第92話
亜弥はまた構え直し守衛に向かい飛び掛ると、右の上段蹴りを繰り出した。
守衛はその攻撃を左腕一本で受け止め、右のドスで突きを放った。
亜弥は頭を振ることでその攻撃を避けると、軸足一本で後ろに飛び距離をとる。
これが郊外での戦いならばまた構えを取り仕切りなおしと言ったところだろうが、ここは狭い教室だった。
背中が机にぶつかり、守衛の射程圏外へと離れることが出来なかった。
退路を断たれた亜弥へ、守衛が斜め下から斬りかかって来た。
逃げ場はない。
そして亜弥の細腕で受け止められる一撃ではないのが直ぐにわかった。
逃げ場も受けることもできない。
絶体絶命の状態で、亜弥は右の拳を突き出した。
拳対刃物ならば、刃物の勝ちだろうが、亜弥の拳にはナイフの――ナックルガードがついていた。
ドスの刃とナックルガードがぶつかり金属音が鳴った。
結果は亜弥が押し勝った。振り下ろす拳で守衛のドスは後ろに弾かれ体勢が崩れた。
亜弥の勝機が見えてきた。
そう私が思った瞬間、亜弥の手首を守衛の手が掴み、そのまま背負い投げた。
「なっ!」と、亜弥が声を上げると、背中から教卓に突っ込んで行った。
勝機なんかなかったんだ。
無理だ。強すぎる。
亜弥一人では無理だと思い、隣に立つ沙弥に助けを求める視線を送ると、沙弥は歯を食い縛りながら姉の姿を――死が迫りつつ姉の最後の姿を見つめていた。
亜弥はよろよろと立ち上がると、守衛の追撃が来た。
首を右から左に掻っ切る一振りが亜弥に迫った。
痛みに堪えながら上体を後ろに反らし避けようとするが、スイング速度は速くネクタイとシャツを切り裂き、白く綺麗な鎖骨が覗いた。
間一髪避けられたと私は安堵したが、守衛は振り切った腕をぴたりと止め、腹筋の力で逆再生のように、今度は左から右に振るう。
ずっと言う音と共に、「あぁぁぁぁぁぁ!」と、悲鳴が上がった。
亜弥の右腕にはドスが突き刺さっていた。
「亜弥さん!」と、思わず私は叫んだ。
守衛がドスを抜くと、亜弥はナイフを落とした。
力が入らなく伸びきった指先からはポタポタと血が滴った。
ダメだ。今度こそダメだ。
「誰か助けてあげて!」
助けを求め、声を荒げながら振り返るが、誰からも返事はなかった。
鶴賀は大太刀を松山に向かい振り下ろしていたが、楽々とかわされていた。
机を破壊しながらも、鶴賀は何度も打ち込んでいた。
しかし、松山はその斬激は全てかわすと、ちらりと白石に視線を送った。
白石はその二人の動きを目で追い続けていた。
「白石さん! 亜弥さんが危ないんです。助けてください!」
私は白石に呼びかけるが、白石からは、「ダメだ」と言う、予想だにしなかった答えが返ってきた。
「どうしてですか?」
「俺が今動いたら、徳人が殺される」
「鶴賀さんなら押しているじゃないですか!」
私の問いに、白石ではなく松山が答えた。
「彼の言う通りですよ。今彼が動いたら私は鶴賀の坊ちゃんを殺して、茂か亨の手助けに行きますよ。彼は動かないんじゃなくて、みんなの為に動かないと言うのが正解ですね。逆に私も彼が見張っている以上鶴賀の坊ちゃんに手を出せないでいますね」
「……ッ!」
私には分からないところで白石と松山の攻防は繰り広げられていたようだ。
鶴賀も白石もダメなら犬山と青葉はと、顔を向ける。
犬山は机の上を飛び跳ね蟷螂のような男の突きの連打を避け続けていた。
カマキリは突きを出すスピード以上に手を引くスピードが速かった。
そのため、止まらぬ連打が繰り広げられていた。
青葉もタイミングを狙いじゃグリングナイフを投擲したが、カマキリは打ち払い攻撃を続けた。
敵が強すぎる。みんな手一杯だった。
今、亜弥を助けられるのは、私と沙弥の二人だけだった。




