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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第7章 首里組と教室
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第95話

 どのくらい大きな声を出したかは分からなかったが、その声に守衛のドスが止まったのが見えた。


 そして沙弥が守衛の懐に潜り込むのも見えた。


 がら空きになった脇腹に足をしならせ右蹴りを叩き込む。


「んグッッ!」と、声を漏らし、守衛が派手な音を立て机を吹き飛ばしながら飛んでいった。


「さっ、沙弥さん。私に構うなとあれほど――」


「もう良いのよ」

 そう言うと沙弥は亜弥を抱きしめた。

 腕から流れた血で制服が汚れる事も気にする事無く、優しく抱きしめた。

「こんなに怪我をして、痛かったでしょ?」


「さっ……うっ……お姉……ちゃん……」

 命の危機から解放された安堵感からか、沙弥の優しい一言の為か、久しぶりの姉の温もりの為か分からないが、亜弥は涙を流した。


 顔をくしゃくしゃにしながら、普通の女子高生のように声をあげて泣いた。


「もう大丈夫。亜弥を傷つけた人はお姉ちゃんが……殺すから」

 そういうと沙弥は亜弥の落としたナイフを拾い、「亜弥のナイフ借りるわ」と言うと立ち上がり、眼鏡を外し縛った髪をほどいた。


 その容姿は亜弥と瓜二つで、この二人が本当に双子なんだと再確認させられた。


 立ち上がる沙弥に合わせるように守衛も立ち上がった。

「痛いな……肋骨二本は逝ったぞ」

 わき腹を押さえながら、沙弥を睨み付けて言った。


「あなたは妹を痛めつけたのよ、それくらいで済むと思わないで下さいますか?」


「それくらいで済まないと言うと……俺を殺すとでも言うのか?」


「あらよくお解かりで。ええ……殺しますわ」

 平坦な口調で話していた頃の沙弥からは、感情と言うものを感じなかったが、今の沙弥は抑えることのできない怒りを感じた。


「お姉……沙弥さん……私も戦いますわ」

 亜弥は傷口を押さえながら立ち上がろうとしたが、傷が痛むのか、「うっ」と、呻き声を上げた。


「亜弥は休んで良いわ。あなたのナイフも借りましたし、この男ならもう……私の敵ではございませんわ」


 もう?

 どういう事だ?


「姫路のお嬢さん、俺が敵じゃないというのはどういう事だ? どっちの腕が上なのかも分からないのか?」


「そのくらいは分かりますわ。普通に殺り合えば私と亜弥の二人がかりでも勝てるかどうかと言うところでしょうね。普通に殺り合えばね」

 そう言うと沙弥は守衛の右手をナイフで指し示した。

「けれどあなたは指二本もを吹き飛ばされ、止血もしない状態で刃物を握って亜弥と戦っていましたわ。もう握力もないんじゃないんですか? それどころか腕を上げるだけでも一苦労なのではないですか?」


「……」

 守衛は無言を通したが、不意に唇を舐めた。

 緊張から無意識に行ってしまったのだろう。


 つまり、沙弥が言っていた事は当たっていたということだろう。


「それじゃあ行きますわ」

 沙弥は重力引かれるように前かがみに地面に倒れていくと、突然猛スピードで飛び出した。


 守衛の反応速度も速く、前蹴りを繰り出すが、沙弥はスピードを落とさずに蹴りを交わし、横に回りこんだ。


 守衛もドスを振り迎撃しようとするが、ドスの刃を沙弥は左のナックルガードで討ちつけ払った。


 亜弥とのぶつかり合いでは押し負けただけで済んだが、時間も経ち血を失い、握力を更に失った今では、ドスを吹き飛ばされる結末が待っていた。


 手にも痛みが走ったのか守衛は、「ぐっ!」と、呻き声を漏らし、体の動きが止まった。


 もし、怪我がなければ、打ち負けることも無かっただろうし、怪我をしても亜弥との一戦がなければ、ドスを吹き飛ばされることはなかっただろう。


 怪我をして亜弥との一戦がなく、且つ止血をしていれば、動きが止まることもなかっただろう。


 これが勝敗を決した。


 沙弥は左のナックルガードでドスを飛ばすと拳の勢いを殺さず、その場で半回転し、右手の逆手に握った亜弥のナイフを――守衛の首に突き立てた。


 まるでバレーダンサーが踊るように軽やかな動きだった。


 勝敗は決したが、首とナイフの間に守衛の左手が潜り込んでいた。


 手を貫通し首に刃は届いたものの、絶命には至っていなかった。


「坊の……敵を……」

 守衛が喋るたびに口からはゴポゴポと血が溢れてくる。

「坊……恩……返し………………」


 その言葉を最後に今度こそ勝敗は決した。

 生きるか死ぬかの戦いの。


「首里様も幸せですわね。こんなに思っていただいて……」

 そう言うと沙弥はナイフを引き抜き、ブンと振り血を払った。


 ナイフと言う支えを失った守衛は、ハンガーに吊るされた洗濯物が滑り落ちるように、力なく床に這い蹲った。


 沙弥はナイフをスカートに当てると切り裂きだした。

 長いスカートが裂かれ、白い脛を露にすると、スカートの布キレを亜弥の脇の下に通し、グッと締め上げ止血をした。


「痛いだろうけど、今はこれで我慢してね」


「おねえちゃ……沙弥さん、ほっとけって言ったでしょ」

 目に涙をためながらも、亜弥は近くにいる私に気づいたのか、気丈に言った。

 妹してではなく、姫路の長になる者の仮面を被って。


「もう良いのよ」

 そう言うと亜弥の頭に手を置き撫でながら言った。

「歌波様にばれちゃったし、もう隠し通すことでもないわ。ごめんね馬鹿なお姉ちゃんで。最初から助けてあげれば、あなたがこんな痛い目に合わずに済んだのにね」


「違う。私がもっと強ければばれずに済んだのに。御爺様との約束を反故せずに済んだのに」


 約束? 

 それは亜弥が長女の振りをしたのは、姫路叡山に言われてということだろうか?


「御爺様には私から言っておきますわ。だから亜弥は心配しないでね」

 そう言うと自分のブレザーを脱ぎ亜弥に渡し、着るように促した。

「ほら、服もボロボロなんだから、お姉ちゃんの着てな。そのままじゃ男子にも亜弥のブラジャーの色までばれちゃうよ」


 戦いに夢中になっていた私は気づかなかったが、胸元を裂かれた亜弥は綺麗な鎖骨だけではなく黒いレースのブラまで露出していた。


 わー色っぽい。

 私のスポーツブラとは大違いだな。


 そう思ってもう一度亜弥を注視すると別なことに気づいた。

 亜弥が羽織った制服――つまりは沙弥のブレザーは三人も殺したというのに、全く汚れていなかった。


「さて、歌波様に話もありますが、それは落ち着いてからにしますか」


 沙弥はそう言うと、視線を私の奥に向けた。


 つまりまだ戦っている鶴賀達にだ。


 私もその視線に釣られ鶴賀たちを見る。戦いは未だ続いていた。

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