07 私の同級生は私と幼馴染の昔話が聞きたいらしい
私――――堀井心愛が柚を訪ねてから一ヶ月程が経った。
最初の頃は「そんなゲームと内職だけで暮らしていけるのかな」とか思っていたが、私とシアが家事、彼と雪が仕事と割り振れば存外問題無さそうだ。
ただ、彼が無理をしているのは明瞭だった。
朝から晩まで、やれプログラミングだ動画だと忙しく、納期が迫れば数日間一睡もしない事もしばしばである。
彼は多芸に秀でている。
決して器用な奴では無いが、興味がそそられた事には一度手をつけてみる性格な上移り気が激しいので、様々な技術を中途半端に会得しているのであった。
因みに器用ではないというのは、学んだ事以外は苦手だという事だ。例えば、彼はアニメの人物なら練習の甲斐あって割かし上手く描けるのだが、一転肖像画を描かせてみると人間とは似ても似つかない珍妙な何かを作り上げる。
そんな訳なので、雪や、私やシアもたまにやる所謂普通の内職よりは稼ぎも良いのだが、私としては彼の身体が大丈夫なのかが心配なのであって、仕事が増えることを危惧するが故にお願いしたいある頼み事も躊躇わずにはいられないのであった。
「ねえ……」
「ん?」
忙しなく動かしていた指を止め、画面から目を離してこちらを振り向く。
彼は誠実だ。だからこそ私が話しかければどんなに忙しくても相手をしてくれるし、泊めると言った責任は果たそうと仕事をしている。
「ちょっと休んだら?」
「仕事が一段落したらな」
「いつ一段落するのよ」
「……分からん」
「あんたのその真面目さ、美徳ではあるけど、前みたいになったら意味無いんだからね」
「……そうだな」
彼は割合素直に肯定した。きっとその理由も、私に迷惑をかけないため、とかなんだろうな。
違うのだ。問題の本質はそこではない。私は迷惑などではなく寧ろ自分の意思で行動していたし、何より彼はもっと自分を大切にするべきだ。
彼は「もう少ししたら休むよ」と言ったので、もう少しだけ彼を観察して待つ。じー……
そうしていると、雪が話しかけてきた。シアも昼から出かけて行ったし、一人で退屈だったのだろう。
「まえって?」
小声で訊いてきたのだが、いかんせん部屋が静かなので柚にも聞こえていただろう。教えていいものか悩んでいたら、彼が「言っていいぞ」と言ったので、話すことにした。
前、それは彼がこうして引き込もりになった理由でもある。
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「お前、一人暮らしとか出来んのかよ」
「馬鹿にしないでよ、こう見えても料理とか得意なのよ?」
高校の卒業式の日、私と彼は二人並んで帰路についていた。ここ数日の寒さとは打って変わって嘘のような快晴である。空気は冷たいのだが、良く陽が当たるので身体の左側だけがぽかぽか暖かかった。
「今年のバレンタインチョコ、美味しかったでしょ?」
「チョコよりお前の格好の方がインパクト強過ぎてなあ……。美味かったけど」
その日、私は自分の身体の大事な部分だけをリボンで隠し、ほぼ全裸で「ハッピーバレンタイン! 私の身体をプレゼントよっ!」と叫びながら彼の部屋へ突撃したのである。
私は、自分で言うのも何だが胸が大きくスタイルも良いと自負している。しかし、彼の反応が「ん? ああ、ありがとう」とあまりにも薄かったので、その瞬間「こいつ……ロリコンねっ!」と悟った。
「あんたこそ、ずぼらな生活しないようにね」
「善処します」
「ぱっとしない返事ね……なんなら、私が通い妻しよっか?」
二人共、進学先は県内だ。通おうと思えばいくらでも可能である。
「遠慮しとくわ。当分は一人で何とかしてみる」
「て言っても、定期的にあんたんち行くけどね」
「来んなよ」
これは振りと解釈しよう。
そんな感じでその日は終わり、次に会ったのは二人が大学生となった時だった。
引っ越しと新生活が一段落した五月中旬、柚の部屋で私達はくつろいでいた。
「なあ……」
「ん?」
「お前、友達できたか?」
「一人ね。でもめっちゃ気が合って、いつも一緒に昼ご飯食べるのよ!」
その時、彼の顔が少し陰った気がした。失望、迷い、そんな感情が見て取れた。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
やっぱり何か迷っていたようだ。
「……やっぱいい」
「そっか……」
悩んだ末、彼は何も話さなかった。言いたくないのなら無理強いはしたくないけれど、私は彼にとって頼りにならない存在なのかと思うと少し寂しくて、悔しかった。
※1 振り――――期待する行動を他人に起こさせるために誘導する行動全般の事。ここでは柚子の「来んなよ」という発言を、心愛が「心理的リアクタンスを利用して、私が柚の家を訪ねるよう誘導している」と解釈している事を示している。