第CXLv話 end of 第三の試練
所変わって河志野浩司(主人公)は……?
頬廼城市。人が妖怪から守るために築き上げた退治屋の村。百年前、たった一人の人間によってそこに住んでいた人達は妖怪になり、退治屋によって滅ぼされた。頬廼城市の歴史はそこで終わったかに見えたが、その中から一人の人間と三人の人間が生き延びた。一人は襲ってきた人間によって憎しみを植え付けられ憎しみの赴くままに行動し、三人は妖怪として生きる道を余儀なくされた。退治するはずの妖怪になってしまった苦しみから何度自殺しようとしたが、そもそも妖怪がどうやったら自殺できるのかを知らなかった。妖怪のことをまだ一端しか知らなかったのだと思い知らされた。途方に暮れた三人は、人の目の付かない場所で隠れ棲むことにした。
ただ生きること。それは三人にとって痛みのない地獄と同じ。じわじわと大きくなる“無”に耐え切れず、三人は再び頬廼城市に帰ってきた。そして現当主であった龕之満月を見かけた瞬間、目を疑った。憎しみに支配されながらも人間として生きる道を諦めず、頬廼城市復興という夢に突き進んでいた。そんな満月を見て、三人は新たな道を見出した。
頬廼城市で起きた事件の真相を全て明らかにするという新たなる道が……。
最強の名を手に入れる者と今この瞬間から最強を越えなければならない者たちの戦いが始まった。九尾と九尾。本来仲間の絆で強くなるはずの力『九尾』。
(誰にも襲われることのないくらい強くなって、誰もいない世界にして死ぬ……)
究極の孤独のために強い存在を食いつくそうとする千代が九尾を使えばどうなるか。千代はなぜこうも笑っていられるのだろうか。まだ千代の全貌が見えない中で先手を取ることは困難。九尾の正統後継者・九重鬼奈月はじっと千代の出方を窺っていた。
丁度その頃、物を閉じ込める力を持つ妖怪・丼卦盛が持っている丼の蓋の中では、三人の妖怪と一人の人間が修行を続けていた。
そして今まさに浩司は、眼鏡教師にして妖怪・投槍歩の『九尾を簡単解説講座』を受けていた。二人の空間はまさに教室で教壇に立つ歩に、縦5列×横5列の席に浩司が好きな窓際の席を選んで座っている状態。千代を倒す最善手を浩司の頭に叩き込むスパルタ授業で、一度黒板に書き込んだ内容をハリセンの中に吸収して、そのまま浩司の背中に叩きつけるという荒行であった。
「河志野君。次の九尾のもつ体質についてですが……」
「頭が割れる……でも、まだまだぁ!」
浩司の背中と脳に相当なダメージを負っているが、まだ倒れるわけにはいかない。自分の中で作戦を立ててくれている相棒(鋼月麻呂)と一緒に戦うんだ。千代の中にいる正と捕まっている仲間たちを取り戻して千代を倒す。どうして正を取り込んだかは分からない。もしかして正の病気に関係する……? いや、今はとにかく正を助けるために千代の弱点を探すんだ。と、意気込む浩司。そして――。
(自分がなぜ浩司の中で目覚めたのかはまだ分からない。でも何故だろう。今父上だけじゃない。どこかで満月と母上が戦っている気がする……。いや……まさかな。まさか――)
まさかである。今まさに鋼月麻呂がいる鍋の外、現実世界にて、母と妹が宿敵千代と戦っているのである。そんなことはつゆ知らず、父と兄は千代攻略の切り札・河志野浩司に今まで探り出した全ての情報を託しているのだが……。本当にこの人間に託して千代を倒すことができるのか。
鋼月麻呂と満月の父にして、新月の夫である龕之行篤はずっと浩司について考えていた。今の所、浩司が優れている所は全くといっていいほど存在しない。行篤は今教師(歩)と生徒(浩司)を見守る親のような位置で見守っている。もう一人の大柄な筋肉男・一松範は、行篤の右隣で大好きな歩の顔をうっとりと眺めている。
そして左隣には貉(主にアナグマ、タヌキ・ハクビシン)のような見た目の生物がちょこんと座っていた。視線は浩司に向けられているが、行篤と同じように冷ややかで何の期待のない目である。行篤と貉はふと目が合うと、互いに同じ気持ちがあるのだろうと察したのか、自然と口が開いた。
「儂は行篤と言う。お前はなんだ?」
「……むじ……(首を横に振って)、童は魔王ぞ」
