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カミラギ・ゼロ~神螺儀・零~  作者: Sin権現坂昇神
第一章 邂逅-かいこう-一番
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第8話 味方と悪

噂は嘘も真も入り混じって、混沌となって残っていく。しかもどんどん脚色されていき、自分一人の力では真実を話しても信じてもらうのは困難を極めるだろう。一十三は一体どうする?

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

 現在午後一時を回り、後半の授業が始まる頃。(けん)()熱中症(ねっちゅうしょう)により(たお)れた一十三(ひとみ)を、無事一階の保健室まで運ぶことに成功(せいこう)した。犬太は学校の中で、屋上の次によく通う保健室を(まよ)いなく突っ切ったことで、一十三の症状(しょうじょう)悪化(あっか)を防ぐことができた。犬太は保健室に行く時、グラウンド側の(まど)ガラスから入ってくる。保健室の教師もそれを読んで、前もって窓ガラスの鍵を開けている。犬太は勢いよく窓ガラスを開け放って言った。必ずいるあの先生に向かって・・

「先生!居るんだろ!」

「なぁに?またサボり?」

挿絵(By みてみん)

 デスクで書類を見ながら水筒(すいとう)のお茶を(すす)る、保健室の教師【(たちばな)燦子(あきこ)】二十九歳は、生徒に対していつものようにあしらった。眼鏡(めがね)を付け、白衣を着たスレンダーな女性。背中に(なび)く長い(かみ)、目元のホクロが大人の女性を感じさせる。だがそこに現れたのは、(あせ)を流して一心不乱(いっしんふらん)に自分に助けを求める犬太の姿があった。燦子は犬太の動揺(どうよう)をすぐさま感じ取った。

「桜が倒れたんだ!」

「桜?・・・確か昨日(きのう)(はい)ってきた生徒だったような・・・」

「そうだよ!だから早く休ませないと!」

 犬太は(あせ)っていた。もしかしたら死んでしまうんじゃないかと、不安で(たま)らなかった。燦子はただならぬ犬太の態度(たいど)に、ゆっくりと(かた)(やさ)しく手を()いて言った。

「分かったから少し落ち着いて?」

「・・・でも」

「大丈夫。見た感じだと、ただの熱中症よ。ちゃんと処置(しょち)すれば元気になるわ。安心して?犬太君」

「そう・・なのか?」

「あなたが早く連れてきてくれたおかげで、この子はもう大丈夫。だから・・落ち着いて」

燦子は犬太の焦った顔を見るのは、これが初めてだった。それもそのはず、犬太が学校に来てから、一度もそんな顔を見たことがなかったのだから。現在四つのベッドで休んでいる生徒は一人。昼食中に二年も消費(しょうひ)期限(きげん)が切れた米で()いたご飯を食べて、お腹を(こわ)して昼からずっと腹痛(ふくつう)(もだ)え苦しむ三年の【冨士(ふじ)(ぎり)(とんび)】ただ一人。まだ十分(じゅうぶん)余裕(よゆう)がある。燦子は犬太が落ち着いた(ころ)()いを見計(みはか)らってから、手を合わせて切り()えるようにこう言った。

「とりあえずあっちのベッドに()かせて、ゆっくりね?」

「おう」

 犬太は燦子に言われた通り、ゆっくりと一十三を鳶の(となり)のベッドに寝かせた。ベッドの(まわ)りには、プライバシー保護(ほご)二次(にじ)感染(かんせん)を防ぐために、カーテンが()けられている。一十三のベッドの周りには薄緑色(うすみどりいろ)のカーテンが掛けられていた。今もまだ、犬太の手には一十三の熱が残っている。とても熱い。こんな熱くなるまで、自分が無理させていたのか。犬太は杏の森に連れて行ったことを後悔(こうかい)した。一十三を見て(うつむ)く犬太に、燦子は優しく頭を()でていった。

「そんな顔しないで。後悔するのはこの子が元気になってからしなさい。後、このタオルを保健室の目の前にある、手洗い場で()らしてきてくれる?」

「・・ああ」

 犬太は燦子に(わた)されたタオルを持って、早速(さっそく)水洗(みずあら)い場に向かっていった。今回の犬太はやけに素直(すなお)だ。それほど一十三って女の子が大事なのだろうか。応急(おうきゅう)処置(しょち)を行っている燦子はそう思った。

「ねえ犬太君」

「どうした?」

 手洗い場から犬太は()り向くことなく、声を大きくして答えた。燦子は何となく、ふと思ったことを聞いてみた。

「この子のこと、好きなの?」

 犬太は何のアクションを見せることなく答えた。

「は?・・・意味分かんねえこと聞くな。ただ単に気になるだけだ」

(気になるって・・・好きってことじゃないの?)

