30 幼馴染の幼女は同級生への誕生日プレゼントを買いに行きたいらしい
最近、雪の様子がおかしい。
なんというか、言動が幼稚になっている感じがする。
いや、元々かなり幼い雰囲気を湛えた人なのだが、あの雨の日の後から日に日に甘えたり情緒不安定になったりすることが増えている気がするのだ。
つまり……
「おにーちゃん、おにーちゃん。だっこ、だっこ」
「だ、抱っこですか……?」
「だっこー」
こういう事である。
仕方が無いので、彼女を胡座をかいている俺の膝の上に乗せ優しく抱き締めると、すぐに彼女は目を閉じ深い眠りについた。
やっぱ重いー……
けど、こうして近くで見ると可愛いな。あどけない寝顔と儚げな体躯は幻想的な美しさがある。一言で言うと、天使。
腕の中で雪が身動ぎする。彼女の絹のような髪が揺れて、摩擦を感じさせる事無く俺の腕に触れた。
……なんか、まじで犯罪者の気分がしてきた。違うんです! 彼女が抱っこを要求してきたんです!
そんな、癒しと背徳感の狭間に苛まされている俺に突き刺さったのは、心愛から放たれているゴミを見るような視線だった。
「いや、そんな目すんなよ……別に俺が好きでやってる訳じゃないの分かんだろ……」
「無理矢理させられてるって言うなら、もっと嫌そうにしなさい」
そう言って彼女はぷくーっと頬を膨らます。柔らかそうだなぁ……突っつきたい。
「前から幼い感じの子だったし、抱っことか要求してきてもそこまで不思議じゃねえだろ」
いままでそういった言動はしてこなかったが、してきてもおかしくはない……いや寧ろ、する方がいっそ自然なくらい幼気な性格を彼女は持っている。
だから、今までの傾向と異なるとはいえ、別段憂うような事態ではない気がするが……
「まあ、それはそうなんだけどね……」
「けど?」
「……前にもこんな事……あったから」
「こんな事?」
尋ねると、少しの間逡巡した。
前から思っていたのだが、どうして俺の周りにはこうも秘密主義者が多いのだろうか。言葉を声に出す前に一度頭を通すのは良い癖だが、受け取る側目線ではフィルターを通さずストレートに言ってくれた方がありがたいことも往々にしてある。
しかし、すぐに彼女は、ここは話すべきだと判断したのか口を開いた。
「大学三年の夏、丁度シアと知り合ったくらいの時だったかな。何日か彼女が学校を休んだ時があったの」
その時の事を思い出すように、少し斜め上を眺望しながら続ける。
「LINE送ってみたんだけど既読すら付かないから、少し心配になって家まで様子を見に行ってみたの」
風邪で寝込んでるだけかもしれなかったけどね、と彼女は小声で付け足した。
「鍵かかってたからインターホン鳴らしたら、力ない声で『…………はい』って言う、雪の声が聴こえてきたの。『心愛よ』って答えたら勢い良くドアが開いて……」
そう言うと、彼女は少し間を開ける。数秒間の静寂の後に続けられた言葉には、否が応でも集中させられてしまった。
「雪が抱きついてきたの」
成程……
確かに、今と状況は似ている。
「中に入った後も一時間くらいずっと泣き付かれて、落ち着いた後、何があったのか事情を尋ねたんだけど……」
「……話してくれなかったのか」
静かな首肯。
「三日後くらいにはまた登校して、その時にはもうなんとも無さそうだったから、有耶無耶になっちゃったんだけどね……」
そう言うと彼女は少し悲しそうに、あはは……と苦笑した。
「……仕方ねえよ」
「え……?」
「雪の事情は雪しか知らねえし、それを伝えてくねえんだから、手出し出来ねえのは仕方ねえだろ」
「でも……」
「期待も頼みにもされてねえのは歯痒いし不甲斐ないかもしんないが、逆に言えばその事で責任感じる権利もまたねえって事だよ」
おそらく、雪がその件について話さないのは相手に迷惑を掛けないためとか、厄介事に巻き込まないためとかなんだろう。
彼女の気持ちを汲むなら、心愛にこれ以上この事を意識させないのが最善な気がする。そう思ったが故の声掛けだった。
のだが…………
「はあ……あんた、それで元気付けようとしてるつもりなのよね……」
そう言って心愛は頭を抑えた。声の掛け方なんかミスってたっぽいですねこれは。
「まあ、出来る事無いなら気にしない方が良いっていうのは一理あるかもね」
だが、一応彼女の意識を雪から遠ざける事には成功したらしい。うん、結果オーライ。
「…………ふわぁ……ほえ……? おにーちゃん? と、こ……? し……?」
そんな話をしていたら、雪が起きてしまったようだ。
「ごめんね雪。起こしちゃって……」
「ここ……あ……だ……」
うわめっちゃ寝起き。
しかし暫く待つと、いつもよりも瞼の下がった彼女の目もはっきりしてきた。と言っても、元から薄目なので変化は微妙であるが、その違いが分かるくらいには俺も彼女と時間を重ねてきたという事だろうか。
「そういえば、再来週あたりシアの誕生日よね」
雪が完全に覚醒するのを待って彼女は切り出した。
出会った頃は少し肌寒かったのに、暦はそろそろ晩夏に差し掛かっている事を示している。色々な事があった割に、もう半年か……とも感じるのだから、人の時間感覚というのは不思議なものだ。
「そーいえばそーだね」
「だからさ、明日シアへの誕生日プレゼント買いに行こうよ」
そう言いながら、彼女は俺の方を一瞥する。
まあ、外出は気乗りしないが、そういうのは必要か……
「良いんじゃないか?」
軽く、だが投げやりにはならないように肯定する。
心愛は、嬉しそうに笑った。
「じゃあ決まりねっ!」
斯くして、明日の予定が決定された訳である。
……てか、プレゼントって俺も買わなきゃだよな。女の子がどんな物に興味を示すのかとか、全然知らないんだけど。
自分の贈り物センスの無さを考えると、少し憂鬱だった。
「最初の頃は後書き元気だったのに、最近何も書かねえなこいつ」って思われているかもしれませんが、自分語りが活動報告に移っただけで、正味あまり変わってないんです。
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今回で30話目です。だから何という訳ではないですが……
これからもよろしくお願いします。