第4話 一十三の家
一十三の父はとても有名な国会議員であり、金は腐るほどあります。なので基本豪邸ですが、広さはそこまでありません。でもメイドや執事が結構な人数いるのでやっぱり広いかな?
初日最後の授業が終わった。
授業が終わると、生徒達は筆記用具や教科書・ノートをランドセルに入れ始めた。そんな中、一十三の前の席の生徒はノートを片付ける途中、ふと一十三の机の方を見て首を傾げた。
「ソレナンデスカ?」
彼女の名は【畄乃=R=ピエーディア】十歳。瞳はオレンジ色。金髪のカールヘアに、前髪をパンダ柄のヘアピンで留めている。裁縫が得意なピエーディアは、いつも自分で作った服を着ている。今日の服は水玉模様のワンピースに、腰から下は彩り豊かな虹色リボンの装飾を付けている。四才の頃、ピエーディアは祖国から逃げるように神螺儀町にやって来た。逃げる時に両親は祖国の住民に皆殺しにされ、ピエーディアは両親が殺される現場を目の前で見て以来、完全に記憶をシャットダウンした。今のピエーディアは神螺儀に来てからの記憶しかない。一年の放浪の果て、神螺儀町に迷い込んだピエーディアを発見した校長は、一人で作りあげたマンションにピエーディアを住まわせることにした。それ以来、彼女にとって校長は命の恩人であり、親代わりもあるのだ。
一十三は目の前の視線を感じ取り、一気に体が硬直した。だがずっと固まっているわけにもいかないので、一十三は机の上の筆箱を片付けようとした。
「あ!・・」
―ガシャン
だが一十三は誤って筆箱を地面にぶち撒けてしまった。筆箱が地面にぶつかる際に、大きな音が教室中の生徒に聞こえた。生徒達は一斉に一十三の筆箱の方を振り向き、視線が筆箱に向けられたことで、一十三の体は更に硬直し、完全に動けなくなってしまった。先に動いたのはピエーディアだった。
「ダイジョウブデスカ?」
ピエーディアは我先にと散らばった筆記用具を拾い始めた。他の生徒達もピエーディアのように、一十三のシャーペンや消しゴムを拾っていく。一十三は皆よりも最後に動いたが、既に筆箱から飛び出した筆記用具は筆箱に戻されていた。
「あ・・り・・」
一十三はここまでしてくれた生徒達に感謝の言葉を言おうと、必死に喉の奥を押し上げた。だがいまだ声は深淵の中にあり、一十三の顔が赤くなるばかりであった。ピエーディアはそんな一十三の心中を察したのか、ニコリと笑って言った。
「イイデスヨ。オチツイテ・・シンコキュウシテ・・・」
ピエーディアはそう言いながら、一十三の震える手を優しく自分の手で包み込んだ。一十三はピエーディアの冷たく、ほんのり温かい手を感じながら、自然と体の硬直が解けていくのが分かった。そして喉の奥から、自然と言いたい言葉が唇へと湧き上ってきた。
「あり・・がとう・・」
―・・・言えた
一十三はそう思うと、嬉しさのあまり頬が自然と緩んだ。ピエーディアや他の生徒にも一十三の声は届いたようで、照れながら答えた。
―いいって
―そうそう。そんじゃあ帰るよー
―困ったら言ってね?
―もう落とさないようにな
生徒達は拾った鉛筆を見て、自分の使っている鉛筆と違うことに気づいた。木で作られた鉛筆と違う、プラスティックやゴムの感触を感じながら、一十三に訊いてみた。
―これどうやって使うの?
―芯とかどうすんだ?
