第10話 覚醒
覚醒。タイトルになる人物は一体・・・?見逃せないぜ!(客観的)
【衣野昂】が集めた凡そ二十人の集団は、まさに他者を痛めつけることを幸福とした、ある種の宗教団体といっていい。人は同じ想いを持つ者と合わされば、どんなものにも成ることができる。それが正義でも悪の集団でも・・・彼らは十代から三十代に当たり、自分達を見分けるために独特の服装で統一している。黒いニット帽を被り、背中にチーターの顔を付けたジャンパーを着用し、膝部分がビリビリに破けたジーパンを履く。そんな二十人ほどの集団が入れ替わり、立ち代わりとなって磔にされた【大原犬太】を一心不乱に痛めつける。昂にとってこれ程嬉しいことはないだろう。だがここまで来るのには、自分の力だけでは限界があった。昂は甚振られる犬太を見ながら、ふと右ズボンのポケットから携帯電話を取り出した。そしてある電話番号を押して、耳元に持っていく。プルルル・・と携帯が震える中、すぐに携帯を通して別の女性の声が聴こえてきた。
「もう始めているの?無駄なこと」
それはよく一十三と片言で会話をする【畄乃=R=ピエーディア】。だがここでは何故か流暢な日本語を使っている。そして落ち着いた口調で、昂を見下すように言った。昂は鼻を鳴らしてピエーディアの言葉を一蹴すると、犬太から目線を夜空にずらして言った。
「お前、俺に逆らっていいの?未来の総理大臣候補だぞ?」
ピエーディアは笑いを堪えた。ピエーディアは今神螺儀小学校の中、五年二組の真っ暗な教室にいる。不気味に光る携帯の灯りに照らされたピエーディアは、グラウンド側・最後の列にある犬太の机の上に座って、昂の行為の一部始終を静かに観察していた。片膝を胸まで上げ、その上から手を組む体勢で、昂を見下ろして続けて言った。
「私はただ【桜統一郎】様の命に従っただけ・・あなたが総理大臣?馬鹿言わないで。統一郎様の足元にも及ばないあなたの戯言に付き合うつもりはないわ」
昂は不気味に光る校舎を見たが、そこにいるピエーディアの気配を感じ取ることはなかった。昂とピエーディアは一十三が転入してきた日に知り合い、利害の一致から今まで協力関係を組んできた。ピエーディア自身、昂に利用価値があるのか不安であったが、統一郎はこの神螺儀小の中で最高の権威を振るっている衣野昂を、すぐさまこちら側に引き入れるようにピエーディアに名を下した。昂も隙あらば統一郎グループを乗っ取ろうと画策し、喜んで協力関係を結んだ。
「まあいい。お前達が教師に全く手出しをさせず、上手い事犬太を閉じ込めておいたこと。どんな手を使った?」
「そんな事あなたに説明するのと思う?後、言い忘れたことがあったわ」
ピエーディアは一呼吸置く。昂は一瞬嫌な予感が頭を遮った。
「何だ一体。まさか関係を切る・・なんて言うんじゃ」
「その通りよ。・・もう金輪際畄乃=R=ピエーディア基、桜統一郎様に関わらないで」
「は?」と怒りが一気に噴き出した昂に、ピエーディアはすぐに携帯の通話を切った。昂は怒りに身を任せたまま、携帯をもう一度鳴らす。が、それ以降、ピエーディアの声を聴くことは叶わなかった。昂は突然の関係断絶に強い憤りと憎しみを抱きながら、その場をただただ立ち尽くした。そして五年二組に光っていた携帯の灯りは消え、廊下をコツコツと歩く音が響いたのだった。
今から八時間前の学校は全ての授業が終わりを迎え、生徒達が次々とランドセルにノートや教科書を入れる作業に入っていた。
桜一十三は周りの生徒達の挨拶を無視して、早々(そうそう)に教室を後にした。
そして下駄箱に着いた一十三は、今まで通り学校用の靴と自分の靴を履き替えるのだが・・・
(あれ?なんだろ・・・)
自分の靴箱を開けると、紙のような薄くて白い物がひらりと足元に落ちてきた。拾ってよく見ると手紙のようだ。開けてみるとこう書いてあった。
『深夜零時に学校に来い』
深夜零時。その時間、一十三は既にベッドで熟睡している頃だ。どこの誰か何のためにこんな手紙を送ったのだろうか。よく手紙を見ると右端に小さく何かを書いていた。
『大原犬太が待っている』
(犬太くん!?)