己の名を言う時に明らかに迷った表情をしていたが、行篤は「うむ」と浩司を観察しながら小さく頷いた。ジロ……と魔王と名乗る獣が行篤を覗き見る。馬鹿にしてる様子はない。普通なら今の童の言葉なんて誰も信じないのに……。
「魔王」
「! 何?」
魔王(貉)は強気な声で威嚇するが、行篤はいつものくぐもった低い声でこう続けた。
「浩司を見てどう思う?」
行篤の軽い興味本位の質問に魔王は静かに答えた。
「ふん……無理だ。死ぬに決まってる」
「そうか……。儂もそう思う」
「じゃあ何でこんな無駄なこと……」
「儂にもわからん」
「……ボケてる?」
「さあ……ボケているのかもしれない。はあ、もうどれくらい爺として生きたかも忘れたわ」
袴姿での腕組みはやはり爺が一番似合っている。魔王はふとそう思った。でもなぜ今こんな話をしているのだろう。初めてこいつと話をしたが、そもそも童もどうしてこんなに口が動く? 共感を得られたから。それだけ……? 魔王は眉を顰めて考え込んだ。
すると行篤は少し音を強めてこう言った。
「今だけ、儂と組んでみないか?」
「……はあ? 何言ってんの?」
突拍子もない行篤の言葉に、魔王は半分怒りを含ませて睨み返す。だが行篤はにやりと悪だくみする子供のような笑みを浮かべて続けた。
「儂とお前で、浩司を圧倒的に負かそうじゃないかと言っているんだ」
「……」
「圧倒的に負けてしまえば、浩司は身も心も戦意を失うだろう」
「…………はあ???」
本当に何を言っているのだろう。もしそんなことをすれば、お前たちの目的が遠のくんじゃないのか……と考えた魔王だったが、そもそも浩司が千代を倒せる力があるのかという謎にぶつかり、それからすぐに結論が出た。
うん、全くない。浩司はとても弱いのだ。だったら――、
「乗ってやろう。喜べ。魔王初めての協力ぞ」
「ああ、よろしく頼むぞ。貉」
「魔王ぞ」
「そうだったな、魔王」
行篤は魔王に背中を見せ、魔王は行篤の背中に飛び乗った。それが二人の承諾の合図となった。
「全情報の共有を確認。これで第二の試練、終了です」
丁度その頃、浩司は投槍歩の第二の試練を終えるところだった。頭はパンパンどころではない。いろんな情報を物理的に叩き込まれたのだから当然だ。叩き込まれた情報を整理することは全て、浩司と体を共有するもう一つの魂・鋼月麻呂に一任していた。一人が抱え込むには多すぎる情報だが、魂が二つあれば大丈夫……でもなかった。
「鋼月麻呂……大丈夫か…………」
「待って、まだかかる!」
「うぉお……頭が割れる……」
「耐えてくれ! 後これと……」
浩司と鋼月麻呂が頭を抱えて必死に情報を整理していると、教壇に立っている歩の前を袴姿の爺が割って入ってきた。歩の教師でもあった行篤である。左肩に何か乗っているようだが、あまり見たことがない動物だ。
「先生……どうしたのですか? 突然……」
「第二の試練は終わった頃だと思ってな」
「あ、はい。丁度今終わりました。あの……その動物は一体――」
「そうか……ならば」
「?」
歩が困惑する中、行篤は終始浩司を睨みつけたまま声を張り上げた。
「浩司!」
「!? 今の声って……あなたは!」
「あなた? ふぅ、甘く見られたものだ。これは徹底的に叩き潰してやらんとな……魔王」
ちらりと左肩に目を落とすと、そこにいた貉(魔王)は眉間に皺を寄せたまま答えた。
「そうぞな。……おい浩司。今ここでお前を完膚なきまでに叩き潰す!」
向けられた二人の殺意を前に、浩司は全身から死への手招きが見えた気がした。
GW。皆さんいかがお過ごし手下でしょうか。私は……見たい映画や動物園に行きました。久しぶりの動物園にドキドキしましたが、やっぱりいろんな動物が観れて満足です。映画はクレヨンしんちゃんと名探偵コナンの映画を観ました。笑いと感動のしんちゃんに、迫力満点なアクションと胸躍る犯人との戦いはやっぱりコナンならではだなぁと思いました。
まだまだ大変な時ですが、この世界には面白いものがまだまだいっぱいあるので、絶望する前に、死ぬ前にもう一度いろんなジャンルに目を向けてはどうでしょう。
と、いうわけで今回は浩司と鋼月麻呂のダブル主人公回・前編みたいな感じです。次回はもちろん後編……中編になったりして……。では次回。




