23 幼馴染の幼女は昔から運が良いらしい
全く、運の良い女だ。
俺は心愛に対して、折に触れてこの感想を持つ。それはこの前の海水浴の時もであり、ずっと昔、木製遊具から落ちた時もそうであった。
追いかけっこをしていたあの時……
あれは本来なら死んでいてもおかしくない状況だった。もし、受け止めるのが間に合わなかったら……もし、俺と縺れ合った時首が折れていたら……そう考えると今でも背筋が凍る。
結果から言えば、その時はむち打ちと骨折で命に関わる程の怪我は無かったし、今回も佳晃のお陰で大事には至らなかった。それを鑑みると彼女は並外れた強運の持ち主だと結論付けることが出来そうだが、それを揮うのはぞっとしないので是非ともやめて頂きたかった。
そう、どんな時であっても、やめて頂きたい。
「ちょっと、早く捨てなさいよ」
「はぁ……」
心愛の催促は尤もである。何故なら、今の俺に採れる選択肢は一つしかないからだ。
ここは俺の部屋。俺、心愛、佳晃の三人が囲むのは雀卓。畢竟、行っているのは麻雀である。
そして俺の手の中にあるのは『中』。心愛が同じ牌三つを四組揃える役を狙っており、まだ誰も『中』を捨てていないこの状況ではバリッバリの危険牌だ。
しかし、俺はこれを切るしかない。理由は簡単で、俺が立直をかけており、立直をかけている人は引いた牌が和了牌でない限り必ず捨てなければならないという制限があるからである。
「くっ……」
冷や汗を流しながら俺はそれを切る。さて、答えは……
「あ、ポン」
「佳晃か……」
安堵する。後三回凌げばこの局は終わる。早く終われ、と思っているのは俺も佳晃も同じだろう。
この局のドラ表示牌は『四筒』、詰まりドラは『五筒』だ。そしてそれを三つ心愛が持っており、しかもうち二つが赤ドラである。
何が言いたいかと言うと、こいつに和了らせたらやばいと言う事だ。
「あんたよ」
「はいはい……」
心愛に促され、再度引く。
まーた危険牌だし……まあ、切るしかないのだが。
観念してその牌を露わにする。瞬間、彼女が声を上げた。
「ロンっ!」
ですよね……流石に二回は通らせて貰えないか。
「対々和ドラ5跳満12000点よ!」
五索の赤ドラも持ってやがった。うーそー。
……今の言葉は聴かなかったことにしてくれると嬉しい。
「貢ぐなー、柚」
「男が女に振り込むのを貢ぐって言うの止めろ」
言いつつ、自分の箱の中から点棒を取り出し彼女に渡す。さっきまで32800点で一位だったのが一気に最下位まで落ち、代わりに彼女がトップになった。
「……そういえば雪、帰ってこないけど大丈夫かな」
南二局を始めようと牌を混ぜながら、心愛が話し掛けてくる。ジャラジャラという甲高い雑音で掻き消されないよう、いつもより少し大きな声で俺は応えた。
「大丈夫だろ、付いてった奴知り合いっぽかったし」
「でも……」
そう言っても彼女の顔に張り付いた煩慮は晴れなかった。
何故雪が不在なのか。それを語るには時間を少し巻き戻す必要がある。
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「え? 今日もなの?」
天気は曇り。少し薄暗い平日の昼下がり。
突然、心愛が驚いたような、不思議に思ったような、そんな声を漏らした。
「はい。ちょっと用事があって夕方から出掛ける必要が……いつもごめんなさい」
「いや、別に謝んなくて良いけどさ……」
どうやら山田さんと話をしていたようだ。
けどさ、の続きは出てこない。言いたい事が見当たらないのではなく言っていいのかを迷っているような、口の中で言葉を反芻するような表情に見えた。
まあしかし、最近心愛の負担が大きいも事実だ。ここは俺も手伝ってやるべき時だろう。
「心愛、今日の家事は俺と雪でやるよ」
「えっ! わたしもやるの!?」
「私もやるの」
雪の反発にはコピペで返す。我が家での運命共同体に拒否権は無い。
「いいよ、わたしの仕事だし……」
「あの……やっぱり外出やめた方が?」
「そんな気を遣うなよ。ただの気分だ」
そう言うと、俺は徐に立ち上がり、洗い物をしにキッチンへと向かった。
※1 コピペ――――「コピー&ペースト」の略。文章をコピーし、別の場所に複製して貼り付ける(ペーストする)という行為。