第Cvii話 ゼロの始まり~その一四 婆と孫~
全てを知っても、未来を知っても恐ろしいものは必ず存在する。
だからこそ、二人は考える。この先の未来を――、子供たちに誇れる未来へと――、
――視界が霞む。景色が超高速で巻き戻っていく。そして再び時間が動き出した。
「月媄さん」
「はい、おばあさま」
見つめ合う二人の妖狐。ここは校長室。花園千代に出会う一週間前の物語である。現校長であり最強の妖怪、九重月王と九重を継ぐ見習い淑女、月媄。月王は月媄の叔母にあたり、母が月媄を産み間もなく不慮の事故で亡くなると、赤ん坊だった月媄を我が子のように愛で育てた。月媄の母がなるはずだった九重の座を継ぎ、できるだけ早く月媄に九重の座を渡したいという願いを込めてこの学校を建てたのだが。まさか自分がこんなに世話焼きな性格だと知ったのはこの学校を建てて暫くのことである。
月王が月媄を呼んだ理由。それは告げなければならない全知の力で知った事実。月王は一瞬口籠り、それでも言わなければならないと自身に言い聞かせ告げた。
「私はもうすぐ死ぬでしょう。悲しき猛獣がこちらに迫っていくのを感知しました」
(! ついに来た……)
ドクン。月媄の力は未来予知。つまり大好きな叔母の死も既に予知していたのだ。つい昨日見たあの夢は、紛れもない正夢。朝から悲しくて苦しくて息が出来ない状態だった。でも、それでも覚悟しなければならない。今まで残酷な未来を知って尚避けずに生きてきた。だから、これも――。
「はい。おばあさまの死は絶対。そしてここにいる生徒たちも全て喰われる……」
「そうですね……。受け止めるしかないでしょう。わたくしも未来は変えるべきではないと思うのです」
「はい……」
「あなたは……どうしたいですか?」
ドクン。何をいまさら。月王は月媄の目をじっと見据えている。試しているんだ。今になって変えたいと言わせようとしている。自分が生きたいから? いや、おばあさまに限ってそんなことは絶対にない。寧ろ……生徒たちを助けたいと思うはずだ。でもそれはできない。
だって。
「私は未来を受け止めるだけ……ですから」
知らずうちに握り拳に力が入る。体が変えろと言ってくる。でも駄目だ。月媄は必死に体から湧き出る甘えを抑えて、月王にこう言った。
「花園千代という人間は……最早人間の域を超えています」
「“天魏の泉”。それは地球の血液であり第一級禁忌物。人が使用すれば化け物となる代わりに、肉体がそれに耐えられず一晩のうちに死ぬといわれていますが、彼女はその運命を変えてしまったようですね。
その上さらに力を追い求めて私たち九尾の力の存在を、更にここにいる生徒たちの存在も知れば……、これも全て妖力や魂を集めてしまった私の責任です」
月王も又、机上で両手を握り合う。月媄は淡々と月王が知らない未来の話を始めた。
「花園千代がここにきてまず行ったのが生徒たちを閉じ込める装置を設置すること。装置が完成すると少しずつ生徒から妖力を奪い、生徒たちが異常に気付いた時には既に肉体は死に、魂のみの存在と化します。次におばあさまの力ですが、おばあさまとの一騎打ちで完膚なきまで屠ろうとしますが、おばあさまの最期の力で花園千代を学校の校舎に封印。封印の直前、千代は私と龕之無月のみを生かし、更なる力を得るための媒体にする計画に変更。その後、千代の娘千代子に計画を託し、私と無月の子供と共にまたこの学校で一気に妖力を取り込む計画を無事成功させるでしょう。封印すらも千代の計画の内というわけです」
それが未来に起こる悲劇の全て。受け入れるべき惨劇。我が子にまで迷惑をかけてしまうことが月媄にとって大きな後悔となるだろう。
「そして私の運命ですが、学校を脱出後、異性と出会い子を産み育て、その後千代によって偽物の憎しみを埋め込まれた私の手で無月を殺し、無月の夫の手で報いを受ける。それが私の全てです」
月媄の向かう未来はそんな悲劇しかない。でも受け入れるしかない。一つ一つの地獄を噛み締めていくしかないのだ。今までと同じように、これからもそれを貫かねばならない。月王は言葉を紡ぐたびに涙を零す月媄を見て、席を離れ月媄をぎゅっと抱きしめた。
「ごめんなさい。私では千代を止められない。あなたを、私の学校に来てくれる大好きな生徒たちを誰も救えない」
月王が見せる涙は、抱きしめている月媄には見えない。けれど解る。震える声から発する悔しい気持ち。無念の籠った言葉の全て。最強と謳われた月王すらも敵わぬ相手が存在するという事実。できることは……全くもって存在無い。
月媄はあの正夢を見てから今の今までずっと考えていたことがある。それは少しでも明るい未来が見つからないかという模索であり、未だに見つかっていはいない。
「でも……私たちは本当に何もできないのでしょうか……このまま全てを受け入れるしか――」
「そうね……。もし、あるとすれば……」
月王はゆっくりと月媄を離す。月媄の肩に手を置いて、立派に育った孫娘を眺めながら、ふと呟いた。
「未来に賭けてみる……とか?」
「? それってどういう――」
「“ ”」
――え? 今なんて言ったんだ?
「え……っと? おばあさま? どういう意味ですか、それ。そんなことできるのですか?」
「いいえ。でもせっかく私には子狐巫女(九尾に付き従う従者)が八人も、いえここにいる生徒たち、ここを巣立っていった生徒たちが沢山いるんですもの。探せばきっとどこかにあるはずよ。千代さん」
月王の声が変わった。いや声質でも声帯でもないが、月王の顔つきと相まってどこか清廉な感じに変わった気がする。
「私、負けず嫌いなの」
「はい。知っています」
「勝つまでやるわよ。負けたままなんて悔しいじゃない?」
それはいつも聞くセリフ。子供の頃よくゲームをして、負けた時に限っておばあさまが言うあのセリフだ。ああ、あの頃の楽しかった日々を思い出す。月媄は昔と同じように、迷いなくこう言い放った。
「はい、何度でも受けて立ちますよ。おばあさま」
互いに腕を組む二人は、まるで子供の頃に戻ったようにウキウキとしていた。
――と同時に、月王と目が合った。
遅れました。前に二話に分けるとか言った自分を殴りたい。というわけで、スピーディーに行きたいです。本当に……はい。
言い訳があるとすれば遊戯王のデッキを改造してました。最近アニメ産のカードが来たので、久方ぶりに触るデッキもあって新鮮で楽しかった……。後はデュエルする相手探さないと……。というわけで次回。すぐ出しますので暫しお待ちを……。