一十三は首を右に左に傾げる生徒を見て、無言でシャーペンのノックボタン(芯を出すための上部にある消しゴムのカバー部分)を二、三度押した。先端から芯が一定の長さで出てきた。一十三にとっては別段驚くことではないが、生徒達は「おお凄い」と感心した。生徒達に囲まれる一十三を見て、ピエーディアは嬉しそうに言った。
「ヨカッタデスネ。ワタシモサイショハキンチョーシマシタ」
オレンジ色の夕日が学校の校舎を照らす中、ピエーディアの髪とオレンジ色が綺麗に交わりながら、ピエーディアは話し始めた。
「デモイイヒトガタクサンイテ・・ワタシハホントウニシアワセモノデス」
「・・そう・・・なんだ」
初めて同性と会話した一十三は、これが会話なのだと感心した。ピエーディアは「ア」と何か思い出したように、目を輝かせて一十三を見た。
「イッショニカエリマセンカ?」
「え・・・えっと・・・」
一十三はハッと我に返ると、自分がまだそこまでいってはいないことに気づいた。もっとこのクラスに慣れてから、自分から誘ってみようと一十三は考えていた。すぐに机や引き出しにある物をランドセルの中に詰めると、「ごめん、まだ」とピエーディアに告げて教室を走り去った。ピエーディアは走り去る一十三に「マタアイマショウ」と言ったが、残念ながら一十三の耳には届かなかった。ピエーディアは一十三が出て行った方を見ながら、クスリと笑って思った。
―友達になりたいな・・・
いつの間にか教室はピエーディア一人になっていた。まだ午後四時前。四時になったら担任が教室の鍵を締めに戻ってくる。ピエーディアは急いでランドセルを整理すると、一十三の出て行った引き戸を通って、夕日色の教室を後にした。
初日の学校は初めてのことの連続だった。だがクラスの皆がいろいろ教えてくれて、一十三にとってとても有意義な一日となった。
一十三は廊下まで行くと、少し疲れて歩き始めた。まだ胸が高鳴っている。まさかこんなに積極的に話が出来るなんて・・・一十三の興奮は収まることなく、いまだに胸の鼓動が聞こえてくる。そんな時、一十三の姿を発見した生徒一人が、横から声をかけてきた。
「桜ちゃん」
「!」
一十三は驚いて振り向くと、【牧野恵美】十一歳が早速話し始めた。
「家はどこにあるの?」
「・・・あっち・・・」
一十三は後ろの方向に指差して答えた。恵美は「ふーん」と言うと少し考えて、二人の前を歩く【中村剛】を呼んだ。
「つよぽん、確か家あっちだったよね」
剛は不機嫌な顔で振り返った。
「私はつよぽんではない。・・・が、確かに君の言うあっち側だ」
「そんじゃあ桜ちゃんと一緒に帰ってあげてよ。まだこっちに来たばかりだから、迷っちゃうかも知れないし・・・」
「え・・・いや・・・」
一十三は必死に何かを伝えようとしているが、恵美は今剛と話していて、一十三のか細い声など眼中になかった。そして一十三の抵抗も虚しく、一十三は剛と一緒に帰ることになった。
「本当にいいのか?」
「え・・・あ・・・・うん」
一十三は小さく頷くことしかできなかった。知らない人と一緒に歩くことも初めてな一十三にとっては、途轍もない重圧であった。剛は今朝の勘違いから自信喪失してしまっているようで、自分なんかが転入生を任せられるのかと、今の今まで自問自答していた。二人はお互いに話すこともなく、静かに下駄箱まで歩いて行った。
下駄箱まで着くと、二人は靴を履き替え、校舎を出ると、グラウンド場を横断した。その間も会話は全くなかった。そして校門の近くまでいくと、目の前に大きな黒リムジンが不気味に止まっていた。校門の周りの生徒達も、その見たことのない車に口々と噂を始めている。剛はようやく口を開いた。
「あれは見たことのない車だな」
「あ・・・私の・・・」
「え?」
一十三の必死の返答に、剛は小さく驚いた。その時、運転席から黒スーツの使用人らしき人が速やかに車から降りると、一十三の前に姿勢を正して立つと、こう言った。
「桜一十三様、お迎えに参りました」
「・・・」
二メートルくらいある黒スーツの男は、一十三に向かって深々(ふかぶか)と礼をする。この状況に剛はただただ呆然とした。
