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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第7章 首里組と教室
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第89話

「チビガキ……刀を貸せ」

 鶴賀も男達の殺気を察したのか、私の腕から日本刀を奪い取った。


 各々が臨戦態勢を取る。


「ちょ、皆さん待ってください。こんなことで命を投げ捨てていいんですか」


「もう止まらねえよ。どいつもこいつも覚悟を決めた顔をしてる。戦ってぶっ殺して、目を覚まさしてやらねえと悠一郎も浮かばれねえよ」


「そうですわ。愛しいお坊ちゃまへの思いを胸に抱いたまま楽にさせてあげましょう。ねえ、沙弥さん」


「はい。お姉様」

 沙弥は返事をすると、スカートを捲くり、太ももにつけたホルスターからナイフを取り出す。


 亜弥と同じナックルガード付のファイティングナイフだった。

 亜弥も同じくナイフを取り出した。


 青葉も本を開きジャグリングナイフを一本右手に構える。


「おっ、みんなカッコ良いっすね。それじゃうちも……っと」

 そう言うとフィンガーリング付のナイフをホルスターから抜き取り、人差し指でクルクルと回す。


「白石ぃー。来流になるんじゃねぇぞ!」と言うと、鶴賀は大太刀の柄を掴み、地面に突き立てる。


 白石は、「オッケー」と、気楽な返事をし、首をコキコキと鳴らした。


 来流になるとはどういう事なのか? 

 そもそも来流とは白石の嫌っている名前のことだよな?


 しかし、今はそんな事気にしている時間はなかった。皆が各々戦う準備をしているというのに私だけなんの準備もしていないことに気づいたからだ。


 もちろん戦う覚悟は私も決めていた。

 もう話し合いで留めることが出来ない事は分かってはいた。


 男達は全員覚悟を決めた目をしていることくらいは私にも分かるし、守衛達を殺してしまった以上、もうお咎めなしで済むわけがない。


 では、なぜ戦う準備をしていないかと言うと、簡単なこと、私は今武器を持っていないからだ。


「あっ」と、声を漏らし、視線を机にかけられた鞄に移す。

 中には私の愛用のバリソン社のバタフライナイフが入っている。


 どうしよう。『ちょっと失礼します』と言って、取りに行けるような状態ではないし……。


「チビガキ、構えろ!」

 

 構えろと言われても、構える武器など持ってはいない。

 いや待てよ……学園にナイフは二本持って来ている。


 一本は今も鞄の中に入っているのは間違いないが、もう一本は……昼に鶴賀に取られたままだ!


 鶴賀に今も私のバタフライナイフをポケットにしまったままか、聞こうとしたが、鶴賀の「来るぞ」の一声に遮られた。


 殺し合いの火蓋が切られた。


 火のついた男達はもう止まらない。

 水をかけようが消すことができない烈火の如く燃えていた。


 この猛火を消すことが出来るのは、私たちの血飛沫だけ。

 この猛火を消すことが出来るのは、男達の血の海だけ。


 どちらかが死ぬまで止まらない。


 結末はどちらかの屍が積まれたときにやってくる。


 刑……ピンチです。


 この、殺し合いの渦に、武器もなく私は巻き込まれてしまいました……。


 私が慌てふためいていると、ドスを構えた元首里組の二人――線の細いスキンヘッドの男と白石以上に大柄な男――が先陣を切り、机を蹴り飛ばしながら一直線に進んできた。


「覚悟しろやガキども!」

 大柄の男が言うと、「坊と茜嬢の敵を取らせて貰うわ!」とスキンヘッドの男が叫んだ。


 二人は机を左右に蹴り飛ばし、教室の中心まで来た。


 こんな密集状態じゃ対応できない。

 離れないと。私がそう思ったとき、白石は、「よっ」と、窓を抱え上げ、ハンマー投げをするようにその場で一回転し――男達に向け投げ飛ばした。


「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」と、男二人と私の声が揃った。


 投げ飛ばした窓は幾つもの机を巻き込みながら、男二人に命中すると、教室の入り口まで吹き飛ばした。


 巻き込まれた二人は白目をむき出しにし、口から泡を吐きピクリとも動かなかった。


「……」

 窓が進んだ跡は、除雪車が通った後のように細い道が作られていた。

 化け物だ。

 窓を投げるのも驚きだが、大人二人を吹き飛ばすなんて……。


 当の白石は、「おっ、道が出来たな」と、今の出来事を当たり前のように扱った。


「……坊に凄い男がいると聞いていましたが、これは想像以上ですね」と、松山は感心したかのように言うと、「茂」と、守衛を呼びつけた。


「はい」

と、守衛。


「隆と弘は生きているか?」

 

