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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第1章 波原刑と私
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第6話

 組織・フリー、互いに利点欠点も挙げられるが、東日本の殺し屋の八割が組織に所属している現状を考えれば、どちらが良いかは一目瞭然。


 秤にかけるまでもないだろう。


 そして今、私の身に起きようとしている事態は、フリーの殺し屋だけに起きる欠点――依頼主からの口封じだ。


 日向子さんから依頼主の情報は何も聞かされていなかった。


 依頼主が素性を明かさないことは、いつものことであった。人を殺す依頼をするのに、自分の素性を話したくないのは当然の事といってもいい。


 場合によっては依頼主の素性を調べることもあるが、急ぎの依頼であることから、私は弘前について最低限度の下調べをするだけで、依頼主に関しては何も調べずに、暗殺を実行した。


 考えれば、口封じの恐れがあると気付くには充分だと言える。


 依頼を完遂することしか考えていなかった自分に、腹が立ってきた。


 考えが足りなかった私に対しての日向子さんが与えた最後のヒントが、『帰るまでが暗殺』なのだろう。


 気を緩めるわけにはいかない。


 私は歩く速度を速めながらも、周囲の警戒を強め、歩き続け駅に着いた。


 地方の地下鉄の駅ではあるが、駅構内を行きかう人の数は多かった。

 私は券売機の前に立ち、路線図を見上げ値段の確認をし財布をバックから取り出す。


 ちゃリーんちゃリーんと何枚か投入し発券ボタンを押すと、隣の券売機に男が立った。


 鼓動が高鳴り、切符を取ろうとした手が止まる。


 結果を先に言うならば、その男は追ってでもなんでもなかった。

 けれども、私を怯えさせるには隣に誰か立つだけで十分だった。


 神経が研ぎ澄まされていると格好良く言いたい所だが、自分が、ただただ怯えていることが分かった。


 怖いな。この怖さが喫茶雛鳥に行くまで続くとなると、私の心臓は持つのだろうか? 

 高鳴る心臓のリズムに合わせるように、いつまでも切符を取らないために、券売機からはピーピーっと警戒音が鳴った。


 キップを取るとその音は過ぎに止んだが、私の鼓動は鳴り止まない。


 改札を通り足早にホームに向う。


 歩きながらも視線や、音に警戒をする。


 しかし、不審な気配は感じられなかった。


 もし、相手が何か行動に移すとしたら、この駅に来るまでの間だろうと考えていた。喫茶雛鳥のある場所は、地下鉄の終点でもあり、ベットタウンでもある場所だ。

 弘前のねぐらがある駅よりは、人の数は間違いなく多い。依頼主の素性を予想するに、人目の多いところは避けるはずだ。


 やはり、日向子さんの思い過ごしじゃないだろうか?


 そう考えると、強張った体から、力が抜けるのが分かった。


 駅を出ると、地方駅にしては広めのバスプールと、奥にそびえる大型のスーパーが見えた。いつもならこのスーパーでパンなり、お弁当なり買って帰るところだが、今日は立ち寄る事無く、スーパーの横を抜け石畳の続く並木道に入った。


 一キロほどの直線が続くこの並木道にはベンチが何箇所も点在し、散歩道として地元民に愛されている所だが、十月にしては気温が高い為か、私以外に歩いている人はいなかった。


 植えられている街路樹は、赤々と紅葉し、散り始めている紅葉が石畳を赤く染め上げていた。


 ほんの数十分前までは血の海を見、今は紅葉した紅葉の道を通っている。

 同じ赤く染め上げられた地面だというのに、心にもたらすものは大違いだった。


 不安と憔悴。


 安寧と安らぎ。


 命の危機にあるかもしれない状態だというのに、心が温かくなっていくのが分かった。


 足元の落ち葉を眺めながら歩を進めていると、赤々と紅葉した葉や、黄色く染まった他の中に、緑色のまま地面に落ちた紅葉の葉を見つけた。

 風で落ちてしまったのだろうか。赤と黄色が敷き積まれたこの道では、緑色の葉が酷く目立った。


 落ちた葉はもう色が替わることはないのだろうか? 

 このまま腐り、風に飛ばされ、チリになる運命なのだろうか?


「……私と一緒だ……」

 しゃがみ込み、緑色の紅葉に手を伸ばし、ポケットにしまった。


 立ち上がり、空を仰ぐ。


 木々の間から見える空は雲ひとつなかった。


 秋晴れと言うには日差しが強すぎる気もするが、それでも空模様は心にかかった雲を晴らし、気持を軽くしてくれた。


「……頑張ろう……」


 呟くように、自分自身にエールを送り、雛鳥を目指し一歩踏み出そうとした――その時、突然背後から、突き刺すような視線を感じた。

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