20 幼馴染の幼女は皆で海に行きたいらしい
それは、七月末のある昼下がり。
今年は数年に一度というレベルの猛暑だと言うのに去年よりも人口密度の増した俺の部屋は、クーラーをつけていてもやはりどこか暑苦しい雰囲気を纏っていた。
「海行かない?」
「行かない」
唐突に心愛がそんな事を言うので、俺は反射的に拒絶した。おそとこわい。
しかし、あいつが理由もなく提案を言下に退けられて唯々諾々と従うような玉でないのは俺が一番知っている事だ。
「なーんーでー」
「お前な? 窓の外見てみろよ。まとわりつくような湿気と、熱気を衒うような陽炎が手ぐすね引いて待ってるだろ?」
「無駄な詩的表現やめて。あと湿気は見えないから」
俺には見える。見りゃ分かる。死ぬ程蒸し暑いに決まってるわこんなん。
「大体、数年に一度の天気なんて毎年来てるじゃん!」
「いや、今年はガチだろ。猛暑ガチ勢だろ」
「ていうか、暑いなら尚更海に行けばいいんのよっ!」
「海岸だって40度近くあるぞ」
「むー……いーくーのー!!」
駄々こね始めた。この身体になってからどんどん言動が子供っぽくなってる気がするが、精神は肉体の影響を受けるのだろうか。或いはこっちの方が見た目に合ってて可愛いという打算からか……
「はあ……まあいっか」
ついこの前、夏休みに入ったらどこか行きたい場所に連れて行ってやろうかとも思っていたしな。小学生の身体では、休みでかつ保護者が居ないと満足に遊びに行くことも出来ないだろうから。
てか、本当に山田さんは夜どこに行ってんだ? 普通あの姿で遊んでたら補導されるよな……
「やったぁ!!」
俺が折れると心愛は喜んで飛び跳ねていた。出来ればぴょんぴょんするのは心だけにして欲しい。
「海に行くのですか?」
「うみかー……」
俺達の話を聞きつけて、一緒に動画を観ていた山田さんと雪が反応する。山田さんは平静を装っているが少し嬉しそうだ。雪は拒絶感を隠そうともしていない。
「もー、雪も行こーよー」
「えー……おそとこわい」
あ、この子俺と同じ人種だ。
「だいたいわたし、およげないもん」
「大丈夫ですよ、私も泳げませんから」
「それに、泳がなくたって海なら色々遊べるじゃん!」
その後も色々と雪は不平を漏らしたが、友人二人に説得され、最終的には渋々といった様子で同行することとなった。
因みに佳晃も誘ってみたが、「大学はまだ夏休みじゃない」と返信が来た。そういえばそうだったな。忘れてた。
―――――――――――――――――――――――
海の家の更衣室から出ると、目の前に雪が居た。
彼女が着ていたのは、透き通る肌に良く似合う白のワンピース。ありきたりだが、彼女のそれはどこか硝子のような儚さを感じさせる。
真夏なのに彼女の周りにだけ細氷が漂っているような、そんな幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「どう? おにーちゃん」
「……」
「だいじょうぶ?」
「……え、あっ、いや。ごめん、見惚れてた」
「ふふ……もっとみてもいいよ?」
「ちょっと雪! なに柚を籠絡しようとしてんのよ!」
新しい声の出処を見ると、そこには水色のマイクロビキニを着た心愛が居た。
マイクロビキニを着た、幼女だ。
「チェンジ」
「なによ! 何が不満だと言うの!?」
「その格好の幼女を連れた俺の社会的地位が危うい事だ。さっさと別のに着替えてこい」
言うと、彼女は思いの外従順に更衣室に戻って行った。
最後に、黒のキャミソールフリルビキニを着た山田さんが更衣室から出てきた。安心して見ていられるデザインは良いな、と謎の感想が脳裏をよぎる。
「どうですか?」
「可愛らしくて、良く似合ってるよ」
それらと同時にもう1つ疑問が浮かぶ。
「……ていうか、いつそんな水着買ったんだ?」
「この間皆で買いに行ったんですよ。柚さんなんかパソコン弄ってたから、私達が居なくなっても全然気にしてなかったですけど」
最近PCを弄った記憶と言えば、例のGPSのプログラミングである。言われてみると、確かに皆で出掛けていた日があったような気がする。
「……ったく。昔から集中してると視野狭窄になりやすいんだから」
ふと横を見ると、着替え終わった心愛が腰に手を当て俺を戒めていた。
「私達の保護者なんだから、ちゃんと見守ってなきゃ駄目なんだからねっ!」
その言葉の中には、「子供を見守る」以外の何かが含まれているような気がした。
……あと、スク水も結構目立つから、出来ればやめて欲しかったなあ。