最初の一文を見た時は、単なる悪戯だろうと思って捨てるはずだった。だが犬太の文字を見た瞬間、ただ事ではないと確信した。更に最初の文の文字と、最後の小さな文の文字の字体が明らかに違う。最後の文はどこか上品で、字の上手な先生に教わったのではないかと直感した。一十三自身も字の上手な教師に教わったことがあり、今では字がとても上手くなっている。一十三は自分に近い誰かが、この最後の文に伝わってきた。前文は稚拙で碌な教育を受けていない正しく不良の字。そして最後はその不良よりも一線を画したリーダー的ポジションを兼ね備えた字であることが分かる。だからと言ってこの手紙が、ただの悪戯ではないという証拠にはならないだろう。
だがそうこうしていると、他の生徒が下駄箱付近に到着してしまう。そう感じた一十三は思考を一時中断し、急いで手紙を鞄に入れて校門前の車に向かった。
「急ぎのようですか?」
使用人は一十三の焦りに気づいて尋ねる。
「!・・・なんでもないから早く行って!」
一十三は見るからに焦った顔で命令した。
使用人は一十三の挙動から、これ以上の追及を止めて車を走らせた。
そして家に着くと、一十三はメイド達の挨拶を無視して、自分の部屋までダッシュした。一十三の切羽詰まった顔を見て、メイド達は顔を見合わせて動揺していた。使用人も心配してメイド達に「桜様の行動には十分注意してほしい」と頼み込むほどであった。前にも度々(たびたび)教師が変わる際に、尋常ではない緊張の色を見せていた。初対面の時はよくあることなので、メイド達はずっと前から一十三の世話をしていたメイドにしか出来なかった。だが最近は一十三もメイド達に慣れ、変わってもいいと許可をもらったことから一人ずつだが変わっていった。今は三人の新人が、みっちりと指導を受けた上で一十三に仕えている。
―バンッ
一十三の私室からドアが閉まる音が響いた。ただ閉まるだけではない。勢いをつけたことで、この桜邸にいるもの全てに聞こえたのだ。それを聴いた新人メイド達が、一十三の部屋の方を眺めて口々に話し始めた。
新人メイドX「桜様は一体何があったのでしょうか」
新人メイドY「転入初日に学校の不良に絡まれたって噂よ」
新人メイドZ「そうなの?大変ねえ・・・」
玄人メイドG「あなたたち桜様の近くで何を話しているの!」
―バンッ
新人メイドの声を聞いてか、何かが一十三のドアにぶつけたような大きな音が桜庭に再び響いた。一十三が犬太の悪口を言っているメイドに対して、怒りの枕アタックがドアに向かって放たれたからであった。新人メイドが「ひぃっ」と小声で悲鳴が聞こえたが、その後はシンと静まり返る。玄人メイド達もただならぬ一十三の様子を心配したが、まだ仕事が残っていたため、メイドリーダーJは聞こえるように、手を二度叩いてメイド達に言った。
「もういいでしょ。あなた達!早く持ち場に戻りなさい!」
声は普通の大きさだったが、そこにはリーダーであるからこその威厳があり、他のメイド達はリーダーの叱責を聞いた途端小さく返事をして、その場から忍び足で持ち場に戻った。
「犬太くんのこと、何も知らないくせに・・・」
一十三はぶつけたドアの前で転がる枕を、鞄と交換する形で拾うと、勢いよくベッドにダイブした。一十三は熊柄の枕を抱きしめると、あの下駄箱の手紙の事を再考した。
(もしあの手紙の書いてることが本当だったら・・・ううん、もしかしたらやっぱりいたずらかもしれない・・・いやでももしかしたら・・・・・・・どうしよう・・・もうわかんないよ・・・)
一十三は自問自答を繰り返しながら、頭の中で考えを張り巡らせていった。
そしていつのまにか
「・・・・すぅ・・・・・すう・・・・・」
眠っていた。
それから約七時間後。現在深夜十二時半を超えた頃、一十三は目を覚ました。
(・・・あれ?・・・・私・・・・いつのまに寝て・・・・)
ふと熊さん目覚まし時計を見ると、もう既にあの手紙に書かれていた時間の三十分も過ぎてしていた。
(・・・・!!!え?もうこんなに寝てたの!?どうしよう!)
