05 幼馴染の同級生は俺を「おにーちゃんっ♡」と呼びたいらしい
朝食もとり終わり、佳晃も「襲うなよー」と言い残して帰った。本当に一言多いし、大体それ言い含めるならもっと言うべき奴居るだろ。心愛とか、心愛とか、あと心愛とかな。
「改めておはようございます」
と言ったのは山田さんだ。朝ごたごたしてたし、挨拶をし忘れていたのを奴の退散後の静寂で思い出したからだろう。変な所律儀だな。人の郵便物勝手に開けるくせに……
「ああ、おはよう」
「お、おはよっ! おにーちゃんっ!!」
「お兄ちゃん!?」
「柚あんた……雪になんて事言わせてんの……?」
心愛に白い目で見られていた。山田さんに至っては蒼白な顔をして引いている。
「誤解だ! 俺の指示じゃない!」
「あんたみたいな変態の指示でもなければ、雪みたいな純粋な子がこんな事言う訳ないじゃない!」
「ち、ちがうの!」
弁解したのは春町さんだ。
「このくらいのとしのこって、こーこーせーとかだいがくせーのおとこのひと、『おにいちゃん』ってよぶじゃん! だからそっちのほうがいいかなって…………」
「あー……」
まあ、言いたい事は分かるかもしれない。
けどさ……
「これ傍から見たら赤の他人の幼女にお兄ちゃんって呼ばせてる変態だよな……」
「良いんじゃない? どうせ元から幼女三人部屋に入れてる所第三者に見られたら通報不可避だし」
「だめ?」
「だめじゃないけど……」
「やったぁ! よろしくっ! おにーちゃんっ♡」
「もしもし、佳晃さん? 早速貴方の友人が変態行為に及んでいるのだけれど……」
山田さんに当局に報告されていた。てかなんであいつの連絡先知ってんだよ。
「成程、やっぱりロリコンにはそういう呼び方した方が良いのね……なら私も今日からあんたの事『パパ』って呼ぶわ!」
「やめろ! それは『お兄ちゃん』の五百倍危ねえ!」
「パパ♡ 娘の大人な所、見たくない?」
『おい柚てめぇ心愛になんて事言わせてんだ!!』
「言わせてねえ!」
佳晃が山田さんの持ってる受話器の向こうから糾弾してくる。超冤罪。
「…………」
視線を感じて左を振り向くと、ローテーブルの前に敷いた座布団の上で正座をしながら、困ったような顔でこちらを見詰める春町さんが居た。
「別に良いよ、どんな呼び方でも」
「ありがとー! じゃあおにーちゃんも、わたしのこと『ゆき』って言ってねっ!!」
「ええっ!」
なんか追加注文が来た。
「だってだって、そっちのほうがしぜんだし、それに……」
「それに?」
「ここあばっかり……ずるいよ……」
「え? なんて?」
「……いや、なんでもないよ……」
途中、急に小声になってしまった。俺に直接言いにくい事なのかな。気付かないうちに何かまずい事でもしてしまったのかもしれない。
これは要求を呑んだ方が良さそうかな……
「分かったよ。ゆ、雪」
「……! うんっ! ありがとっ!!」
そう言って彼女はとても嬉しそうに笑った。
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皆思い思いに時間を過ごしていた。
心愛と雪は二人で将棋を指していた。因みに、心愛の戦績は三十三敗四勝である。
山田さんはソファーに寝そべって俺の貸したライトノベルを読んでいるようだ。「何か本とかありますか?」と聞いてきたから貸したのに、最初は「なんですかこの絵……」とか「オタクっぽい……」とか酷い言いようだった。
しかし、読んでるうちに慣れたのか、面白いと思ったのか、どんどんとその世界観に引きずり込まれてしまったようである。
基本的にラノベは平易な文章と設定の多様性から、様々な人にオススメしやすいジャンルではある。問題は俺の本棚に女性もターゲットに入れた本が殆ど無かったことである。
いや、どうなんだろうな。恋愛系って主人公男性だと感情移入出来なくて駄目だと思ったけど、意外と大丈夫なのかもしれない。
「てかあんた何してんの?」
三十四敗目を喫した心愛が俺に話しかけてきた。草。
「ネトゲだな」
「てかあんた本当に何で金稼いでるの?」
「知ってて来たんじゃないのか?」
「一人暮らし出来てるわけだし何かあるだろうなって思ってはいたけど、本当に何もしてないから不思議に思ったのよ」
「してんじゃん」
「何をよ」
「ネトゲ」
「仕事の話よ!」
「いやだからネトゲだって……」
仕事って言えるようなもんじゃないけどな。
「……おにーちゃんはげーむでおかねかせいでるってこと?」
雪も暇になってこっちに来たらしい。不思議そうに画面を見つめている。
「今日は稼いでないし、最近の環境じゃ稼げないから、貯金切り崩したり動画上げたりもしてるけどな」
と言っても、動画なんて殆ど稼げない。動画作ってアップしたところで、ニコニコ動画のクリエイター奨励プログラムで一つ当たり一万円も稼げれば儲けものだ(というか、お金が入ること自体稀である)。
ゲーム実況は始めてもう六年になるし、それなりに視聴回数は稼げるのだが、いかんせんクリ奨に通らないので、YouTubeの広告収入くらいしか儲けがなく、一つアップしても二千円くらいしか入らない。当然そんなんで暮らしていける訳もない。
「今日は? ってことは稼げる日も有るの?」
「ああ、オンラインゲーム上のアップデートでインフレが発生した時に、それを利用してパッチが適用される前に大量にアカウントを強くする。そしてその垢を人に売って現金に変えるんだ」
リアルマネートレーディング。通称、RMT。
昔はこんなシステムの隙を突いたような事をしなくても結構稼げたのだが、規制や修正の迅速性等で、今では上手い人でもその金だけで暮らしていくのは不可能に近い。
俺も三タイトルのMMORPGの垢を二つずつとスマホ用のソーシャルゲームの垢を三つ、後は放置するだけで強くなるタイプのゲームの垢を大量に持っている。それでも平均すると、一ヶ月に五万円くらいしか稼げない。
「でも、それじゃ四人分の生活費は賄えない」
「じゃあどうすんのよ」
「決まってんだろ」
そう、人間が食い扶持を稼ぐ為にやる事なんて、昔からひとつしかない。少し間を開け、俺はゆっくりとその言葉を告げた。
「働くんだよ」
※1 草――――「w」の事。笑っている状態を表すネットスラング。
※2 ネトゲ――――ネットゲームの略称。オンラインゲームとも称する。インターネットなどのネットワーク経由で他のプレイヤーと遊ぶゲーム全般の事。
※3 クリ奨――――動画投稿サイト「ニコニコ動画」における、クリエイター奨励プログラムの略称。
※4 パッチ――――コンピュータにおいてプログラムの一部分を更新してバグ修正や機能変更を行うためのデータの事。
※5 垢――――「アカウント」を表すネットスラング。
※6 MMORPG――――大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲームの略。ネットゲームのジャンルの一つ。