 燦子は犬太の答えに、さらに疑問が生まれた。犬太にはまだ好きとか(こい)とかを語り合うには、まだ色々と早すぎるのかもしれないと思った燦子であった。そうこうしている内に犬太がしっかりと(しぼ)って、不器用(ぶきよう)に折りたたんだタオルを一十三の(ひたい)に置いた。その後の燦子の応急処置も終わり、後は一十三を休ませるだけである。

「後は扇風機を近くに置いて完了ね」

 ふぅーっと、燦子はひと仕事を終えたように手を(こし)()えて言った。だが犬太はまだ気分が晴れないまま、燦子の方を向いて言った。

「・・・なあ、これで本当に大丈夫(だいじょうぶ)なのか?」

 犬太は初めての熱中症の処置に、「う~ん」と納得(なっとく)できないでいた。燦子はムッと顔を(しか)めると、顔を犬太の方に近づけて追及(ついきゅう)を始めた。もう少し近づけばキスアンドキスである。

「何、・・・私が信じられないの?」

「・・・」

 犬太は燦子を信頼(しんらい)している。それは燦子が犬太を学校に(さそ)って、今までずっとサボることなく学校に通っていることが証明している。燦子の存在は犬太にとって、自分の知らない世界を教えてくれた大切な友人であり、瀕死(ひんし)の犬太を救った命の恩人(おんじん)でもあったのだ。

 燦子はにっこりと笑って言った。

「安心しなさい。犬太君がそんなんじゃ、治るものも治らないじゃない」

 燦子の言葉に犬太は一応納得してくれたようで、「元気になったら桜にごめんって伝えたてくれ、いつものところ(屋上)で待ってるから」と伝言(でんごん)を残して、保健室を去って行った。燦子は犬太が向かう場所を知っている。ずっと犬太を見てきた燦子だけが(わか)ること。犬太は今も自分の親を探している。六歳くらいまで育てた犬太の母は、(くま)らしい。もちろん犬太は人間だ。燦子はそう言っても、犬太は(がん)として『熊=(いこーる)母』ということを(ゆず)らなかった。燦子は思う。もしかしたら犬太の本当の母親は、何らかの理由で犬太を神螺儀町(かみらぎちょう)の森に捨て去り、犬太を見つけた熊が犬太を育てたのだろう。そして今は自分が母親代わりになって・・・

母熊(ははぐま)か・・・私も自分の子供(こども)()しいな・・・犬太君みたいな・・・あ、その前に恋愛しなきゃ・・・)

神螺儀町を(かこ)う森の中を探す犬太を想像しながら、犬太を育てた母熊に感謝する燦子であった。

「・・・すぅ・・・すぅ・・・」

 一十三の寝息(ねいき)が聞こえた。体温も少し落ち着いたみたいだ。燦子は一十三の頭を()でて小さく(つぶや)いた。

「あなた犬太君にこんなに()かれるなんて(うらや)ましいわ。なんだか嫉妬(しっと)しちゃう・・・かもね」

 それから一十三は夕方の四時までぐっすり(ねむ)るのだった。




 だが、この一連の騒動(そうどう)が、一部(いちぶ)脚色(きゃくしょく)されて学校中に知れ渡ることになった。ある者の手によって・・・


〝犬太が転入生をいじめて入院させた〟


 脚色というより捏造(ねつぞう)である。

どこの誰かが、犬太が一十三を保健室に運んでいるところを目撃(もくげき)し、そこから伝言ゲームのように真実が()(つぶ)され、最終的に前述通りの(うわさ)が完成した結果となったわけである。犬太の過去の蛮行(ばんこう)もそういう風に、()も犬太が悪者のように捏造された噂も少なくなく、学校全体が『大原(おおばる)(けん)()は悪』という認識(にんしき)を持っている中で、今日の事件が起こった。どれほど燦子が必死に釈明(しゃくめい)しようが、誰一人信じる者はいなかった。その結果、犬太は(つみ)(みと)め反省するまで、学校の一番奥(いちばんおく)の倉庫、別名『拷問(ごうもん)部屋(べや)』に隔離(かくり)することになった。これはある者の指示で決まったものである。