一十三の頭の中はパニックになった。もしあの手紙が本当だったとしたら、犬太くんがもし本当に学校のどこかにいたとしたら・・・
(どうしようどういたら・・・・・・・ハッ)
一十三はあることを思い出した。
「早く行かなきゃ!」
一十三の部屋には緊急時、ここからでも直接移動できるようにしてある『緊急時連絡用電話』が隠されている。勉強机の本棚にある、一冊の赤い本を手に取って開くと、そのままそれが発信器になって通話できるのだ。一十三はすぐさまその方法を使って使用人と連絡した。
「はい何でしょうか、桜様」
使用人も一十三の顔を見て、大体の事を予想していたようで至極冷静に応対した。
「ここから直接学校に行きたいの・・・ヘリを出して」
「わかりました。すぐにヘリを出しますので、扉を開けてもらえますでしょうか?」
「うん」
「では後ほど」
本を閉じた(電話を切った)一十三は、一気に両開きの扉を全開にすると、目の前が真っ白な光に包まれ、そこから突風が入り込んできた。もう既にヘリが着いていたのだ。
「桜様、早く!」
「うん」
一十三は制服のまま使用人の手を取ると、屋根伝いから直接ヘリに乗った。そして一十三がヘリに乗ってドアが閉まったと同時に、そのまま二時の方向である学校に旋回、一瞬にして桜邸から飛び去っていった。一十三の部屋はプロペラの風圧で滅茶苦茶に荒らされ、嵐が過ぎ去ったかのようであった。メイド達が異変に気づいて一十三の部屋に入った時には、荒らされた部屋だけがそこに残っていた。
「桜様・・・一体どうして・・・・」
メイドリーダーJはこの惨状を見て、一十三が生まれて初めてヘリを出したことに驚いていた。
その頃神螺儀小のグラウンドでは、昂による集団暴行が苛烈さを極めていた。
「おいおい犬太くぅん、もう値を上げちゃったのぉ~?」
集団暴行が始まって既に三十分が経過した。犬太を取り押さえてバールで殴り続ける昂の手下ら二十数名。
「・・・」
犬太は殴られてから十分以降、声を出していない。殆どが暴力による呻き声である。
「おい起きろよ」
「グハッ」
犬太を何回も殴りつける昂の顔は生き生きとしていた。周りの連中もそれに共鳴するような形で顔が変わっていった。
「もうやっちゃっていいんじゃない?」
手下の一人が犬太をバールで犬太の頬を啄きながらヘラヘラと笑って言った。
だが昂は手下のバールを奪うと、思い切り犬太の前で振り翳した。
「いや・・・・まだだ」
―ガンッ
そしてそのまま犬太の頭部めがけて叩きつけると、骨が割れるような鈍い音が響く。ぶつけた頭部から、夥しいほどの血がグラウンド上に流れていく。
「もう死ぬんじゃない?」
手下の一人が昂に言った。だが昂は首を横に振って言った。
「まだまだこれから・・・・俺の受けた数々の屈辱はこんなもんじゃねえよ。・・・後何千回、何万回もやらないとな」
昂の口が卑しく綻ぶ。不気味な笑みは、周りの連中をも恐怖に陥れるほどだった。
そしてもう一度バールを振り上げたその瞬間、どこからか声が聞こえた。
「・・・・・め・・・・・や・・・・・・て・・・・」
「?・・・リーダー、何かどっからか声が聞こえるっすね」
「は?・・・何にも聞こえ」
「もうやめて!犬太君から離れて!」
昂達が空を見上げると、黒の中に一点だけ光る白が、どんどんこちらに近づいて来るのが分かる。そこから声が聴こえたのだろう。
「なんなんでしょうあれ?」
「俺が知るか」
昂は犬太にぶつける時間が削がれる怒りでどうでもよかった。
「犬太くんに酷いことしないで!」
そして数分後、遂に昂のところまで辿り着いた一十三は、使用人に言って梯子を下ろしてもらった。
「・・・お前・・・・【桜一十三】か・・・」
昂はよく見ると、そこに乗っているのが桜一十三だということに漸く気づいた。
「・・・それがどうしたの?」
一十三は梯子から降りながらリーダーを探した。ピンク色の番長服のようなものを着ているのを見て、そいつがリーダー的存在なのだろうと確信した。
「そうかよ・・・・じゃあなあ!」
昂は更に気持ち悪いほど笑いながら、その地面近くまで垂れさがった梯子を掴むと、旗を振り回すように暴れた。
