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03 俺と幼馴染の旧友は俺が犯罪者に見えるらしい

 もうすぐ朝食が出来上がるだろうか。


 起床直後の眠気に任せソファーに身体を預けながら、ぼんやりと部屋の様子を眺めていた。いつもの自分の家ではない。三年前に出てきてから、未だ一度も帰っていない俺の実家だ。


 俺に父親は居なかった。


 黒い合皮のソファーに座るのも、日も昇らぬ時間から蛍光灯の灯りを頼りにキッチンに立つのも、俺の記憶の中では母親ただ一人だ。他に家族は居なかった。


 だからと言って俺が不幸だったとか、人より恵まれていない環境だったと思う事は無く、それが日常だったし、他の、本当に大変な人生を生きる人間に比べれば幸せな人生を送ってきたと思える程だった。


 ただ一つ不満なのは、俺が父の居ない理由を教えて貰っていないことだ。家に父の仏壇が無かったし、生まれてこの方お経を拝聴したことも生でお坊さんを拝見したことも無いので、おそらく死別ではなく離婚なのだろうが、それ以上を教えてもらおうとすると母はいつも韜晦(とうかい)した。


 程無くして母が配膳を始めた。朝食はスクランブルエッグ、昨日の夕飯の余り物のクラムチャウダーとパンだった。クラムチャウダーか……正直不味いんだよな、これ。


 自分の作ったものが上手か下手かは得てして判断し難いものだが、親のこれは自分では上出来だと思っているのだから(たち)が悪かった。そのせいか結構な頻度で食卓に上がる。


 まあ、出されたものなので文句は言わず食うしかない。合掌し、定型文を述べると、スプーンを手に取ってそれを口に運んだ。


―――――――――――――――――――――――


「いつまで寝てんの?」


 ……心愛か、……小さいな。あ、薬で縮んだんだっけか。……紺色だな。……手になんか乗ってる? 足?


「……ぃいっでえ!!」

「目が覚めたわね」


 寝惚けた状態だったので気が付かなかったが、掌を踵で踏み躙られていたらしい。認識した瞬間に激痛が走った。


「暴力系ヒロインは人気出んぞ……」

「本当は私に踏まれて悦んでたんじゃないの?」

「そんな特殊な性癖はねえよ」

「ま、それならいいけど。早く起きなさい。今日の朝ご飯は私が作ったのよ」


 意気揚々とそう言って、彼女はテコテコっとキッチンへ駆けて行った。中身は大学生なんだが、仕草は本当の幼女っぽくて可愛い。


 どうやらカーペットで眠ってしまった(いや、気を失ったか……)ようだ。身体を起こすと、春町さんと山田さんがベッドで一緒に寝ているのが見えた。家主を床に寝かせて自分達はベッドで寝るのかよ。


「でーきたっ! ほら柚、食べなさい!」


 寝惚け眼を擦っている間に朝食の準備が完了したらしい。キャベツの炒め物にツナ缶をかけたものや、買い置きのカット野菜に冷蔵庫にある野菜を切って海苔を添えドレッシングをかけたサラダ等、余り物から色々と作ってくれたらしい。俺に料理のスキルは無いのでありがたかった。


「雪もシアもとっとと起きてご飯食べなさい!」


 あ、山田さんはシアって呼んでるんですね。俺も今度下の名前を呼べと言われたらそう呼ぼう。


 多分あの人のフルネームはもう二度と出てこない気がする。


「ん……うん……ふぁ……あれ……? だれ……? ここどこ……?」

「おはよう」


 春町さんが俺と目を合わせながら不思議そうな声を上げる。昨日来たばかりでまだ慣れていない上、朝で頭が回っていないからだろう。


「うえっふぇふぇwww『お兄ちゃんに発情しちゃうイケナイ妹』『えっちなろり獣人は好きですか?』に『ろりむちゅう♡〜Re:幼女と始める新婚生活〜』だってぇうぇへへへwww」


 山田さんは寝ながら昨日到着した雑誌のタイトルを詠唱なさっていた。てか起きてるんじゃ……


 さて、俺も目が覚めてきて不思議に思った事がある。いや、最初から不思議だったけど突っ込む隙が無かったから言えなかったんだが……


「なんでお前スク水着てんだ?」

「スク水のロリっ子は定番イベントでしょ? さあ私のえっちな身体に驚嘆し、瞠目し、そしてひれ伏しなさい!」


 そう、朝俺を起こした時から彼女は、胸元に大きく「ほりい ここあ」と記された紺色の全身水着、詰まりスクール水着を着込んでいた。


 ……てか、どっからそんなもん持ってきたんだよ。昨日来た時三人が着ていた服は市販の物をリメイクしたような縫製があったので誰かが普段着のサイズを加工したのだと推測出来るが、これは本当にどこから調達したのか謎である。


「お前の発想に驚嘆するわ。大体スタイルも薬のせいで台無しだしなぁ……」

「小学三年生くらいの女児のスク水姿を舐め回す様に視姦し、(あまつさ)えセクハラ行為にまで及ぶというの!?」

「瞠目しろっつったのお前だし、他人の家押し入ってスク水姿晒してるお前の方が五百倍セクハラだからな?」

「仮に第三者がこの状況を見ていたとして、同じ言い訳が通用するかしら?」

「いやまあしないだろうけどさ……」


 一人暮らしの男性の家に幼女が三人、しかもうち一人はスク水などという状況、無条件で敗訴である。


 ただまあこの家を訪ねる奴なんて、それこそ昨日来たクロネコヤマトくらいのもんだろう。第三者に見られる確率は0に近似出来るはずだ。


 あ、いや一人居るな。うちに来るかもしれない奴。後で連絡を入れて先に事情を説明するべきかもしれない……


 その時「ガチャ」と、


 ドアが開く音がした。


 ……しまった。この思考自体がフラグ(   ※1)だったか。


 などととメタ(  ※2)的な思考を巡らすうちに奴は不遜に家の中へ入ってくる。毎度の事だがインターホンくらい押せねえのか。


「よお柚! 暇か? 遊ぼう……ぜ……」

 部屋の状況を認識するにつれ、声が尻すぼみになっていく。


「……」


 数秒間の無言の逡巡の後


「……あ、もしもし警察ですか? 女児誘拐です」


 俺は人生で初めて通報された。

※1 フラグ――――物語でお決まりのパターンのこと。「俺はこの戦争が終わったら、〇〇と結婚するんだ!」と叫んだキャラクターは向後死亡する、など。

※2 メタ――――「高次な」「超」などの意味を持つ接頭辞。ここでは自身が物語上のキャラクターであることを認知した、という意味。

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