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カミラギ・ゼロ~神螺儀・零~  作者: Sin権現坂昇神
第三章 教師妖怪大決戦
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第Lxxiii話 乱れ舞え

柘榴の進化は止まらない…

その柘榴を見たあの男の心情やいかに…

「柘榴…もう少しだけ待っておくれ…」


 和子は走る。着物の裾をまくり上げ、下駄が脱げ跳んでも、横腹に激痛が走っても尚走り続ける。体力は座敷童の幸運の効力で、すっかり完全回復した。だが、後もう少しだというのに、手を伸ばせば届きそうな距離なのに、中々満月の屋敷に辿(たど)り着けない。そのもどかしさが和子の心をかき乱す。冷静さを、呼吸のリズムを狂わせ続ける。

 それでも和子は前に進み続ける。大切な妹を助けるために…





「何…しやがった……クソガキ」

 

 振り(かざ)した先を見たまま、九つの尾を持つ狐妖怪・永禮(ながれ)千代子(ちよこ)二色(ふたいろ)(まなこ)を驚愕の色に染める。その意味はこうだ。あの憎々(にくにく)しい自身の母のような少女を感情に任せて殴り殺したはずが、まさかその少女に抱き締められるなんて…。振り下ろした拳は少女の身に傷の一つも付けらえていない。むしろ前よりも少し大人びて――

ってあれ? 五、六歳の大きさだった少女の体は、今や十六才くらいの大きさへと変わっている…? 先ほど与えた背中の傷も今はない。完全なる無傷の、大人の姿で少女・柘榴(ざくろ)は己を攻撃した相手を抱き締めていた。


(ア…レ?)


 体中が温かさに満ちていく。柘榴は今、身も心も(あふ)れんばかりの優しさによって支配されていた。数秒前まで九尾の攻撃を受けたはずなのに、自分は何もできなかったはずなのに、舞すら守れなかったはずなのに…何故己はまだ生きている。絶望の顔色は今、赤く熟れた果実のように表情を変え、どこか体が一回り大きくなったような感じがする。ワンピースに至っては背中の右肩部分が破けていただけだったが、今は襟首(えりくび)(そで)が窮屈に思える。

 柘榴はとりあえず目を開けることにした。状況を知るには、やはり視界の方が分かりやすい。のだが――


「???」


 はてなマークが三つもできるほど、視界に映る映像を見ても全く理解ができなかった。肌に感じる身近なものとは違う異質な感覚、己よりも大きな胸を抱き締める初めての感覚、まるで全然味わったこともない感情、抱くだけで安心してしまう母性に似た何かが、柘榴の現状をまざまざと提示していた。

だが柘榴はその感情を知っている。己が感じたというよりも他の存在が感じていたそれに感化されるかのような…


「???????」


 そして柘榴は今抱き締めている者の顔を見て、目を疑った。そう。今抱き締めている者が己と(あいぼう)を殺そうとした敵だったのだ。体勢からして明らかに自らが進み出た結果であり、あの状況からして絶対にあり得る筈もない行為である。柘榴の意識が鮮やかに(よみがえ)る中、(ようや)く体中から敵愾心(てきがいしん)が沸々(ふつふつ)と()き立つのを感じた。そして勢いよく両手で敵を突き飛ばそうとした瞬間――


(! ――――また…意識が――――――)


 再び、意を介すことなく、柘榴の意識が底知れぬ常闇(とこやみ)(ふち)へ沈んでいった…

 

あまりに信じられぬ現実に千代子が固まっていると、柘榴はガクリと頭が前に倒れた。だが完全に千代子の左肩に着く前に、ピタッと止まると、元の高さに顔を起こした。更には眼を大きく見開かせ、硬直した千代子の横顔に視線を向けた。千代子は柘榴の異常な行為に、視線を返せずにいると、柘榴はそのまま千代子の頬と自らの頬をくっつけた。


「――――っ!」


 冷たい。千代子が初めて感じた敵のほっぺは、あまりにも柔らかくて冷たいあんみつのような感触だった。因みに千代子が大好物なスイーツでもある。そして柘榴は、更に千代子を強く抱き締めると、震える声でこう呟いた。


「ごめんね…もう…大丈夫だから――」


 その声はまるで千代子の母のような涙交じりの声。それがまさか柘榴の口から発せられるとは…いや違う。これは先ほどの柘榴の声ではない。母の声と柘榴の声が入り混じったかのような…そうだ。これは目くらまし――


「無理しないで…千代子」

「っ!」


 柘榴の顔は大人びた十六の少女の顔だ。それなのに時折、(やつ)(おとろ)えた母の顔が重なって見える。…あるはずもない。でもあってほしかった母のその一言。ずっと待ち望んでいたその言葉を、赤の他人である少女の口から吐き出たはずなのに…どうして目の前に映る少女のことが、母をも超える愛情の対象に映るのだろうか…

