第65話
私は青葉の瞳を覗き込む。
想像することはできないけれど、青葉の心情を分かってあげる事はできるかもしれない。
目は口ほどにものを言う。
やや茶色がかった黒目が私を見つめ返す。
けれど、そこからは強さは感じなかった。
吹けば消える蝋燭に灯った炎のような儚さが現れていた。
「青葉さんは……辛いんですね」
「辛い?」
「私にはそう見えます。貴方の目は……心は弱りきっているようにみえます」
「そうかもしれないね。僕は辛いのかもしれないな。僕は生きているのが……辛いんだ」
「生きているのが……」
「本当だったら……クラスの誰でもなく……僕が死ぬべきだったんだよ。僕は……死にたいんだよ……」
机の上に置かれた青葉の手は小刻みに震えていた。
「青葉さん……」
私はそっと手を重ねた。
けれど、震えは治まらなかった。
凍えているのだろう……心が。
「動物はね生きるために殺すんだ。喉笛を噛み切り殺す。一思いにね。けれど僕は癒して殺す。情報を聞き出してなお、何時間もかけて、少しずつ殺していく。命に対して僕はなんて不自然なんだろうね」
ああ、この目の儚さは……生を諦めから生まれたものなのか……。
私はこの目を知ってる。
あの暗い部屋の鏡に写った、目と同じなんだ。
両親が殺され、たった一人残された少女の目と一緒だ。
死にたくて死にたくて死にたくて死にたくてしょうがなかった頃の瞳。
日向子さんに拾われる前の私と同じ瞳なんだ。
「青葉さん……家を出ませんか?」
「家? 組を抜けるってこと?」
「はい」
「無理だよ」
「無理じゃありません」
否定されても私は引かなかった。
「僕は組の跡取りなんだよ。僕が抜けたら青葉組は瓦解するよ」
「このままいけば、貴方の心が瓦解してしまいますよ」
「それでも抜けられないよ。僕はもう知りすぎてしまっているからね」
拷問は、組に不利益になる情報を知ってしまったものに行なわれる。
拷問を行なっている青葉は、誰よりも知りすぎているのだろう。
そんな青葉が組から抜けるのは至難の技……いや、普通に考えれば無理なのだろう。
青葉組を、ひいては鳳凰會を敵にまわすようなものなのだろう。
けれど……。
「抜けられます。日向子さんに頼ればきっと大丈夫です。私が紹介しますから」
十鳥日向子なら、きっと青葉を匿ってくれる。
私を拾ってくれたように。
波原刑を拾ってくれたように。
青葉にも生きる希望を与えてくれるはずだ。
私と刑に生きる希望を与えてくれたように。
共通の敵である……秤恵美奈を殺すという目標を与えてくたように。




