第Cxxxv話 end of 孔雀姫(くじゃくひめ)、翻弄(ほんろう)
文月、サラスティア、孔雀姫、それぞれが見るものとは……
孔雀絵。私は大門鉄左と再会してすぐ大門さんの家で同棲を始めた。家に入って最初に見るものは、天井から床まである大きな孔雀が描かれた掛け軸だ。始めに聞いた時は「代々受け継いできたうちの家宝だ。実は俺も両親もこの絵の詳しいことは知らないんだ。そんなことを気にする暇もなかったからね」と言って、孔雀絵のことは結局最後まで解らなかった。
「あれ……?」
でも、ある日知ることになる。孔雀絵の真の恐ろしさのほんの一部分を……。
鬼奈月の娘、文月の心に誰かが語り掛けてくる。
「声が、聞こえる……この穏やかで、冷たくて、悲しくて、野菜い声は――お母さん?」
大門さんは料理が美味しくて、特に漬物が絶品だった。大根やキュウリは今でも覚えているくらい。だから私も頑張って練習して追い付こうとしたけど、私の漬物は大門さんのように美味しくできなかった。でも大門さんは笑って「俺は鬼奈月の漬物が美味しいよ」と言って励ましてくれて……嬉しい反面、気を使われたような気がしてならなかった。だからあの人がいなくなった今でも覚えている舌で練習している。あの人がひょっこり帰ってきて食べてくれるんじゃないかと、そんなことを思いながら……。
「大門って……お父さんの名前? お母さんは私に一度もお父さんのことを話さなかった。どうしてだろうとずっと考えたけど解らなかった。ずっと聞きたくて聞けなかったんだ……」
一度思い出した悩みの種は少しずつ大きくなって。すやすやと気持ちよく眠っていた文月は、父・大門のことを思い出したことで眠気が薄れていく。
……ふと目を開けると、空は青い空と点々と雲が散り散りに飛んでいた。
私は今までどれだけ眠っていたのだろう。でも頭も体もまだ軽い。すぐに起き上がることができた。風はない。地面は鮮やかな緑の草原で……、後ろを見ると透き通った川が流れていた。
「ここは……どこ?」
こんな場所、知らない。自分が作り上げた夢の世界……? でも、何で今まで忘れていたの? 頭がぼーっとして、意識もおぼつかない。でも、これだけは解る。あの声は絶対に、
「お母さん……」
声の方を振り向くと、そこには川に頭ごと突っ込んで水を飲みと水浴びを同時に行っている。そう、その姿はまさしく母だった。面倒くさがり屋でいつも二つのことを同時にやる癖があるあの母が、いや違う。この場合、私がこの世界にやってきたのだろう。
「あれ? ……千代の動きが止まった?」
千代の体内で捕らわれた仲間たちを探す河童の『サラスティア』と大きなツキノワグマ『モモちゃん』は二人目救出者『ししょー』こと森友ララマリアが監禁されている部屋の前で立ち往生していた。理由はララマリアの声が聴こえるにもかかわらず、こちらから叫んでも何の反応もないことだ。こっちが出した声が聴こえないようになっているか、わざと聞こえないふりをしているのか、声を発せない状況なのか、はたまた意識を失っているか。もしくは――、
「いや! 死んでない! 絶対に!!!」
千代の思惑など考えている暇はない。と、最悪な予想をブンブンと頭を振って否定するサラスティア。モモちゃんも必死に壁に向けてパンチやキックや押し出しをするが、一向に壁が壊れる気配はない。一人目のサラスティアの救出の時は、柔らかい壁だったので、すぐに破壊することができた。そしてララマリアの壁が何故固いのか。サラスティアは考えた。
「俺よりししょーの方が力が強いから……だよな。やっぱり」
どう考えても、それ以外に理由は見つからない。だが、解ったところでどうなるというのか。自分がどれだけ万全な態勢であっても。この固い壁を破ることは不可能だ。モモちゃんの力もそれが出来ないとなると……詰みなのか?
いや――、まだやることがあるはずだ。見ろとにかく眼前の壁を見逃すな……。
(きっと何か開ける方法があるんだ……諦めないぞ)
サラスティアの見開かれた目が、壁に注がれている。熊はそれを見ると一旦攻撃を止め、自分も壁を見ることに集中した。しんと静まり返る千代の体内のどこかにある血管内部。この場所がいつまで安全かもわからない以上、呑気に待っている暇はない。だが焦ってもだめだ。サラスティアは焦る気持ちを押さえつけ、壁に全神経を注ぐ。
まだだ。
……まだ。
…………きっと、来る――はず。
まだか? ……早くして――!
もう待て――――、
――ドクン!
