小話 その十七 青空の下、叢の上の三人
祐介と愛戯と健一のお話。健一=犬は愛戯と出会い、どうなっていくのか・・・『那奈子さん』に登場したキャラも・・・!?
ここは六年二組の教室。
「・・・」
俺はつまらなそうな顔で、頬杖を付いてグラウンド側を覗いていた。席は前に席替えしたことで、グラウンド側で先頭の位置になった。
―おい、東!
そのせいで暑い日差しが、必要にこっちに差し込んでくるのが何よりも痛い。だがそれを意見する気もない。今は十二時前、三時間目の授業中。
―おいって、聞こえないのか!
俺は暑い日の光が嫌いだ。少しでも健一と中庭で涼みたい気分だ。だがまだ授業中。しかも苦手な国語だ。国語の苦手な所は、本の作り手の気持ちにならなくてはいけない所。そうでなくても、その作り手のキャラクターの気持ちになって考えなくてはならない。それが何より理解不能で、結果おおよそ見当がつかない答えになっている。俺の頭はそんなことよりも、健一と遊ぶことで頭がいっぱいなのに・・・
―おい!
「!」
耳からどでかい声が入ってきたかと思うと、顔面に唾が飛んできた。教師の名は【尾原大典】四十六歳、未婚のおっさん。薄い頭の替わりに顎髭が異様に多いのが特徴で、美人の女性に弱く、少しでも気があると思ったら猛アタックすることで有名・・らしい。キーンっと耳が麻痺し、さらには顔面にそいつの唾が飛んできて、明らかに不機嫌な顔になる俺に、尾原は眉間をしわくちゃにして言った。
「やっと気が付いたか・・・・おい、早く黒板の問いに答えろ」
「・・はい」
だが俺は顔面に付いた唾を拭き取ることなく、教科書を開いたまま指で固定して、そそくさと席を立ち、黒板の前に立った。唾は後で洗面所に行って洗おうと思った。
「早くしろよ全く・・」
未だにキーンとなる耳鳴りを我慢して、教科書の文と黒板の問いを照らし合わせて暫し考えた結果、ぼんやり浮かんできた答えを白いチョークで書いていく。そして書き終わったら、そのまま自分の席に戻っていく。この時は自分の席が黒板に近い位置にいて、本当に良かったと思った。
「むっ・・・正解だ」
尾原は苦虫を噛み潰したような顔をして呟いた。俺はふぅっと溜め息を零して一安心した。苦手な国語だったが、今回の問いはそれほど難しくなくて良かった。
それから時は流れ、昼休みになった。
俺は誰かに気づかれないように給食を残すと、それを袋に詰めてから一目散に教室を後にした。周りの生徒は俺のことなんか気にしちゃいない。それが俺にとっては好都合であった。廊下を静かに駆けていく途中、おばさん教師の【芽明恭子】六十三歳が立ちはだかった。
「あら・・あなたは・・・」
「えっと・・」
俺は会話能力が著しく低い。特にどんどん話を進めていく系の相手とは、相性がとても悪い。そして相手は・・・
「いいところに来たわねえ。あ、そうだ。聞いてくれる?さっき今日の晩御飯のことを考えていたのだけれど、ハンバーグがいいかしら?それとも焼き魚がいいかしら?」
凄いスピードで言葉を紡いでいく芽明おばさんに、俺は必死に間合いを取っていく。
「・・・焼き魚」
「あらそう?でも焼き魚にいい魚が思いつかなくて・・・サンマと鯖、鯛にヒラメに・・・」
「・・・」
やきざかなのなを言う前に、芽明おばさんの追撃の言葉がやってくる。俺はそれをただただ聞くことしかできなかった。彼女の言葉には相手を制止させる能力があるのだろうか。まさに鉄壁の芽明であった。
「あ~あ・・やっと授業が終わった・・・」
六年生の教室から見て左奥にある視聴覚室を、疲れた体で出ていく女子が一人。名を【藤堂愛戯】十一歳。世界一のアイドルを目指すため、日々(ひび)邁進中の愛戯は、今日も周りの生徒に対し、ファンサービスを率先して行っていた。例えばサイン会や握手会、歌やダンスは体育館で、いち早くファンした教師に根回しをして週に二、三回を目途にやっている。誰よりも明るい、誰よりも優しいアイドルを目指す彼女を応援するファンは、既にこの町、神螺儀町内に数多く広まっていた。
