第Cxi話 鈍重の歩み
浩司終章、開幕。
……あれから何が変わったか。
私は全てを置いてきた。相手を傷つける術を持たなかった、全てが私の責任。
うちは全てを捨てきれなかった。中途半端のまま……。
私は全てを託した。老いぼれのわがままを押し付けてごめんなさい。
私は何も知らなかった。お母さんのことも何もかも……。
私は何にも知らなかった。お母さんの笑顔が無くなった理由も何もかも……。
俺はお母さんの望みを叶えたくて必死にしがみつくだけ。
俺は――――、
重い。
(手が)重くて、(足が)重くて、(お腹というか胴体全部が)重くて、ほんっっっっとにしんどい。特に胴体を覆う硬い甲羅がずっしりと重石になって、一、二歩歩くだけで疲労が以前の何倍にも蓄積されていく。
「……」
上を向く。誰かが生み出したであろうどす黒い群雲が空を埋め尽くす。更に少しずつこの世界をまるごと食らおうと拡がっていく。苦しいから息をするが、呼吸をするたびにハリセンボンが入ったような気分だ。確かに今自分がいる場所は山頂付近、地上より空気が薄くなるのも解る。だがこの棘が身体に入った状態が続けばいずれ……、
「ちっ! ……やっぱり駄目だ。やっと手に入れた俺とガキの“神螺儀”と九尾のガキと退治屋のガキの負のエネルギー、そして……くそっ、確かに手に入れたはずだってのに。九尾のババアが集めた妖怪どもの妖力と退治屋どもを妖怪化させ食らったはずの力が……何で出てこないんだ……っ!!! 確かに覚えてる。でも…………そんなはずは――――」
一体何がどうなってやがんだ!!!
娘(永禮千代子)の身体と融合した花園千代は堪らず叫んだ。頭は何の痛みもない。誰かに弄られたという記憶もなければ、寧ろ絶大な力が己の体に集まり絡み合って着実に最強へと近づいている。そう確信しているはずが何だこれは? 記憶が、力の何もかもが足りない。千代は必死に探した。本当の記憶を。手に入れたはずの妖力と生命力がどこへいったのか。あれだけ苦労して集め大事に保管していたあの力。この時のためにずっと蓄えていたが明らかに計算が合わない。
「一体何がどうなってやがる……。俺はもう誰にも負けない最強だ! ……最強なんだ」
己に言い聞かせるように、そう思い込ませ無理やりこの異常事態を忘れようとした。が、心にぽっかりと穴が開いた感覚があまりにも気持ち悪い。誰かに勝手に記憶を弄られた気分だ。
どうする……。確かめるか? いや――、
と、その時。
「あなたもですか……」
声の方には何もないはず。天空には千代が独り占めしている状態であった。聞き覚えのあるその声……。イラつきながら振り向くとそこにいたのは――、
「龕之満月……なんでてめえが」
満月は千代に右目を奪われたにもかかわらず、至って元気な姿を見せていた。妖葬着は即興で縫い直したのか以前よりも綺麗に、妖力は千代が奪ったことで一段と弱くなっている。
「はい。やられたまんまじゃお母さんに顔向けできませんから……」
そう微笑み答える満月の左目は、どこか垢抜けていて洗練された澄んだ色だった。
「……」
ずっと眠っていたのだろう。瞼が少し重かったけど、それでも開けなければいけないと思った。……まだ覚えている。あの少女たちが、母たちが歩んできた人生の一片。まだ絶望は終わっていない。今もこうして傷つき更なる犠牲が生まれ続けている。だから止めるんだ。…………誰が? それは――、
「浩司さん」
ゆっくりと、そしてはっきりとした声が浩司の耳を捕らえた。そういえば後頭部がどこか人肌のぬくもりがある。両方の頬に包まれた滑らかな手、そして上方に儚げな視線を向ける女性が一人。大きな狐の耳、暗雲でも輝く黄金の髪。そしてその冷たくも澄み切ったその目を見て、浩司は確信した。
「鬼奈月……さん?」
「ええ。……はい。あなたの涙。しかとこの鬼奈月が受け取りました。そして全てを理解しました。あなたがどうして選ばれたのか。どうしてあなたがここにいるのか」
九重鬼奈月。九尾の血を引く狐妖怪にして、今現在千代によって娘が乗っ取られている文月の母である。浩司は今漸く自分が涙を流していたこと、その涙を鬼奈月が手で拭ってくれたことを知った。そして何より……。
(あ。やばい。これ膝枕じゃん)
河志野浩司の中で一番大好きなシチュエーション『膝枕』をされていることに気づいた時、浩司の興奮ゲージは一気にMAXになったのであった。
――いや。今考えることは一秒でも一寸でも早く彼女の元に辿り着くことだ。
そのために全てを捨ててきた。
君を見つけるために、君の終着点を変えるために……。
背も縮んだ。そもそも生態系自体が変わって、寿命も一気に伸びた。替わりに速さを失ったが、それでもいい。
「待ってろ……死ぬ前に必ず……」
君を見つける。そんで抱き締める。一人で死なせるもんか。絶対に引きずってでも連れ戻す。それが僕の……邪で独りよがりな野望だ。
鈍重な体は望んで与えられたわけではない。ただの偶然だ。一番と言っていいほどあまりに重くて遅い。そんな体を手に入れた一匹の亀が向ける視線の先には、頬廼城市何千メートル上空で仁王立ちする飢えた獣ただ一人。
やっとこれが描ける。後はその先もしっかりと描き終わらせて見せる! 見ててくれジッチャン!
リメイクされたガオキングってあんなに小さかったのかと思うほどコンパクトでびっくりしました。ガオレンジャーは小学生のころ観てたので何だか感慨深いです。
遊戯王もついに歌舞伎に手を出しました。遅いくらいです。できれば山笠とかもカード化してもいいんですよ?
というわけで、次回から浩司編の集大成その一です。最後までお付き合いできたらこれ以上の幸せは……まだまだあります。




