第88話
「アニキ! もう耐えらんないっすよ。やっちまいましょうよ!」
後ろに立ったこめかみに傷のあるオールバックの男がボタボタと涙を流しながら言った。
「どうやらうちの者も……おっと、組はもう抜けたんで、私の友人達もですね。友人達も限界のようですので、覚悟を決めて出てきてもらえないですか?」
口調を穏やかに戻し言ってきたが、銃を突きつけられた状態で出て行くことなど出来ないだろう。
そう私は思ったが、「出て来いって言ってるっすけど、行くっすかー」と、犬山は言うと窓から顔を出した。
「ちょっ! 犬山さん」
私は制止の声をあげるが、それよりも早くターンと銃声が鳴った!
「……ッ!」
犬山が……撃たれた!
銃弾はどこに当たったんだ。怪我は……命は無事なのか。
焦りながら犬山を見つめると、彼女は……ピンピンとしていた。
「そんな片手撃ちじゃ当たんないっすよ。おっちゃん達拳銃に慣れていないんじゃないっすか? グリップを聞き手で握ってないからブレブレっすよ」
ブレブレ?
首里組みの面々は利き手の小指を落としていたので、グリップを握るためには小指を落としていない手――利き手ではない手――で握るしかなかった。
「お嬢さんよく見ているね。私達は首里組では武闘派と呼ばれる面々だったんだけど、銃はあまり使わなかったんだよ。おいお前ら、チャカなんか捨てて獲物出せや」
「うっす!」
松山の号令で男達は銃を壁に投げ捨て、腰から鍔のない短い日本刀を取り出した。
鶴賀の匕首のような漆の塗られた鞘ではなく、白木の鞘に納められた小刀。
ドスと呼ばれるものだろう。
松山の武器だけは他とは違い、朱色の漆が塗られた匕首だった。
「私達はこいつの扱いには慣れていますよ」
そう言うと、鞘も投げ捨てた。
「鞘、捨てちゃっていいんすか? しまえなくなっちゃうっすよ?」
「あなた達を殺したら私達もここで腹を割きますから、鞘に収める必要はないんですよ。なあ?」
後ろの男達が一斉に言うと鞘を投げ捨てた。
踏み込んできた全員、死ぬ覚悟が出来ていた。
「待ってください」
慌てて呼びかけると、一斉に視線が集まった。
「もう少しで犯人が分かりそうなんです。だから誤った情報に躍らせれて命を無駄にする必要なんてありません!」
私の必死な叫びを、松山は、「そんな世迷言誰が信じませんよ」と、一蹴した。
「世迷言なんかじゃありません。間違いないんです。間違いなく犯人は――」
「黙れ」
低い声で、私の訴えを遮る。
「お譲ちゃん、情報に流されていることなんて分かっているんだ。何十年もこの世界にいれば、情報なんて絶対の真実か、完璧なる欺瞞だって事はね。けれど、もう……坊の死の影で笑っている人間がいるかと思うと……止まらないんだよ」
松山はそう言うとサングラスを外した。
目の下には濃い隈が出来ていて、何日も寝ていないことがわかった。
そして、眼球は真っ赤に充血していた。
「坊が死んでから、涙が止まらなくてこんな目になっちゃいましたよ。ほら今だって気を抜いたら……」
瞳から涙が溢れ出した。
「お譲ちゃん死にたくなかったら、そこでじっとしていてくださいね」と言うと、袖で涙を拭い、「坊……敵をとったらうちらも直ぐに逝きますからね……」と言った。
男達の雰囲気が変わった。
殺気が教室に充満した。
「来るっすね」と、犬山が小声で言うと、袖捲くりをした。