愛戯の背後からもう二人の生徒が、愛戯の隣に入ってきた。
「今日も『チョップリン』の映画だったね・・堺先生の趣味かな?」
左隣にいる彼の名は【村田智博】。片方目を長い髪で隠す、温厚な性格の少年。そして視聴覚室でチョップリンの映画を生徒に見せた教師は、【堺麻湯】三十四歳。片方に眼鏡をかけたナルシスト系。趣味の映画を見て、絶賛した映画を翌日生徒に見せて共感を得ようとする。が、中々支持が得られないことを、夜の酒場で保健担当【橘燦子】に愚痴として漏らしている。
燦子とは酒友達だ。堺の好きな酒は専らバーボン水割りである。
「声なしで一時間ずっと齧り付いて観ないと内容が解らないなんて、苦痛以外の何物でもないじゃない!私はじっとするのが一番嫌なの!」
そして右隣の女子の名は、【牧野恵美】。綺麗な桃色の髪が特徴で、遊ぶこと第一に考えている。智博と幼馴染で智博のことが内心好きだと、愛戯は考えている。恵美と知り合ったのは小学校低学年からであり、恵美と智博と三人でよく遊んでいる。何を遊ぶかは智博に一任している。
「私は面白かったよ?チョップリンが歩けば町中が大騒ぎして、町の人がチョップリンに怒って、チョップリンが逃げ出すシーンは笑ったな・・・」
「えー、うっそー!」
「僕も関心したよ。あんな表現方法があったなんて。声や音がなくても人を楽しませることが出来るなんて、いい勉強になったよ」
「そうそう」
「・・・二人とも、何かいい感じ・・・」
愛戯と智博はちょくちょく意気投合して話し込むことがある。感性が似ているのかもしれないが、恵美はそんな二人を恨めしそうにじっと見ていた。智博が他の女子、特に恵美の友達である愛戯と仲良くしている所は、恵美自身もどこか嫉妬しているようだ。
そんな時のことだ。
―ワン!
「!・・わん?」
愛戯の耳から鳴き声のような音を聞き取った。愛戯は周りをキョロキョロと見渡していると、智博と恵美が不思議そうに愛戯の顔を見た。
「どうしたの?」
「え?犬みたいな声聞こえなかった?」
愛戯の言葉に二人はお互いの顔を見合わせて、首を横に振って答えた。
「ううん、全然」
「僕も聞こえなかったよ」
「え・・・(聞き間違いかな・・・)」
愛戯は首を傾げたが、恵美は急かすように愛戯の腕を組んでこう言った。
「もう!そんなことよりお昼ご飯だよ!急ごう!」
「え・・あ」
「今日はデザートに『果物盛り合わせクレープ』なんだよ!一生食べられないかもしれないんだもん・・・」
口から涎を零す恵美に、そういえばそうだったと興奮を思い出した愛戯であった。だがあの声が頭の隅に離れないまま、恵美・智博・愛戯を含めた五年二組は、教室に猛ダッシュで走っていったのだった。
「いいな・・果物盛り合わせクレープ・・・」
その頃。四年一組の教室では、【伊達飯子】がお腹を鳴らして天井を羨ましげに見つめていた。四年生の昼食は鯛とチーズの蒸し焼きに、白ご飯、ワカメスープと牛乳。五年生のお好み焼き、果物入りクレープと牛乳に、他の学年の生徒の殆どが「羨ましい・けしからん!」と悔しさを滲ませていた。特に食い意地の高い伊達飯子は上の階を見つめながら、貧乏揺すりをしていた。飯子の親友【京真那奈子】は、そんな飯子の肩を摩りながらこう言った。
「私達もきっと一年後には食べられるよ。・・・でもそっか、上の階は一十三さんがいるところだね」
那奈子はそう言うと、昔のことをふと思い出したように目を細めた。飯子は那奈子を見て「そうだね・・」と言いながら、口からでた涎をスッと飲み込んだのだった。
そして十五分経った頃。後者を挟んだ中庭に一匹の犬が現れた。
―はぁ・・はぁ・・・
その犬はもう来ていいころだと、顔を出して待ち侘びていた。だが五分十分経っても来ない誰かに、思い切って叢から花壇を囲んだ砂場に現れたのだ。が、偶然にも現在中庭は人っ子一人いないようだ。
ーはぁ・・・
犬はそいつが来るまで何分、何時間も待っているつもりでいた。すると・・
「むっ」
校舎からひょっこりと顔を出してきた、ある生徒が現れた。
「あ」
―わん!
