第66話
「ありがとう。でも僕は抜けれない……ううん、抜けないよ。拾ってくれたお義父さんにまだ恩を返していないからね」
「拾って?」と、私は訪ねた。
「僕はずっと母子家庭で育っていたんだけれど、十二歳の時に母を亡くしてね。それで父の遠縁にあたる青葉家に引き取られたんだ。お父さんに拾われていなかったら今頃どうなっていたのかわからないね」
家族の事を語る青葉の目には、輝きが見えた。
「そうだったんですね」
「尋問するのは辛いけれど、家族から離れるのはもっと辛いんだ。母を……家族を失う辛さは知っているからね。だからお義父さんから離れたくはないんだ」
「……ッ」
青葉の言葉を聞き、これ以上組から抜ける事を進める事は出来なかった。
私も家族を失う辛さを知っているのだから。
家族を失うという事は、どんな体の痛みでも比べることの出来ないほど、心に痛みが走る。
孤独と刹那さと空虚感が襲ってくる。
「事情も知らずに、組を抜けようなんて提案して済みませんでした」
「大丈夫だよ。僕の心配をしてくれて嬉しかったよ。歌波さんは優しいね」
青葉は目を細め、笑いかけてきた。
異性から優しいねなんて言われたことの無い私は、照れてしまった。
「そんな私は優しくないですよ」
「そうかな? 自分が優しい人かどうかなんて自分では分からないものだよ。自分で優しいと思っている人は、優しさを振りまくことにより、自分に利益が帰ってくる事を知っている人間だよ。見返りを求める優しさなんか……欺瞞でしかないね」
「欺瞞ですか」
「うん。この世界は欺瞞で満ち溢れているんだ。いつからかそのことが分かってから、息苦しくてしょうがなかったね。今日歌波さんに会えて本当に良かった。久しぶりに深く息を吸うことが出来たよ」
それは褒め殺しですよ。
なにこの少女マンガのような、殺し文句は。キュンってしちゃいますよ。
少女マンガなら、背景に花が咲いちゃいますよ。
ここは、『私も青葉さんと一緒にいると、息苦しくないです』とでも言って、見つめあうべきか?
いや、でも、まだ出会って半日ですよ。
どうする?
告白すべきでしょうか?
って、私は何飛躍した考え方をしているんだ。
落ち着け、落ち着け。
青葉はまだ告白してきたわけでもないだろ。
恋愛偏差値の低い私は、必死に日向子さんに借りた少女マンガの展開を思い出す。
こういう時はなんて言うべきなんだ?
ありがとうか?
好きか?
感謝の気持を表しつつ、好意を匂わせる言葉はないのか。
えっと、こういう時は……「……私は青葉さんといると息苦しいです……ドキドキして……」
と、漫画の知識を披露する。
「………………………………えっ、あっ……うんっ…………」
「……」
はいっ、返事を間違えたー。
恋愛偏差値低いどころか底辺を名乗ってもいいな。なに子悪魔系の台詞をチョイスしているんだ私は。
青葉なんて、口を半開きにして、呆然としているし……。
この空気感動すればいいんだよ。
青葉が自分は死ぬべきだといったときよりも、凍りついているじゃないか……。
「……なーんちゃって……」
とりあえず冗談だということにしてみる。
「……」
無言の青葉。
「……」
無言で死にたい気持になる私。
窓開けて飛び降りようかな……。
いやダメだな。
三階なら生死にかかわりそうだけど、二階なら上手く着地できそうだ。死ぬには低すぎるな……。
「……そう言えば話が途中だったよね」
無言の間に堪えられなくなったのか、空気を変えようとしたのか、青葉が話を戻した。
助かります。
「僕が教室に入ったところまでは話したよね?」
話を思い出して見る。
確かに、教室に入った……いや、入らなければならないと言っていたな。
「教室に入らなければならないと言っていましたよね?」
「うん。僕は医術を学んでいるから、もし生きている人がいれば、一刻も早く治療を行なわないと、って思ってね」
「優しいんですね」
医療を学んでいる使命感から行なったことかもしれないが、私には優しい性格が現れた行動だと思い、言った言葉だが、青葉は首を横に振り、否定した。
「優しいんじゃないよ。僕の行動は仕事以外で死に行く顔を見たくなかったから、とっただけのことだよ。そういう意味じゃ自分を助けたいだけの欺瞞なのかもしれないね」
本当にそうなのだろうか?
私は青葉こそ優しい人間に見えた。
私とは違う。
私のような偽りの優しさとは違う、本当の優しさを持っているように思えたから……。
「他にも質問はある?」話を変えたかったのか、青葉が切り出してきた。
質問したい事はまだまだあった。
青葉の優しさは置いておいて、次の質問を投げかける。