 守衛は泡を吐いている二人に近づくと、首筋に手を当てた。


「……生きています。けど、二人とも泡に血が混じってるんで内臓を痛めたか、破裂していると思います。当分は動くことも儘ならないでしょうね……」


 その言葉を聞きピクッと白石の肩が揺れるのに私は気づいた。

 生きていたことに驚いたのか、死ななかったことに安堵したのかは分からないが。


 松山は、「そうか」と呟くと、二人の前まで歩んだ。


「隆……弘……坊の敵取れなくて悔しいだろ? 安心しろ、俺らで取ってやるからな」

 そう言うと、スキンヘッドと大柄の二人に向かい……ドスを突き刺した。

 何度も何度も。

 ドスが喉に刺さる度に泡と共に、開いた口から血が滴り落ち、喉からは鮮血が飛び散った。


 二人の命は松山の手によって奪われた。


「なっ……何をしているんですかッ」

 何故生き残った仲間を殺すんだ?

 私には理解できなかった。


 声を荒げ叫ぶと、松山は振り返った。


 その姿を見て、私は身震いした。


 顔から髪まで赤く染めながら、充血したウサギのような赤い瞳を輝かせていた。


「坊の形見で送ってやったんですよ。私達はお坊ちゃん方に負けて殺されるか、勝って自害するかのどちらかの道しか残されてないんですよ。つまり勝っても負けても死ぬことは決っています。もう戦えないなら、坊の刀で最後を迎えさせてあげるのが、彼らへのせめてもの餞ですよ」


 血でべとべとになった髪を手櫛で掻き揚げ、オールバックを作りながら、松山は淡々と言った。

 殺してやるのが餞、価値観の違いに……命の捕らえ方の違いに私は恐怖を感じた。


 愛しい人の敵を取るためなら、人間はこんなにも壊れることが出来るのか?


「さてと」と、言うと、松山は血で汚れた匕首を振るい、血を掃った。


「その馬鹿力の坊主は俺がやるから、残りのガキ共を手分けして殺れ。坊に送る抗争だ! 派手にいけや!」


「おっしゃー」「行くぞッ」と各々が叫ぶと、三人の男が駆け出した。

 白石によって薙ぎ払われた道を走り出す者、教室を迂回するように駆け出す者だ。


「面白れえ」

 私達の中で先陣を切ったのは鶴賀だった。

 大太刀を一息で抜くと、鞘を投げ捨てまっすぐ走り出す。


「うおっ、おもおもっすね」

 鶴賀が手を離すと、窓を一人で支えることになった犬山が呻き声を洩らし、手を放した。


 ばたんと音を出し窓が床に倒れると、亜弥と沙弥もそれを合図にするように動いた。


「沙弥さんはバックアップをお願いしますわ」

「はい。お姉様」

 

 亜弥を先頭に教室を迂回してくる二人に向かい体勢を下げて駆け出す。


「真っ直ぐがツルちん、右がアヤサヤちんなら、うちは待機っすかね」と、頭の後ろで指を組み傍観者に徹した。


「アオちんはうちと一緒に待機組っすね」

 青葉はこくんと頷き戦況を見つめた。


 各々の役割が決った。まだ何をするか決っていないのは私と白石の二人だった。


 白石は鶴賀の護衛だ。

 鶴賀の後についていくんじゃないのかと、視線を送ると、彼は悲しげな顔をし、戦況を見つめていた。


「白石さん?」


「……」

 私の呼びかけに彼は答えなかった。

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