藤堂愛戯であった。目と目が合った二人は瞬く間に体が固まった。じっと見つめ合う中、時計の針は刻一刻と過ぎていった。中庭は二人だけの世界になっていた。
だが、その膠着した時間を変えたのは犬であった。
―わんわん!
「!」
犬はどこか嬉しそうに愛戯の近くまで走ってくると、ペロペロと足を舐め始めたのだ。愛戯の足はスカートを履いていて、太ももから靴下まで全くの無防備であったため、犬の格好の的になってしまったのだった。愛戯は自分の足を舐める犬を見て、暫くその犬を見ていた。舌の動きが最初気持ち悪いと思ったが、犬の無邪気な仕草を見ると、すぐに可愛いという気持ちに変わった。
「よしよーし」
愛戯はしゃがみ込むと、犬をギュッと優しく抱き締めて、犬の頭を撫でた。犬は愛戯の行為に逃げる素振りも見せず、すぐに受け入れた。
―くぅん
犬はすぐさま愛戯に身を委ね、体を愛戯に預けた。愛戯は犬を抱きかかえると、近くの叢に移動した。そして叢まで移動すると、犬を叢に移してから自分も叢の上に寝転がった。
「おお・・・中々良い感触」
久々(ひさびさ)の叢に、愛戯は布団の上ほどではないが、『涼みポイント』にはちょうどいいと思った。お尻から背中にごろりと仰向けで倒れ込むと、空を見た。犬も愛戯に倣うように、仰向けに寝ると空を見た。
空は青く澄んで、白い雲が青い海に点々と流れていく。昼の星座を見ている気分だ。愛戯はふと横を見た。空を眺める犬の瞳は、綺麗な青色になっていた。
「お犬さん」
「健一だ」
「!」
愛戯は背中の気配にびっくりして振り返って見てみれば、そこには【東祐介】が不機嫌そうにこちらを見ていた。祐介は眉間に皺を寄せ、片足を広げて、もう片方の足を曲げて座っていた。愛戯は動揺する心を落ち着かせて言った。
「どうしてここに・・」
「健一と会うためだ。・・どうしてお前がここにいる?」
明らかに不機嫌な顔で質問してくる祐介に、愛戯は少しだけムッと怒って反論した。
「別に私がここにいたっていいじゃない。ねえ、お犬さん♪」
―わん!
すっかり犬と仲良くなった愛戯に、祐介の顔はさらに不機嫌さを増して言った。
「俺の健一に話しかけるな」
「何?健一っていうの?」
「ああ」
愛戯はその健一という言葉が気になって、祐介に質問した。祐介はすぐに答えた。
「元気な奴になってほしいから、健康の健を取って、一番元気になれって意味」
「ふーん」
―・・・!
愛戯はいつの間にか、祐介の手を握っていた。祐介は驚いてその手を振り解こうとするが、愛戯はニコニコしながら強く握って一向に離そうとしない。
「いいじゃん、いいじゃん。ねえ、健一♪」
―わん!
愛戯は健一とも手と前足を握り合って、いつの間にか三人の手が繋がった。祐介はその時、胸のどこからか小さな何かが生まれた。それは嫌な感じではなかったが、どこか不思議で、どこか安心する何かの感情だった。
(あ・・笑ってる・・・)
愛戯はいつの間にか、愛戯に笑いかける祐介に気づいて、ドキッと胸の奥から桃色の感情が体中に一気に流れ込んできた。それはとても恥ずかしいような、とても幸せのような、どこか安心する何かの感情のように見えた。犬は見つめ合う二人を見て、首を横に傾げるような仕草を見せて、少しだけ「くぅん」と寂しそうに小さく唸ったのだった。
何か祐介と愛戯の話をもっと書きたいなあ。。っと思ってたら出来ました。茶碗蒸しを忘れて書いたら、これはこれでいい感じになったと思います。健一の最後の寂しそうな流れは、二人がいい感じになっていて、自分が入るスキがないので、寂しいなあ・・と思ったみたいな気持ちです。




