18 幼馴染の同級生を俺は怒らせてしまったらしい
やばい……
冷や汗が額を伝う。別に疚しい事など無かったのだが、彼女からしたら目が覚めたら男女が一緒に風呂に入っていたのだから、誤解しているに決まっている。
そして、その誤解を迅速かつ穏便に解く方法は俺には見当たらなかった。
「……何でもないよ」
「おこらないから、しょうじきにいってごらん?」
「いや、もう既にキレてるじゃないですか……」
「きれてないですよ」
ふふふふふ……と、二人は不穏に笑う。なんだこれwww超怖えwww
「あ、雪、起きたんだ」
振り返ると、寝巻を着た心愛が不穏な空気を歯牙にも掛けずに部屋に入ってきた所だった。
「おふろのなかでおにーちゃんとなにしてたの?」
「セックスよっ!」
「してない」
ふざけんな。ただでさえ誤解されてんのにそれを助長するんじゃねえ。
「本当に……何も無かったんだ……信じてくれ……」
心愛が変な事言ったせいで信じてもらえる可能性は皆無になったが、それでも一縷の望みを懸けて嘆願する。
なんか、浮気が明るみになっているのに尚も食い下がるダメンズみたいになってるな……。いや、別に仮に心愛とそういう事をしていたとしても、浮気でも何でもないんだけど。
「…………まあいいや。わたしもおふろはいってくる」
許された。
彼女が脱衣所の扉を閉めるのを確認してから、俺は心愛に抗議する。
「なんであんな話が拗れるような事いうんだよ……」
「良いじゃない。別にあんたが雪と付き合ってるわけじゃないんでしょ?」
彼女はそう言って意地悪そうな笑みを浮かべた。しかしすぐに口に指を当て、考えるように上を見上げる。
「でも本当は、セックスしたって言えば『そ、そうだったんだ。なんかごめんね……』って狼狽すると思ったの。そしたら私が『冗談よ』って言おうと思ったんだけど、思った以上に修羅場ってたのね」
「もう少し状況確認してから出てきてくれ……」
あと、修羅場ってても「冗談よ」は言ってくれよ……
そう心の中で文句をつけていると、彼女はワイシャツの裾を揺らしながら、俺が身体を沈めているソファーの隣に座ってきた。
「それより、最近はもう仕事しなくていいの?」
「この前収入があったからな。あと一週間くらいは休んでも平気だろう。安全をとって明明後日くらいには再開するつもりだけどな」
「そ、そっか……」
そう言いながら、彼女は頬を赤らめる。
そして彼女は自分の太腿をぽんぽんっと叩き、俺に命令した。
「寝て」
「へ?」
「最近疲れてるでしょ? 膝枕するから寝て」
「いや、もう一週間強休んでるんだけd……」
「寝ろ」
「はい……」
心愛さん御機嫌斜め。
こんな事してるとまた雪に怒られるよなぁ……と思いながら、俺は彼女の太腿に頭を乗せた。
「ど、どう?」
「なんか、すべすべしてて、温かい……」
彼女は裸ワイシャツで、ズボンは履いていない。素のままの彼女の肌の弾力とボディーソープの香りが暴力的に脳を刺激してきた。
彼女が手を持ち上げ、頭を撫でてくる。大学生が小学生の女の子に膝枕でなでなでされているという、異様な光景が展開されていた。
最初はドキドキしたが、少しすると慣れて、今度は安心感と眠気が襲ってくる。やばい、思った以上に癒されているな。
あわや陥落という所で、不意に彼女が声をかけてきた。
「ねえ」
「ん?」
「暇があるんだったらさ、作って欲しいものがあるの。この前雪にあんたが鬱だった時の話をした時も頼もうとしたんだけど、あんたが忙しそうだったから……」
「何?」
「GPSの発信機と受信機。発信機は出来るだけ小型が良いな」
「何に使うんだよそんなん」
不穏なものを要求してくるなこの女。
「……理由は言えない。ただ、必要なの」
「いや……流石にそれは……」
「お願いっ! 何でもする! 私の身体も全部あげるからっ!」
成程な、風呂に突撃してきた真の理由もそれか……
と考えていると、唐突に彼女が「あっ」と、何かに気付いたような声をあげた。
「そうだ! 通報するわよ!」
「は?」
「だから、あんたが作らないなら『幼女三人が誘拐されています』って通報するわよっ!」
「えぇ……」
それは困るな、普通に。
「やるの? やらないの?」
「……やるよ」
脅迫されて犯罪の手伝いをさせられてる気分。GPSの使い道さえしらなければ仮に犯罪に使われても善意の第三者って事になるか。いや、そもそも犯罪に使わないよな?
「オーケー。じゃあ一つ……いや、二つお願いね!」
そう言うと、彼女は満足そうに再び俺の頭を撫で始めた。
よく考えたら、通報したら心愛達も困るよな。
まあ、いいか。
※1 きれてないですよ(=キレてないですよ)――――プロレスラー長州力のモノマネとしてよく使われるフレーズ。尚、実際に長州力が発言したのは「キレちゃいないよ」である。