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09 幼馴染の大学生は心の病から立ち直れないらしい

 柚の病状を聞いた日は、私がそのまま彼の家に泊まり、佳晃は帰る事になった。


 帰り際に佳晃が柚に「して欲しい事があるなら何でも言えよ。俺は、何があってもお前の親友だからな」と言い残した。私も同じ想いだ。


 翌朝、八時に起きると彼はまだ寝たままだった。


 今まで私が訪れた時も彼は学校が無ければ四六時中眠っていたので、今日も起きないかもしれないなと思いつつ、勝手にキッチンを借りて二人分の朝食を用意しようと思った。


 彼が起きないのなら無理に起こすつもりは無かった。彼の通学だけは制限するが、それ以外の自由意志には干渉しないようにしようと考えていた。


 キッチンには埃が積もっていた。思い返せばここ半年程彼が物を口にしたのを見ていない。まあもし口にしていたとしても出来合いの物だろうし、あの精神状態で料理や掃除が出来るとは思えないので、当然といえば当然の有様である。


 とはいえこのまま食事を作れる衛生環境ではないので、さっと掃除とアルコール消毒をする。シンク内には熱湯もぶっかけておく。


 ご飯ができると、彼が起きてこちらを眺めている事に気が付いた。


「ごめんね、起こしちゃった?」

「いや……」

「ご飯作っといたから、食べられたら食べて。無理はしなくてもいいけど……」

「ああ」


 返事をすると、彼はベッドから降りて食卓についた。


 焦げ茶色の座卓の上に料理を並べ、合掌して「頂きます」と言う。彼も同じようにして、ご飯を食べ始めた。


 会話は無かった。彼の景色も、伺い知れるような変化は無かった。


 食事が終わると、食器を下げ、洗う。


 これでいい。これで彼が良くなるかは分からないが当面はこのように普通の生活をさせてみよう。そう思っていた。


 そうして何日かが過ぎた。二、三日に一度は佳晃に世話を任せた。


 彼は少しずつ言葉を口にするようになった。


「退学届も休学届も出してないんだが」

「今あんたを大学に行かせたくないわ。隙見て学校行きそうだし。当分あんたの家に軟禁するからそのつもりで」


 とはいえ大学に届出を出す時には、保護者にも説明が必要か。こんな状態だと親に知られたら、実家に連れ戻されるだろうな……


 状況を(かんが)みれば実家での静養が一番なのだが、彼を自分の目の届かない所に置くのが不安で仕方がなかった。


 あ、でも柚の保護者ってあのお母さんか……頼み込めば私にも、彼の世話を焼かせてくれるかもしれない。


「お前は大学に行かなくて良いのか?」

「先週はインフルのA型に(かか)ったわ。今週はB型、来週は新型よ」

「迷惑掛けてすまん」


 言葉に詰まる。あんたの方が大変なんだから人の心配するな、と言おうとしたのだけれどそんな事は客観的な事実としては分からない。勝手に大変と決めつけることは、勝手に迷惑を掛けていると思っている彼を肯定する事と同義だった。


「迷惑じゃない、私が勝手にやってる事だもん」


 そしてまた時は過ぎていく。季節は変わって暑い時期は過ぎ、青葉は紅くなり、やがて落ち葉になっていく。


 私は実の所、彼は大学に行かなければすぐに良くなると思っていた。だが病はそこまで甘いものではなく、病状は停滞を続けていた。


 その年の冬は記録的な大雪で、外も寒く家に帰るのも面倒になり、私はずっと柚の家に入り浸るようになっていた。


「めっちゃ寒いね、底冷えする……」

「ああ」

「ストーブの温度上げちゃおっと」


 尋常じゃなく寒かったので、私は大家さんには内緒で彼のアパートに石油ストーブを持ち込んだのである。


 (ちな)みに温度を上げると灯油の消費が激しくなり、それを買いに行くのに外出する回数が増える事になるのだが、それに気が付くのはもう少し先の事だ。


「……」

「どうしたの?」


 ストーブを操作していると、彼がぼうっと私を見ている事に気が付いた。見惚れてるわけじゃないよね。


「俺は……生きてる意味が有るのかな……」

「藪から棒ね……」


 あんたの精神状態ならいつか言いそうな問いではあったけどね。


「そんなに深く考える事じゃないと思うけど……」

「……偸食(とうしょく)して、惰眠を貪って、もう半年強だ。何も出来ない癖に金を溶かして生きるくらいなら、死んだ方がましだ」


 監視してて正解だった。死なれては困る。


「そんな事ないよ。あんたが死ぬとお母さんは悲しむし、私も佳晃も悲しいわよ」

「ニートの息子に毎月金仕送んなきゃなんねえ方が余程悲しいだろ」


 大学はとっくに辞めている。彼の母親は実家に帰るよう言ったのだが、私が頼み込んでもう少しだけ傍に居させて貰えるようにしたのだ。それからは彼女も定期的に彼の元を訪れるようになった。


「私はさ、楽しんで暮らしてる人は、何もしてなくてもそれだけで価値があると思うな」

「俺は楽しんでないぞ」

「うん。別に柚の事責めてるわけでも、楽しめって言ってるわけでもない。ただ、何も成せなくても、何もしようとしなくても、それだけで価値がある人は居るって伝えたいだけ」


 私が何を言いたいのか上手くは伝えられないかもしれない。でも伝えようとしなきゃ、何も伝わらないから…………


「きっと殆どの人は、生きる価値なんて見出せてないよ。だから皆、幸せを人に転嫁しながら生き永らえてるんじゃないかな」


 私の人生観。


 きっとそれは間違ってるし、何の役にも立たないけど……


 少しでも力になったら良いな。

柚「この過去編は、作者が優しく俺の世話を焼いてくれる心愛を書きたくて追加したエピソードらしいぞ」

佳晃「俺も心愛に甲斐甲斐しく面倒見て貰いてえなあー」

心愛「ん? 海外しく? 別に良いけど……What's the matter?」

柚・佳晃「「え?」」

心愛「ما هو الأمر」

柚・佳晃「「……え?」」

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