「!・・・何を・・きゃあ!」
「桜様!」
一十三は体勢を崩すと、そのまま十メートル程の高さから落下した。
―ドサッ
落ちた衝撃で一十三の右手右足、肋骨の五、六箇所が折れた。そのショックで一十三は気絶した。
「あらら・・やっと来たかと思えば、何勝手に気絶してんの?」
昂は不敵な笑みを浮かべながら、塞ぎ込む一十三の顔を踏みつける。そしてジリジリと一十三の顔を地面の砂にすり潰すように転がした。
「貴様ぁ!桜様に手を出すな!」
「うるせえな・・・黙れよ」
昂の手にはまだ梯子が握られていた。昂は使用人を睨みつけると、梯子を再度振り回した。ヘリはそれによって、四方八方激しく揺れた。
「何を!」
「磊使用人!操縦できません!」
磊とは使用人の本名、【不死頭磊】六十九歳である。操縦士の言う通り、昂の腕の力のみでヘリのコントロールが完全に入れ替わった。
「くっ、どうすれば・・・・」
昂は凧上げをするかの如くヘリを回し始めた。ヘリは重心を失い、徐々(じょじょ)に落下し始める。そして昂は背負投をするように、梯子を背中に向け地面にぶつけた。
「あぶな」
―ドンガッシャン
ヘリはそのままグラウンドに落下し爆発炎上した。
「「「うわああああ」」」
昂の手下どもは、その恐ろしさに一目散に10分の7人ほどが学校から逃亡し、残りはヘリの墜落に巻き込まれて爆死した。犬太は磔にされたまま適当に放り出され、グラウンド場には犬太と一十三と昂と炎上したヘリが残された。
「ああ、しらけちゃった・・・・どうしてくれんの?桜ちゃん」
ヘリを尻目に一十三の髪を掴み上げ、自分の目線まで持っていく。
一十三はヘリの爆音の音で意識が戻った。最初に映った昂を見て、必死に肋骨に刺さった肺から声を出した。
「犬太くん・・を・・・・かえ・・・して・・・」
「犬太は元から俺の替え玉なんだよ。そしてお前も、俺の野望のために生贄になってもらいたかったのになあ・・・・もう死にそうじゃん」
「・・・わたし・・のこと・・・・はいい・・・から」
「良くないよ。折角生贄が見つかったと思ったのにさ」
「・・・」
一十三の呼吸が少しずつ、だが着実に途切れていく。肋骨が肺に穴を開けたことで空気が漏れるからだ。昂は溜息を付くと、一十三を地面に叩きつけた。そしてもう一本のバールを拾うと、両手にバールを持ってジリジリと一十三に近づいていく。
「もういいや。・・・また探すから死んでよ・・・後で犬太も一緒に逝かせてあげるからさ」
「・・・・え?」
一十三は絶望した。
自分が必死の思いで考えて来たのに、何もできずに終わってしまうのか。
相手が強いのか、自分が弱いのか。圧倒的に後者であろう。
初めて同世代の人と対等に話せた、一十三にとっての最初の友達すら救うことができないこと。
自分がどうして弱い姿で生まれたのか。
泣き虫だから。
病気だから。
自分だから。
一人だから。
一十三は自分を責め続けた。
心臓の鼓動が弱くなる。意識が遠のくにつれある言葉が思い浮かんだ。
(私じゃなければ、助けられたのかな)
《試してみるか?》
(犬太くんを・・・助けてくれるなら)
《それって、良いってことだよな?》
「そんじゃ、ばいばあい」
遂に一十三の下に辿り着いた昂は、両手のバールを振り翳した。
―ブンッ
二本のバールは一十三目がけて襲いかかった。
そして一十三に直撃した。
かに見えた。
「・・・?あれ、何か変だな」
だがニヤリと不敵な笑みを浮かべて、二本のバールを掴んだ一十三が現れた。
「ふーん、これが人間の体か・・・思ったより小さいな」
体の骨が折れて、肺に穴が開いているはずの一十三は、苦痛に顔を歪むことなく意気揚々(いきようよう)と言ってのけた。
「お前・・・・桜か?」
「ん?・・・・お前誰だ?」
首を傾げる一十三がそこに立っていた。
一気に行動的になった一十三にメイドや、使用人は驚きを隠せない。だがその真相を知る者はその中にはいない。・・・ていうか衣野昂、人殺しすぎじゃん・・・絶対ヘリの爆音で起きた人いるよね、これ