転入してから三日目の登校日。

そんなことも知らない一十三は、ウキウキしながら「また犬太君に会える」という(うれ)しさを前面に出しながら登校した。


そして教室に入ると、五年二組の生徒はいつもと変わらず、ざわざわと生徒間でグループを作って、ゲームや漫画(まんが)アニメの話をしたり、一発芸をしたり、昨日のテレビの話をしていた。

(・・・あれ?犬太君がいない)

 一十三は思った。学校で一番早く登校するはずの犬太が、朝のホームルームまでは教室にいた犬太がいない。一十三は異変に気づき、もう(すで)屋上(おくじょう)()るのではないかと思って、屋上に行って見た。が、そこには自分(じぶん)以外(いがい)(だれ)もいなかった。

「あれ?・・・どこいったのかな・・・」

 思わず言葉が()れる一十三。そうか。まだ私が保健室で寝ていると思っているのかもしれないと思って、すぐに保健室に向かってみた。


が、結果はまたも空振(からぶ)りに終わった。ただ一人の教師を(のぞ)いて。デスクで憂鬱(ゆううつ)そうに(ほお)(づえ)を立てる燦子を発見した一十三は早速近づいた。視界(しかい)に入った一十三の姿を見て(われ)に帰った燦子は、気怠(けだる)い体をようやく起こすと、一十三に向き直して言った。

「あ・・・・っと何?・・・まだ具合(ぐあい)が悪いのかしら?」

「い・・・・いえ・・・家に着いた時はもう・・・・元気・・・です」

「そう・・・それは良かった」

 一十三の体が元気になったことを聞くと、燦子はホッと(むね)()()ろした。一十三には聞きたいことがあった。犬太の行方(ゆくえ)を。一十三の顔の(かげ)りを発見した燦子は覚悟(かくご)を決めた。

「聞いて、桜さん」

「・・・はい」

 先生は何かただならぬことを言う。一十三はそう感じ取り、気を引き()めて聞き()った。そんな一十三を見て、燦子も続ける。

「犬太君はあなたが暑さで(たお)れると、急いでここに()けつけてきた。それが事実なのはよく知っているわ。どうして彼があなたを外へ連れ出したかは知らないけどね」

「・・あの・・・それは・・・・私のために・・・」

 一十三はまだうまく説明できないでいたが、燦子は(うなづ)いて答えた。

「そうでしょうね。犬太君のことだから今のあなたを見ると、居ても立ってもいられないことくらい知っているわ。でも(みんな)が皆、私やあなたのように犬太君を良い人とは思ってないの」

 燦子の説明を最後まで聞いた一十三は、頭の奥に違和感(いわかん)が生まれた。それは不気味(ぶきみ)でどこか陰鬱(いんうつ)な感情だった。

「え・・・それって」

「学校の噂は聞いた?」

 一十三は首を横に振った。燦子はここも言わなければならないのかと、(つぐ)もうとする口を無理やり()じ開けた。

「あの昼休みのことは、周りの生徒や先生から『大原犬太はあなたを(いじ)めて病院送りにさせた』・・・そう広まっているの」

「・・・」

 一十三は今何を言ったのか理解できなかった。

 

・・・私が犬太君に虐められて病院送りに?

・・・虐められて?・・・そんなことされた覚えは一切(いっさい)ない。

  ・・・病院送りに?・・・むしろ病院に送ってもらわなければ、私はどうなっていたか解らないだろう。

 

全く信じられない。そんな(うそ)を信じる人が居るなんて・・・

「犬太君は絶対にそんな人じゃない」

 一十三の言葉に嘘はない。彼女を見れば一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。燦子も即答(そくとう)する。

「・・・私だってそうよ。・・・でもね・・・その噂を聞いた先生達が話し合って、犬太君を周りの生徒から被害(ひがい)を未然に防ぐために、とある場所に軟禁(なんきん)することに決定したの」

「・・・そんなの・・・(ひど)い!」

 一十三は思わず(さけ)んだ。叫ばずにはいられなかった。犬太の悪い噂も聞いたことがあった。だがその全てが真実なはずがない。犬太君だってちゃんと良い事があるはずだ。まだ会って間もないけれど、犬太と(とも)に行動した一十三にとって、それだけは確信している。

