第68話
ジャグリングナイフと言うと、サーカスでピエロがジャグリングやナイフ投げに用いるものか。
確かに刃先が重いので、投擲には向いていそうだった。
「僕は背も低いし、腕力も人並みだから、いざ身を守るとなると、普通のナイフを使って打ち合うよりも、投げて使うこのジャグリングナイフのほうが扱いやすいんだよね」と言うと、ナイフを投げるジェスチャーをし、「鶴賀君みたいに刀でも扱えたらカッコいいんだけれどね」と、続けた。
日本刀と言うと……そう言えば今朝ロッカーに刀が入っていたな。
すっかり忘れていた。
この学園には日本刀や青龍刀の持込は禁止と日向子さんに聞いていたというのに、昼休みに聞くのを忘れていた。
鶴賀に聞くべきことではあるが、私はその事を青葉に聞いてみた。
「鶴賀さんは日本刀を持ってきていますが、目立つ武器は学園には持ち込んではいけないと聞いていたんですが、青葉さんは持ち込めた理由を知っていますか?」
「僕の聞いた話だと、あの日本刀は鶴賀君のお兄さんの形見みたいだね。ホントは学園に持ち込むのは禁止なんだけれど、形見だから肌身離さず持ち歩きたいようで、学園長に許可を取ったみたいだよ」
「形見ですか……」
鶴賀も家族を失っていたのか。
鶴賀が語った言葉を思い出す。
『家族を守るためなら……俺はなんでもする』と、言った彼の言葉を。
あれは失った人間だから言えた言葉かもしれない。
「普段は竹刀袋に入れて持ち歩いているから、怪しまれたりはしていないみたいだね。教室では清掃用具入れに入れてはいるけれど、誰にも触らせないようにしていたね。あれを触っていたのは……白石君くらいじゃないかな?」
白石にしか触らせない大切な兄の形見を、私が触ろうとしたから怒ったのかと納得した。
けれど、大切な形見ならば、箱にでもしまって保管しとくべきなんじゃないのか?
私ならそうするけどな。
「他には聞きたい事はある?」
無造作に清掃用具入れに置かれた、大太刀を思い出していると、青葉が聞いてきた。
今のところ、死体の状況や、青葉の武器は聞くことができた。
そろそろ核心に迫っても良いかもしれないな……。
「青葉さんは……」と、目を合わせ、軽く間を空け、「犯人は誰だと思いますか?」と、直球の質問をぶつけた。
鶴賀は直球だなとぼやいたが、青葉は眼鏡を外すと天井を仰ぎ、「僕は……」と、呟き、眼鏡を付け直すと、「鶴賀君と白石君のどちらか、もしくは二人で犯行に及んだと思うね」と、答えた。
「根拠はありますか?」
「根拠と言うほどではないけど、僕が教室に戻ったときに思ったのは、犯人は相当な返り血を浴びたんじゃないかって事なんだ。刺殺なら出血は少ないけれど、頚動脈を斬ったらどんな上手く斬っても出血は免れないね。でも廊下にいた亜弥さんに沙弥さん、遅れてきた鶴賀君と白石君の服には返り血を浴びたような様子は見られなかったね。室内にいた犬山さんは少し血で汚れていたけどね。でも犬山さんが犯人の可能性は低いんだよね?」
「校門をくぐってから連絡をするまでの時間を考えると、犯行は難しいと私は考えていますね。勿論確実に犯人でないとは言えませんが……」
「そっか。それなら言ったほうが良いかな」
犬山の容疑が晴れていないならば、言ったほうがいいこととは何だろうか?
何か事件の核心に迫ることかもしれないと思い、気を引き締める。
「もしあれだけの人間を殺し、返り血を浴びないなんて神業が出来るとしたら、犬山さんのような殺しのプロなんじゃないかなって思ったんだよね。組関係の人間は殺す力があっても、技術はないと思うんだ」
なるほど。
青葉の考え方に私は納得した。
ヤクザの殺し方は惨殺といっても良いだろう。
相手の命を奪うのが目的だからだ。
返り血を浴びても問題はない。
けれど、プロの殺し屋は自分の身を汚さずに殺す。返り血を浴びずに、殺しのあと何食わぬ顔をし、街を闊歩出来るように。
だが、それはターゲットが少数の時だ。
一昨日刑は六人を殺し、返り血一つ浴びずに任務を遂行したけれど、弘前含め六人の技量が高かった場合、返り血を浴びる恐れもあると考えていた。
六人の殺害だけでも返り血を浴びる恐れがあるというのに、十六人相手でも出来るものか?
