第73話
音楽室は職員等の一番奥にあった。
音楽室は音が漏れることもあるから角に置かれることが多いらしいがこの学園も同様のようだ。
扉のガラス窓から中を覗いて見ると、長い黒髪を後ろで結んだ眼鏡をかけた美女がピアノを弾いているのが見えた。
沙弥のほうだろう。
ピアノを演奏しているというのに、その音色は、扉の前に佇む私には耳を澄まさないと聞えないほどだった。
防音性は高そうだな。
それにしても二人が一緒だと聞いていたのに、沙弥の姿しか見えないな。
奥にいるのかなと思い、窓ガラスに顔を近づけ中を見回すと、私目掛け――ナイフが飛んできた。
「……ッ!」
ナイフを避けようと、後ろに仰け反ると、ナイフは窓ガラスに当たり跳ね返された。
「……防弾?」
ガラスには傷一つ付いてはいなかった。
教室だけではなく、ここまで防弾使用にしているのか。
ガラスを見ていると、沙弥の後ろに立ち上がった亜弥がいることに気づいた。
どうやら亜弥は沙弥の横に座っていたようだが、私の位置からは並行になっていたために見えなかったようだ。
亜弥は扉に向って歩いてくると、しゃがみ込み私の視界から再度消えた。
二、三秒ほどすると起き上がった。
しゃがむ前と後では大きな違いがあることにガラス越しでも気づくことが出来た。違いは右手に握られたナックルガード付のナイフだ。
あれっ?
急にナイフを投げてきた人が、ナイフを握って扉一枚だけ隔てて立っているって……ピンチじゃないかな?
亜弥は左手で扉を勢いよく開くと、ナイフの切っ先を私の喉元に向け、「何か御用かしら?」と、聞いてきた。
間違いなく人に物を聞く態度ではないが、私は両手を上げ降伏の意を示し、「犬山さんに音楽室に向うように言われまして……」と、事実を話した。
「お犬さんに言われてですか……良いでしょう入りなさい」と、まるでこの音楽室は私達のものだと言わんばかりの物言いし、ナイフを下ろした。
そう言えばお昼にも鶴賀に同じような事を言われたなと思いいつつ、「失礼します」と頭を下げ中に入った。
私が中に入ると、沙弥は椅子――ピアノ演奏用の背もたれのない革張りの椅子――から立ち上がり、亜弥の後ろに着いた。
まるでメイドのように。
亜弥は沙弥をチラリと見ると、今まで沙弥が座っていた椅子に腰を下ろし優雅に足を組んだ。
そのため、スカートが引き上げられ綺麗な素足が見え、同性だというのにドキッとしてしまった。
朝は気づかなかったが、亜弥は踝ソックス履いていた。そのため綺麗な足首と、ふくらはぎを拝むことが出来た。
私が亜弥の足首を凝視していると、「歌波様」と、声をかけられた。
慌てて視線を亜弥の顔に移す。
「私共に何用でしょうか?」と、艶かしい赤い唇が動き、言葉が発せられた。
「えっと、用といいますか、犬山さんに言われてここに来ただけで……」
事件の話をしに来たと言いたいところだったが、なかなか切り出せなかった。
亜弥がまだナイフを握っているのが要因だった。
まだ警戒は解かれていないようだ。
私が話しの切り出し方を探っていると、亜弥は突然ナイフを机に突き立てた。
トンって言う音が室内の壁に吸収される。
「それは一度聞きましたわ。私が聞きたいのは、貴方様は何用があって私共の前に現れたのかってことですわ」
「それは、姫路さんの護衛の為に――」
言い終わる前に亜弥はナイフを引き抜き、私の喉元にナイフの切っ先を向けてきた。
「……ッ!」
考えてみれば亜弥は私が教室を覗いただけでナイフを投げてきたくらいだ、鶴賀よりも好戦的なのかもしれないなと思うと、背筋に寒気が走った。
今は威嚇だけだが、いつ刺されるか分からないな……。
避ける準備だけはしておいた方が良いなと思い、右足を僅かに引き、重心を預ける。
「止めたほうが良いですよ。お姉様はそれを、臨戦態勢をとったと見なします」と、沙弥は抑揚の無い声で言った。
「……ッ」
たった数センチの動きで気づくなんて。
「……おちびさん、次はないと思いなさい。貴方様は何用があって私共の前に現れたのですか?」
三度質問が投げかけられた。
「……事件の話を聞きに来ました」
三度目の正直もとい、三度目にして正直に話した。
「なるほど……NESTの護衛と言うのは嘘だとは思っていましたが、犯人探しに来ていたということですか」
やはりこの学園の生徒は頭の回転が速いな。私が護衛ではないという事を初めから気づいていたのか。
私は、「はい」と、返事をする。
「つまりは私共を疑っているからここに来たということですね」