「私も考え直してもらえないか説得したんだけど・・・駄目(だめ)。誰も聞く耳を持ってくれないの。私が証人であるはずなのに」

「・・・私だって証人です!・・・先生達に話してきます!」

 一十三が(きびす)を返そうとした時、燦子の言葉が一十三の胸に()()さった。

「大勢の前で話せるの?」

「!・・・・・・それは」

「まともに人と話せないあなたが、大人の先生達を説得できる?」

「・・・・・」

 言い返せなかった。自分は小学生で、子供で、しかも話せない。誰よりも臆病(おくびょう)で、誰よりも心が弱い。精神的にも肉体的にも差がありすぎる。

「軟禁場所も聞き出せなかったわ。多分私が犬太君を逃がすと()んだらしいけど・・・まあ、きっと私ならきっとそうする」

 燦子は(こぶし)を作って、デスクに(たた)きつけようとした。だが一瞬の迷いからその手を止めた。無力な自分を責めることしか出来ない燦子と一十三。犬太を知る唯一(ゆいいつ)の理解者である二人は、どうしたら犬太を助け出すことができるか、(かね)が鳴るまでじっくり考えた。が、何も思いつかなかった。結局授業に(おく)れてはいけないと判断した燦子は、一十三を一先(ひとま)ず教室に戻るよう説得した。


保健室を出ると剛がずっと待っていた。一十三はびっくりして後退(あとずさ)りすると、剛が(さら)に一十三に接近して言った。

挿絵(By みてみん)

「体の具合は?」

「あ・・・だい・・・じょう・・・ぶです」

 一十三は剛を見ないように、廊下(ろうか)を見て答えた。剛はホッと安心したようで、ようやく一十三から離れた。

「そうか、安心したぞ。もうここには大原はいない。気兼(きが)ねなく私達に相談してくれ」

 剛は嬉しそうだった。ついにあの犬太を追い出せた。悪を倒した。それが彼女の本心なのだろう。自分は何もしていないのに・・・

「・・・」

 一十三は剛の顔を一瞬だけ一瞥(いちべつ)した。それで彼女の気持ちが少しだけ解ってしまった。だけど一十三は何も言い返せなかった。(くや)(まぎ)れに剛を置いて、一人で教室に走り去っていった。


「まだ私とは話せないか・・・仕方ない。(ねば)ってみせるよ」

 剛には伝わらなかったようだった。


 教室に戻ると早速、他の教室の生徒も入り乱れて一十三を取り囲んだ。あの時の反省は何だったのだろうか。何事もなく一時間目の授業が終わって、二時間目が始まる十五分くらいは自由行動だ。その休み時間に来てしまったため、一十三は身動きが取れなくなっていた。


―ねえねえ、犬太になんか(ひど)いことされなかった?

―あいつまじひでえなあ、〇ねよ

―なんなのあいつ、あんなに最低な奴なんて思わなかった!

―もう二度と顔も見たくない

―もうあんな奴になんて渡さないんだからね!

―私たちは桜ちゃんの味方だよ


 一十三にとって、周りの生徒が段々と黒ずんだように(きたな)く見えた。そして周りは一瞬にして汚物(おぶつ)()した。昨日の円満な感じはどこに行ったのか。・・・そうかあの時犬太君が居なかったんだった。

「・・・」

 やっぱりダメだ。犬太以外の他人と話すとなると、一気にレベルが上がった。なんで犬太君や燦子先生の時は、あんなにスラスラ話せたはずなのに、他の人は駄目なのだろうか。

「こら!桜君が困っているだろう!道を開けろ!」

 桜を追ってやってきた剛の一声で、一瞬にして生徒が散らばっていった。

「さあ、桜君。もう心配はいらない」

 もう剛の気持ちは大体分かっていた一十三は、剛を無視して席に着いた。一十三の顔はこれから先、一瞬たりとも変化することのない無表情へ変わっていた。

 だが生徒達は(にく)き悪から一十三が救われたと、教師達の方針を()(たた)(ぜっ)(さん)した。一十三の事など気にも止めなかった。生徒達にとって犬太の罰は最も適切で、最も満足するものであるのだろう。

 犬太に助けられた人はどう思っているのだろうか。そもそも本当にいるのだろうか。

 一十三にとっての悪が決定した瞬間であった。


敵と味方。とても簡単な区別はないだろう。一十三の決めたこの境界線、いつ揺らぐことになるだろうか・・・そしてこのうわさを流した誰かとは一体・・・?

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