「確かにプロの殺し屋なら返り血を浴びずに殺す術は身に付けていますね。けれど十六人も殺して、返り血を浴びないなんて、相当な腕を持つ殺し屋じゃないと難しいと思います」
不可能とは言わなかった。
響さんや巽さん、他にも喫茶雛鳥に通う数人の凄腕の殺し屋ならば可能じゃないかと、頭を過ぎったからだ。
「返り血を浴びないという、プロの殺し屋でも難しい殺し方を組関係の人間が行なうのは至難の技だよね。それこそ離れて銃で撃つとかしないとね」
「犯行に使った凶器は刃物ですよね? 銃口なんて映像でも確認は出来ませんでしたし、犬山さんも銃は使われていないとおっしゃいましたよ」
「銃は使われていないよ。それは僕も確認したからね。凶器は刃物で間違いないね」
「それなら、離れて斬殺することなんか出来ないんじゃないんですか?」
ナイフの射程距離では斬り抜けることで、返り血を浴びないようにすることは出来るだろうが、離れて殺す事は不可能だろう。
死体が全て刺殺体ならば、青葉のジャグリングナイフや、ダガーを使えば投擲で殺すことは出来るだろう。
けれど、頚動脈を斬ったとなると、至近距離で殺したのは明白だ。
それに刺さったナイフを抜いたときにも血は飛び散るだろうから、返り血を浴びずにナイフを回収するのも難しいだろう。
「私には離れて斬殺する事は不可能に思えるんですが……」
「そうでもないよ。それに僕は凶器は刃物とは言ったけれど、ナイフとは言っていないよ。歌波さんは、殺し屋はナイフを使うって固定観念に捕らわれているんだよ」
固定観念?
どういう事だろう?
私が分からないといった感じに小首を傾げると、「例えば……薙刀ならどうかな?」
「薙刀ですか?」
薙刀ならば、正面に対峙しても首筋を斬り付ければ返り血を浴びることはないだろう。
刺殺し、刃を引き抜いても、血飛沫も届かないかもしれない。
返り血を浴びずに殺すという制約はクリアすることが出来るかもしれないが、学園のルールでは、薙刀や日本刀などの表の世界の生徒にバレる武器の持ち込みは禁止になっている。
この制約がある以上薙刀を武器にしたとは考えられないんじゃないだろうか?
そう思考していると、一つの武器の存在が頭に浮かんだ。
ああそうか、青葉のヒントの意味が分かった。
薙刀――のように、間合いの広い武器ならば、返り血を浴びずに殺せる。
薙刀のように間合いの広い……日本刀なら、可能だ。
「大太刀ですか」
鶴賀の持っている大太刀は刃渡り四尺近いものだった。
柄を含めれば相当な長さになる。
薙刀ほどではないが、広い間合いで戦えるのは間違いなかった。
「でも、鶴賀さんの刀なら可能だとしても、凶器は複数あるんですよね? 刀とナイフをホイホイ入れ替えるなんて可能なんですかね?」
脇差でも鞘に収めるには時間が掛かる。
大太刀ならば尚更の事だろう。
片手に刀を持ち、片手に匕首やナイフを持って戦うという可能性も頭に浮かんだが、あれだけの長さの大太刀だ、重量も相当あるだろう。体格の良い鶴賀でも、片手で振るうのは不可能だろう。
「ホイホイ入れ替えるのは無理だと思うな。そもそもあんな長い日本刀を片手で振るうのは無理だよね」
青葉も私と同じ考えのようだ。
「僕が考えたのは、斬殺したのは鶴賀君で、刺殺したのは……白石君じゃないかって事なんだ」
つまり二人が共謀して殺人を犯したということか。
犬山同様、青葉も共犯説を押した。




