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08 幼馴染の大学生と私は同棲したいらしい

 それから私は毎週、多いときでは三日に一回程のペースで柚の家に通った。


 最初の方こそ関係が疎遠になる事を恐れての行動だったが、日を追う(ごと)に彼の目から精気が失われてゆくので、途中からはそれを憂いて彼の元へ通うようになっていた。


 そのような状況になったのは高校を卒業してからの事なので原因は大学生活にあると考えられたし、実際今もそうだったと思っているのだが、彼は律儀にも学校を休もうとしなかった。


 私は彼に体調が悪いのなら学校に行かないよう諌めたのだが、いかんせん彼は原因が大学にあると言わなかったし、そもそもどこも悪くないと言って聴かなかったので、それ以上強く言うことは出来なかった。


 しかし大学1年の冬には、症状は気分だけと閑却するには限界と言っていい状態だった。


 家に帰れば食事も摂らず横になり、ずっと寝ているにも関わらず目の下には隈ができ、私が話しかけても気はそぞろで、曖昧な返事しか返ってこなかった。


 そうして何も解決されないまま艱難辛苦(かんなんしんく)の日々を送っていた大学二年のある日。


 その日は丁度私と同じく佳晃も柚の部屋を訪れようとしていて、道すがら彼に出会ったので共に向かう事にした。佳晃も定期的に柚の元を訪れており、こうして会うことも一度や二度ではなかった。


「柚の奴さー、何があったか分かる?」

「分かんないけど、多分大学生活の事だと思う……」


 と言っても、彼だってそれくらい見当がついているだろう。


「お前にも言ってないとなると、俺が信用されてないって訳じゃなさそうだな」


 彼は複雑な表情を見せた。自分だけ秘密にされているのではないという安心と、彼の原因が判明しない失望が()い交ぜになっているのだと思った。


 佳晃もきっと柚の事が本当に大切で心配なのだと感じて、不意に嬉しさと共感を覚えた。


 柚の部屋に着くと、私がインターホンを押すより先に佳晃が中に入って行った。


 まだ五時前なのに、窓は遮光カーテンで遮られ、照明も点いておらず部屋の中は真っ暗だった。


 と言っても、そんなのはいつもの事である。尋常でなかったのは、彼が寝巻を着ていた事だ。


「学校、休んだの?」


 出来るだけ優しい声で彼に尋ねた。あなたがどんな行動を取ろうと私はあなたの意志を尊重する、そんな意味を言外に込めたつもりだった。


 彼は少しばかり悩んだが、私の意図が通じたのか、或いは偽ったところで既にばれているだろうと思ったのか、やがてその日の事を詳説し始めた。


「授業に出席しようとしたんだけどな、朝起きたら吐き気がして、実際何度か吐いた。それでも行かなきゃなんねえから無理矢理支度して外へ出ようとしたんだけどな……」

「大丈夫かよ……」

「いや、そのくらいなら今までも何度かあったんだ。だからそれだけなら別に問題無い」


 今までもあったなんて、聴いてない。


 私も何か言おうとしたが、あまりの告白内容に声が出なかった。


「ドアノブに手を掛けたら足が竦んで、手も痺れて動かなくなって、それでもドアを開けようとしたんだが、過呼吸になって気を失ったんだ」


 誰も、もう何も言わなかった。気の遠くなるような静謐と部屋の闇は私達の心を一層不安にさせた。


「流石に俺も医者に診てもらったんだが、『心因性嘔吐』と『過換気症候群』だって診断された。精神科の受診も勧められたんだが、そっちはまだ行ってない」


 彼は気まずそうに私達に笑った。いや、笑ったように見える顔をした。


「ちゃんと大学卒業出来んのかな、俺……」

「あ……あんたまだ通うつもりなの!?」


 ようやく声が出せた。


「何でそこまでするの!? 何がそんなに大事なのよ!?」


 止めなきゃ、止めるんだ。


 彼が死んでしまう前に。


「もう行かせない。私がずっとあんたの家で、あんたを監視し続ける」


 いつの間にか私は柚の手を両手で包んでいた。とても冷たくて、一度離したらもう二度掴めないような得体の知れない透明感がその手には宿っていた。


 そんな私の手にもう一つの熱が触れた。横を見ると、佳晃も何かを決心したように柚を見詰めていた。


 こうして、私と佳晃は交代で彼を監視する事になった。

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