06 俺と幼馴染とその同級生には生活資金が必要らしい
働く
そう返答しながらも、俺は席から立ち上がることなく、マウスを片手に液晶を見詰め続けていた。
「働くんじゃないの?」
心愛が訝しむ。俺はそれに得意気に応えた。
「ああ、だから今仕事を探してるんだ」
「ねっとで?」
「結構色々あるもんだぞ」
「職安行きなさいよ!」
ご尤もです。
「そうなんだけどさ、もう二年強もヒキニートやってると家から出るのが億劫でさ……」
うちにめっちゃ宅配が来るのもそのためである。買うものとかほぼネットショッピングで手に入るしな。便利な時代だ。
そんなろくでもない事を考えていると、心愛が冷や汗を浮かべながら質問をしてきた。
「……ちょっと待って、あんた最後に家出たのいつ?」
「えーっと……」
思い返してみればここ一年程、家から出た記憶が無い。何か家から出る用事を探してみたが、殆ど全部ネットで処理出来るんだよな。
数秒程脳内メモリを検索し、ヒットした記憶は……
「二年前?」
僅か八秒でスク水の上から洋服を羽織った心愛に手を引っ張られて、俺は無理矢理屋外へと連れ出された。
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「はあっ……はあっ……ちょっと……待って……」
疲れた。喘鳴が脳に響き、頭痛の様な感覚が俺を襲う。
「はぁ!? まだ20mも走ってないわよ!?」
「そもそも……二年も家出てない奴に……走らせんな……」
腕を引っ張られて家から出てきたので、二人共ここまでずっと駆け足だった(ここまで、と言っても20m程度だが)。そのせいで息切れが酷い。
心愛に少し待ってもらって息を整え、再び歩き出す。
「重篤患者ね……」
「俺と同じ生活すれば多分皆こうなるぞ」
「ここまで酷くはならない自信があるわ」
「それより、俺これからどこへ連れてかれんだよ。職安か?」
「行きたくない奴に無理矢理行かせないわ。泊めてもらってるのは私達の方だしね」
意外にも、身の程を弁えるという言葉は彼女の辞書にあったらしい。無い言葉も多すぎるから、次の改訂の際は俺も編纂に加わりたいものだ。
「部屋に二人を置いてきたからあんま長く時間がかかることはしたくないな」
「別に何かしようと思って連れ出した訳じゃないわ。あの時から、全く外出してないって言うから外に出さなきゃって思ったの」
いつも恣意的に振舞っている彼女が珍しく俺の事を心配してくれている。その事が、何故かちょっと嬉しかった。
「ねえ……」
「ん?」
「手、繋ご?」
「あ? ああ……」
手を繋ぐと、心愛は手を顔辺りまで挙げなければいけなかった。傍から見たらきっと親子だと思われてるんだろうな。
今の彼女の手はちっちゃくて柔らかい、子供の手だった。少し力を入れたら折れてしまいそうで、放って置いても壊れてしまいそうで……
俺は二年前、この手に救われた。だから今度は、俺がこの手を守らなければならない。
そう思うと力が入りそうになる。それを抑えて、包み込むように優しく、だがしっかりと握った。
「手、冷たい……」
「お前が暖かいんだよ」
顔を見ると、少し赤くなっている気がする。夕日のせいか、照れているのか。
家を出た時は元気だったのに、俺の事を心配してくれた時には顔に少し憂いが差し、今は赤くなっている。こういう表情の変化も彼女の魅力の一つだ。
「お前、黙ってりゃ可愛いのにな……」
「なっ……! かわっ……何言ってんのよ変態! ロリコン!」
さっきまでの殊勝な態度はどこへやら、手を振り解かれ、罵倒されてしまった。
褒めても怒られるなんて、理不尽極まりないな本当に。
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「おにーちゃんっ! おかえりなさいっ!」
「ただいま、雪」
おにーちゃん、と微笑んでくれる雪はめっちゃ可愛かった。癒し。
「ロリコン……」
心愛に思考読まれたんだが……
「それで、何をしてきたんですか?」と山田さん。
「柚と二人、ラブラブデートよ♡」
「やめろハートを出すなハートを……」
さっきから会話がメタい。
「職安に行ってきたのだと思ってました」
「そういえばおにーちゃんなんのおしごとはじめるの? ぷろげーまー?」
「んな簡単にプロゲーマーとかプロストリーマーとかになれたら苦労しないんだよなぁ……」
ゲームでお金稼いでる人間が仕事するとかほざき始めたから真っ先にプロゲーマーが思い付いたのだろうが、そんな簡単になれたら日本人男性は今頃全員プロゲーマーである。ゲーム嫌いな男子とか産まれてこの方見たことないしな。
「アウトソーシングって知ってるか?」
「ほかのとこにしごとやってもらうやつだよね」
応えるのは雪だ。ほんわかしているが、結構世の中の事に詳しいらしい。
「ああ。ソーシングっていうのは日本語で部品調達って意味なんだが、今の時代能力を持て余した人っていうのは意外と多いもんなんだよ」
蓋し様々な動画をサイトに投稿している人もこの類いではないか。音楽や工学、最近では合成音声での劇や雑談なんかも投稿されているが、全て芸術や話術の技術を持て余した人達が、その発散をする場として活用しているのだと思う。
「そして今の時代、必要な技術と必要な人材を結びつける便利なツールが有る訳だ」
「……いんたーねっと」
「ああ。クラウドソーシングって言うんだ」
適材適所の権化である。
「これならゲームの抜け道探すより格段に早いし、今までの仕事と合わせりゃそれなりに稼げるだろ」
それでも苦しいが、まあ昔ゲームバランスが崩壊しまくってた時代に環境メタのジョブで売っぱらいまくった分の貯金が有るので、当分は大丈夫だろう。
なのだが、心愛が心配そうにこちらを見ている。
なかまにしてあげますか?
▶はい
いいえ
「どうした?」
「別に……」
不思議に思って尋ねてみたが、彼女は鼻白んだだけだった。
※1 職安――――職業安定所の略称。俗に言うハローワーク。
※2 メタい――――名詞「メタ」に接尾辞「い」を付け形容詞化したもの。「メタ」については3話後書きの※2を参照。
※3 プロストリーマー――――ゲーム実況・配信で生計を立てている人の事。広義においてはプロゲーマーの一種だが、プロゲーマーが主に大会賞金やスポンサー契約で収入を得るのに対し、こちらは動画配信での広告収入やサイト公式のファンディング制度で収入を得る。
※4 ジョブ――――ファンタジー創作において登場する職業。ここではコンピューターゲームでの「戦いや冒険に役立つ技術が使える身分」の事。
※5 なかまにしてあげますか?――――RPG「ドラゴンクエスト」において、戦闘終了後に仲間にできるモンスターが起き上がった場合に表示されるメッセージ。以下の「はい/いいえ」はそれに対する選択肢である。