「・・・君は・・・一体・・・」
「・・・」
剛を余所に、使用人らしき黒服の男は、そのまま一十三を車へ案内した。一十三は抵抗もせず、使用人に従い乗車した。一十三は剛の反対の方をじっと見つめていた。まるで剛から視線を逸らすように・・・
―ガチャ
一十三が座ると同時に、使用人と一十三のドアが閉まった。少ししてエンジンが掛かると、車は校門を抜けて走り去っていった。
「・・・ちょっとまっ」
剛はようやく声を発することが出来たが、もうそこに一十三の姿はなかった。剛はこれから一緒に周りの町並みを案内する目的を考えていたが、一十三がいなければ意味がない。剛は溜め息を付くと、一十三という少女は一体どこから来たのだろうかと考えながら、自分の家へ帰るのだった。
その頃、黒リムジンの中では、使用人の質問が始まっていた。
「桜様、失礼を承知でお聞きしますが、あの金髪の生徒とはどのようなお関係で?」
一十三にとって【桜統一郎】直属の使用人は、自分が生まれてからずっと見ていたため、もう恥ずかしいという感情はとうに過ぎていた。
「私と同じクラスの人・・・」
「お友達では?」
一十三の心は電光の如く痺れた。本でしか知らない『友達』という言葉に、一十三は激しく否定した。
「ない、あるわけないよ・・・私なんか・・・」
「・・・申し訳ありません。深くお詫び申し上げます」
使用人は一十三の地雷を踏んでしまったことを激しく後悔した。それから家に着くまで、重苦しい空気が車の中を支配した。一十三は蟠りを抱えながら、窓越しに映る風景の過ぎ去るさまを、ただじっと見つめていた。
それから十分も経たずに車は止まった。学校と一十三の家はそこまで離れてはいない。そして一十三は視線の先にある、これから一年間お世話になる父が手配した家を見渡した。
お菓子の家。一言でいえばまさにその言葉が一番似合う。特に粒チョコクッキーが大好きだ。一十三の頼みを父・統一郎が快く聞き入れてくれたお蔭であり、見た感じよく出来ていると一十三は思った。だが一十三は、学校で自分が周りの皆に迷惑をかけたこと、少年に叱責され、明日も来るように言われたことを思い出した。お菓子は好物だが、一十三の気持ちはいまだ晴れることはなかった。
使用人は車を降り、後部座席まで移動する。そして一十三側のドアを開けて言った。
「桜様、これから住む家はこちらでございます」
使用人は一十三を玄関前まで案内すると、「明日の登校時に迎えに行きます」と言って、一人車を走らせ帰って行った。家の前では六人のメイドが真ん中を開けるように、縦二列に並ぶと、一斉にお辞儀をした。何度も練習したのだろう。一人もミスなく綺麗なお辞儀であった。
―お帰りなさいませ、桜様。
「・・・ただいま」
―やっと家に着いた
と、一十三は今まで溜め込んでいた緊張を解き放つように、大きな息を吐いた。そして玄関前のメイドに先導されながら、【桜邸】の中へ入っていった。桜邸のメイドは全六人+セバスチャン+護衛一人の全八人体制である。桜邸は一軒家の中でも、頭一つ抜けた大凡十五坪の豪邸である。
―ガチャ
丁度その頃、剛は無事帰宅していた。剛の家は借家で、町の清掃やイベント行事を手伝うことで、無賃で住まわせてもらっている。借家はそこまで古びてはないが、いわくつきの家で有名らしい。が剛は住めればどこでもいいので詳しくは知らない。剛の気配を察知したのか、玄関のドアを勢いよく開け放ち、弟の【中村犬時】六歳は元気よく剛の胸に飛びついてきた。
「お姉ちゃんお腹すいたー!」
「分かった、分った。今買い物に行ってくるから、冷蔵庫にない物をメモしてきてくれないか?」
「うん、わかった!」
犬時は元気な返事をして、早速冷蔵庫を調べに行った。剛は買い物袋(手作りエコバック)をランドセルから取り出すと、玄関前で犬時を待っていた。
数分後。犬時が急いで紙切れに書いた買い物リストを受け取ると、ランドセルを置いて家を後にした。自宅から近いお店【神螺儀マート】は、ここから五分くらいで行ける場所にあった。神螺儀町ただ一つのショッピングセンターである。