 千代子は思わず零れかけた言葉をギリギリのところで押し留めると、ギリっと(くちびる)の一部を噛み切った。激痛から己の野望を再び思い出した千代子は、しかと柘榴の目を(にら)んでこう言った。


「…! お前は母じゃない。母は…お母さんはそんなこと…言わない!」


 千代子は静かに零す。そして思い切り振り(かざ)した左手の甲で、柘榴めがけて平手打ちを食らわした。





「今のは――柘榴…なのか――」


 頬廼城市(ほおのじょうし)の近くの旅館で、一人の中年男性が屋上のフェンスによじ登ったまま双眼鏡片手に眺めていた。眺める先は、妖怪・永禮千代子の神螺(かみら)()の儀式の行方。いかに『(あま)()の泉』を手に入れ、再び神螺儀を完成させることが出来るのか…その日の為に大事な議会を休んで、この国会議員はド田舎に遥々(はるばる)やってきたのである。だが一向に千代子が天魏の泉に辿り着けないことに、苛立(いらだ)ちを覚え始めていた頃…。

 天魏の泉以上に空前絶後な奇跡が、中年男性・東統(あずまとう)一郎(いちろう)の心をひっきりなしに激動させた。胸の鼓動が凄まじいスピードで大きくなっていく。雲行きが怪しくなってきた空模様の下、統一郎の全ての五感は、双眼鏡に映る柘榴の姿に注がれていた。


(ようや)く…長きに渡る旅路に…終止符が打てる――」


 統一郎はゴクリと(のど)を鳴らすと、もう一度呟いた。


「神螺儀被検体№00000SSS(オールゼロトップエス)。最初にして最高純度の『(みなもと)柘榴(ざくろ)』に…やっと会える――っ!」


 その瞳はまさに楽しみにしていた玩具(おもちゃ)に出会えた少年のような純真なるおっさんが鼻息荒くしながら、フェンスに足を絡めさせながら、少女一人に興奮していたのだった。





「これで終いだ!」


――ドゴッボコボコボコボコ…


 その頃、千代子はトドメとばかりに怒涛(どとう)のパンチを何十発も柘榴(ざくろ)に食らわしていた。あの顔をもう見ないために、何度も何度も母の顔に憎しみをぶつけ続けた。母ではない柘榴という少女。この女は一体何者なのか…千代子は得体の知れない存在の完全排除に(てっ)するのであった。

 ――だが。


「もう、駄目じゃない。お母さんに手を出しちゃ…」

「!?」


 千代子はその声と同時に、己の拳を凝視した。手ごたえどころか、感触すら感じない。…いや感じないのではない。本気でぶつけた衝撃のはずが、柔らかいマシュマロが拳を包み込んでいるかのような感覚…。何を言っているのか自分でも分からない。…だが事実だ。千代子の本気の連続パンチは何のダメージも与えられていなかった。

 故に千代子の放った両拳は、自分にも負けないほどの豊満な二房の巨乳に包み込まれていた。十六才くらいの年齢をさらに上回り、今や二十六歳。千代子の身長を頭一つ分大きくなった柘榴が、千代子の両腕を掴んだまま悲しい瞳を向けていた。そして攻撃が止んだことを皮切りに再度千代子を抱き締めると、狂おしいほどに優しい言葉でこう返した。


「お母さんの愛しい子…もうこんなことは止め?」

「……あ、ああああああ!!!」


 瞬間。千代子の心のリミッターは解除された。母を愛する心と母すら憎む心が(せめ)ぎ合った結果、ついに千代子の暴走を許したのだ。筋肉の膨張は(またた)く間に限界を超え、血管が各所で破裂する。そんな中、千代子はただ我武者羅(がむしゃら)に柘榴の頭部を軽々と掴み上げると、叫びを上げながら空中で柘榴をぶん回し、三回転半したところで前方へ吹っ飛ばした。


――ドスッ――


「たああ?」


 丁度その頃。赤ちゃんこと(かわ)志野(しの)(せい)は不思議そうに、目と鼻の先で倒れている柘榴の姿を発見したのだった。

 柘榴がどうして成長し続けるのか。あの竹笛はどういう力を発動させたのか。柘榴自信も全く理解できない事象であり、そのことが千代子の逆鱗に触れ、正の危機が訪れる…

 次回、和子は間に合うことが出来るのか、柘榴はどうなってしまうのか、千代子の暴走を止めることが出来るのか、今浩司は大丈夫なのか…統一郎はロリコンなのか、投稿時間が毎度の事遅いのは大丈夫か、作者の睡眠時間は大丈夫なのか、時間配分を間違っていないか、歯磨きはしているか、サボってはいないか…それは次回明らかになるでしょう(嘘です)。


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