縫い物をしていました。縫い物をしながら雪のほうを見たとき、針を指にさして、血が三てき雪のなかへ落ちました。まっ白い雪のなかの赤い血が、とても美しかったので、女王様はこう思いました。


「この雪のように白い子供が生まれたらいいのに!」


 それからまもなく、女王様は、女の子をうみました。その子は、雪のように白い肌をしていたので、白雪姫と名づけられました。

 そして白雪姫は、死ぬ瞬間まで、そして死んだその後すら、美しく、雪のように白かったのです。

 白雪姫はガラスの棺に埋められたまま、真っ白な雪の中に埋葬されました。

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