剛と犬時は両親を捜すために、五年前から神螺儀町に住み始めた。五年前のこと、母は幼児化する難病に侵され、父はそれを治すためにドクターの勧めで神螺儀町に行ったきりである。その際剛と犬時を母方の祖父母に託したが、一向に帰ってこない両親に痺れを切らした剛と犬時は、祖父母から盗み聞きした情報を元に、神螺儀町へ向かったのだった。それ以来、弟は町の住民に両親の写真を見せて、剛は学校で聞き込みをして回っているが、手掛かりは一向に掴めないままである。
「あれ?桜ちゃんと一緒じゃなかったっけ?」
「!・・・牧野か」
剛は店に向かう途中、道路を歩く恵美と遭遇した。まだ住宅地の中にいたので、恵美に会うのはそれほど不思議ではなかった。剛はいつも遊びたがりの恵美に対して、あまりいい感情を抱いていない。恵美にはいつも厳しい目で指摘しているが、恵美は改善する気は全くなく、いつも気ままに生きている。
「お前はここで何をしている。家とは反対方向だろう?」
「何って博んとこにいくんだもん」
博。それは【村田智博】十一歳のことだ。恵美とは幼稚園の頃から、ずっと遊んでいる仲である。智博の家は剛の隣にあり、剛が学校に行っている間、いつも弟を預けてくれる智博の母・ミツバには本当に感謝しかない。
「ああ、そういえばそうだったな」
「そんなことより、桜ちゃんのことだよ!」
「あ・・・それは・・・」
剛は先ほどの出来事を恵美に伝えた。恵美は首を傾げて言う。
「車に乗って連れて行かれた?」
「ああ」
「・・・それって誘拐!?」
恵美の突拍子もない言葉に剛は驚いた。だが、誘拐犯が「桜様」と敬語で言うのだろうか。
「多分違うと思う・・・」
「じゃあ誰よ」
「・・・執事・・・とか?」
「羊?」
恵美はあまり頭が良くない。その代わり智博は博学多才で、遊びはいつも智博が提案している。恵美は専ら遊び専門である。桃色の長い髪に、いつも綺麗な服で着飾る恵美を、剛は羨ましいと思う時がある。自分にはそんな服を買うお金はなく、服はお下がり、ご飯は御裾分けさせてもらっている立場である。剛の仕事は帰宅後の畑仕事を二時間して、休む暇はない。二人で生きていくためには仕事は大切な収入源なのだ。
「いやし・つ・じだ。メイドや召使いのようなものだ」
「えええ!桜ちゃんってそんなに大金持ちなのー!」
「いやあ・・・詳しくは全く知らなくて・・・」
まだ転入初日、【桜一十三】という名前だけが、剛を含めた生徒達が知る唯一の情報だった。
いつの間にか恵美も剛の買い物に同行していた。智博との約束は何だったのだろうか。智博はいつも恵美に振り回されていて、時折不憫でならないと思う剛であった。弟が書いた買い物リストを見て、それがお店のどこにあるかを確認した後、さっそく買い物カートにカゴを入れて、野菜コーナーから探し始めた。恵美は剛の後ろをトコトコついていく。
「まだ桜ちゃんも初めてだから、慣れるといいね」
ふと呟いた恵美の言葉に、剛は恵美の気持ちが分かったような気がした。
「ああ、仲良くなりたいな」
「・・・うん・・・それに」
恵美は怪しい笑みを浮かべた。
「桜ちゃんの事もっと知りたくなったよ。車の事とか」
「おい牧野、桜さんの困るようなことを聞くんじゃない」
「・・・はあい」
剛の警告に恵美は大人しく答えた。恵美は知らないことはとことん知ろうとしてする性分で、それが周りの人々を大変な目に遭わせてしまう事も屡あった。そして恵美は「あ!」と思い出したかのように叫んだ。剛はびっくりして振り返ると、恵美は悲しい顔で言った。
「そういえば博んとこ行くんだった」
「え・・・今更?」
「それじゃあ遅れるといけないから、もう行くね!」
「ああ・・・このまま行けば十五分の遅刻だな」
「うう・・博に怒られる・・・・じゃあね・・」
「ああ、また学校で」
恵美は剛に別れを言うと、嵐のように店を後にした。剛は恵美の背中を見送りながら、ああいうのもいいのかな―と思うのだった。
それから剛は無事、買い物リストの項目通りに買い終わると、急いで弟の待つ家に帰って行ったのだった。
一十三は基本、使用人やメイドとは一言会話で済ませます。後目を絶対に合わせないようにしてあるので、執事や使用人は一十三を真正面から見たものはごく少数です。