「!?」
サラスティアは見た。一瞬だけ壁が液体のように波打つ瞬間を。刹那、サラスティアは技名を叫ぶことなく、無言で拳から十枚の甲羅を縦に並べて勢いよく壁に向かってぶん殴った。同時、モモちゃんもサラスティアの動作に合わせて拳をサラスティアと同じ方へと打ち込んだ。
すると――、
ぐにゃり。厚さ測定不能の壁面に二人の拳が衝突すると、衝突部分からまるで波紋のように拡がり、液状化された壁がずるりと崩れた。
あ~、心が透き通るほどに満ち溢れていく。あれ(・・)が消えてから今、本当に心が晴れ晴れしている。ずっと恋焦がれてきた手足、身体、丁度いいあの女の体全てを手に入れた。ずっと鬼奈月に閉じ込められ、頑丈な壁に閉じ込めたお陰で今の今まで窮屈だった。でも、今は違う。孔雀姫はうっとりした顔で自分になった体を嘗め回すように見入る。
「お前を殺せば、もう俺の敵はいなくなる……」
花園千代は確信の眼で、大敵を睨み据える。まさしく最強に値する妖狐『九尾』。伊達にここまで妖力を溜めてきただけはある。
まずはこれだ。千代は視線を孔雀姫から右に反らした。直後、右方の水平線上の彼方から無数の岩石が流星群となって飛んできた。岩石は一瞬で孔雀姫を包囲したかと思えば、孔雀姫の周囲を大小それぞれの岩石が回り始める。その様はまさに太陽系の如く。
(この岩石に奴が触れれば、即座に即死級の傷を負う『太陽系危機一髪』。これで孔雀姫の能力を解き明かす)
千代の奪い取った『全知』の力の弱点は、現時点で『能力を知る者が存在すること』である。そんな中、孔雀姫は今この時まで一度も力を使ったことがなく、誰からも力を見られたことはない。つまり全知が使えないということになる。そのことから至る解決法は、相手により多くの技を使わせることになるわけだ。
どうだ? 何をしてくれんだ? 太陽系危機一髪を発動した時点で、千代は何もしなくてもいい。相手が少しでも動けば、すぐ傍にある岩石は弾け、死ぬ。そうだ。これは発動した時点で、既に俺の、勝ちだ……ん?
孔雀姫の視線を合わせた瞬間、千代が忽然と消えた。そして気づいた時には孔雀姫に強く抱き締められ、自分の周りには岩石群が回って――、
「一緒に……ね? 楽しまなくちゃ損、損」
孔雀姫の愛の詰まった言葉を聞いた千代は、自分の体が岩石に触れて、触れたところが大爆発した。傍にいた岩石も次々と連鎖爆発を引き起こし、千代と孔雀姫の周りは瞬く間に集団爆撃地と化したのだった。
大爆発から数分後。土ぼこりは次第に消えて、中から一つの影が現れる。見分けはつく。真っ黒焦げになった千代、そして無傷の孔雀姫の姿だ。孔雀姫は舞う埃を嫌々(いやいや)しく払い落す。そして未だに千代を抱き締めたまま、一向に話す気配はない。千代の方は何が何だか分からないと言った顔で孔雀姫を眺めている。妖力差は圧倒的にこちらが有利なはずなのに、どうして――。
「!?」
いや、違う。圧倒的ではない。何だ? これは……。自分が今まで奪ってきた妖力はいつの間にか半減し、対して孔雀姫の妖力は鬼奈月の妖力の倍になっている。倍とは言ってもまだまだ千代の妖力に追い付いてはいない。だが、いったいなぜ妖力値が変化したのか。今まで妖力を計算していたにもかかわらず、気づかぬうちに半減していた。ということは……。
禍々(まがまが)しい顔でこちらを睨みつける千代に、孔雀姫はにんまりと逆「へ」の字で笑って見せた。
「やっと解ったんだ、お馬鹿さん。私の能力は私以外の力を半分にして、私の力を底上げする、『絶峠』っていうの」
「聞いた事ねえ力だ……」
「あらそう? ふふ。知らないから面白いんじゃない、あなたつまらない女ね……」
常に相手を馬鹿にする孔雀姫の言動は、千代の怒りを限りなく肥大化させていった。「だがまだ焦ることはない。相手の力が解った以上、自分の持ち得る力を探し出してぶつけるだけだ。……そう思っているのね。お馬鹿な人間さん」
「なっ!?」
千代は驚愕した。孔雀姫は千代が心の中で思っていた言葉を一言一句間違わずに言ったのだ。「これは……、まずい。自分と同じ相手の心を読む力があるみてえだ。……なんて、もう。褒めても何も出ないぞ♪」
孔雀姫はにんまりと微笑んで、千代の心臓に人差し指を突いてみせた。ちょんちょんと優しくへその部分を突きながら、千代の耳元でこうつぶやいた。
「心を読むなんて気持ち悪いじゃない。私以外にそんな力はいらないから……、ね? 返してよ、私の妹から奪ったその力」
ズボリと千代の心臓を抉る音が聞こえた。
遅くなった理由は解ってます。ガオレンジャーのロボット、ガオナイトを作ったことと、マスターデュエルをやっていたせいです。ガオナイトはまあ時間を分割すればできるのですが、マスターデュエルはスマホで出来るので……はい。一戦だけやって小説しようと思ったら、気づくと何時間もやってしまって……怖いですね。ブリーチのアプリ以来のやばい中毒性のあるゲームです。皆さんも気を付けてデュエルしましょう。使った時間は取り戻せませんから……。
後羊毛フェレットが百均で売ってたので買って作ってみたのですが、まあ……最初の一発目ですのでなんかすごいのっぽになってました。表紙の完成図と違う!
というわけで今回の私話はここまで、孔雀姫の力とは……鬼奈月は本当に死んだのか、サラスティア達は無事仲間を取り戻すことができるのか! では次回。




