34 幼馴染の同級生は人の顔が分からないらしい
「え……?」
心愛は、ひゅっという風音が聞こえそうな程はっきりと息を呑んだ。それはそうだろう。何せ彼女は俺に父親が居ない事を知っている。
だが、当然実父は居る。居なきゃ俺は産まれてない。そしてそいつは、別に死んだ訳では無い。
「まあ今更会うなんて俺も予想してなかったが……」
「いや、それもそうなんだけど、そういうんじゃなくて……」
「?」
しかしどうやら、俺に父親はが居たことや、そいつと遭遇した事に驚いた訳ではないようだ。
「じゃあ何に驚いてんだ?」
「それは……うーん、どっから話したら良いかな……」
心愛が言葉を慎重に選択するように、目を伏せて思案する。
数秒後、彼女は目をこちらへ向けると、決心したように口を開いた。
「あの人はね、雪の父親よ」
「………………は?」
いや……俺の父親ですけど?
「雪、今写真ある?」
「あるけど、どれ?」
困惑する俺を尻目に、彼女は雪へと声を掛ける。すると、雪のフリルスカートのポケットから出てきたのは大量の顔写真だった。
「うーん、この人じゃない……これも違う……これは柚だし……コレジャナイ……」
…………え!? 俺のもあるんですか!?
「あ、これですか?」
心愛がそれを見つけるより早く、山田さんが目的の人の顔を探し出した。
全員の視線がその写真に集中する。そこに写っていたのは果たして……
「…………確かに、これは航だな」
「やっぱそうよね」
今日邂逅した男の、若かりし頃の姿がそこにはあった。
正直人違いである事を願っていたのだが、我が家にあったアルバムの父の姿と寸分も違わないのだから、これはもう認めざるを得ない。
雪の父親は、航だ。
「ていうか、なんで雪はこんなに顔写真を持っているのですか?」
この現実をどう受け止めれば良いのか、驚愕と困惑で動けなくなる俺の隣で聞こえたのは、もっと純粋で、しかし尤もな疑問だった。
「………………」
「やっぱり、言えないのか?」
「雪、もう隠さない方がいいわよ。別に正直それ、そんな大した問題じゃないし」
会話の内容から推測はしていたが、やはり心愛は雪の隠し事を知っているらしい。
雪は数秒迷うような素振りを見せたが、やがて決心したのか俺の元へ近づき、隣にちょこんと座ってたどたどしく話し始めた。
「……あのね、おにーちゃん。わたしね、かおがね、わかんないの」
「…………えっと、どういうこと?」
端折り過ぎててよく分からなかった。
「かおをみてもそのひとがだれだかわかんないの。めがあって、はながあって、くちがあって、みみがある。それくらいはわかるけどそれしかわかんなくて、みんなおなじかおにみえるの……」
「ああ、なるほどな」
話には聞いた事がある。
相貌失認、と言うやつか。
普通、人は顔全体を「一つの顔」として認知している。そして、何らかの理由それが出来なくなると、人は顔の区別がつかなくなるらしい。
「へんだよね、ひとのかおわかんないなんて……でもほんとなの、おにーちゃんのことどうでもいいからとか、ねついがないとかそういうんじゃなくて、ほんとにわかんないの……ごめん……ごめんね…………」
雪は、俺の腕を抱き締めると涙を零す。口からうわ言のように漏れる謝罪の言葉からは、彼女が受けた辛さや苦悩が痛い程に伝わって来た。
「本当に」
「うぅ……」
「本当に――――大した問題じゃなかったな。心愛の言った通りだ」
「でしょ?」
「え…………?」
雪の瞳が困惑で揺れる。全く、何をそんなに怖がってるんだこいつは……
「だって、ひとのかおわかんないなんて、へんでしょ?」
「珍しいが、変ではないだろ。人が犬の顔の見分けがつかないのと似たようなもんだし」
「かおわかんないのはきょうみがないからだとかおもわないの?」
「俺は顔を見た事が無いけど好きな作家とか何人も居るぞ。『興味があるなら顔が分かる』っていう命題が偽なんだから、その対偶の『顔が分からないなら興味が無い』も偽だ。Q.E.D.」
「その証明は色々間違ってると思うけど……」
嘘やん。めっちゃ綺麗に証明出来たやろ。
「まあ、なに、そんなに気にするもんでもないぞって事だ。色々腑に落ちた事もあったしな」
航が雪の父親なのに雪自身は奴に会った時何の反応もしなかった事。連れ去られた日、俺と同じ恰好の奴に着いて行った事。道で俺に会っても分からず、家に居た佳晃を俺と思い込み抱きついたこと。エトセトラ……エトセトラ……
「ごめん……」
「だから、もう謝るな」
「うぅ……ありがとう…………」
俺の右腕にしがみつき泣く彼女の涙が止まるまでは、もう少し時間が必要なようだ。
なんか、受験終わった後の方が忙しいんですけど……
御閲覧ありがとうございます。投稿遅れて申し訳ありません。
忙しくてもちゃんと完結させるので御安心下さい。