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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第5章 青葉昴弥と図書室
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第63話

「僕はね……もう壊したくない……なんて善人ぶる気はないんだ」


「壊すことに……尋問することは嫌ではないんですか?」

 家業を嫌った青葉だが、尋問を否定しようとはしなかった。


「大きくなりすぎた組織には、尋問……いや、聞こえがいい言葉を選ぶのは止めるよ。拷問する人間は必要なのは間違いないね。情報が漏れ続ければ、組織は瓦解するんだからね。そこを否定する気はないよ」

 拷問を否定する気がないのなら、彼が否定するのは……。


「歌波さんは……笑顔を見た事はあるかな?」


 唐突な質問をぶつけられたが、答えは簡単だった。

「あります」


「だったら怒った顔を見た事はあるかな?」


「あります」


「悲しい顔……泣き顔はあるかな?」


「もちろんあります」

 三つの顔を言われ、私は次に何が来るか分かった。


 笑顔は喜び。怒った顔は怒り。泣き顔は哀しみ。喜怒哀がでたという事は、次は……楽だ。


「悦楽の表情もあるかな?」


「あります」と、答えようとしたが、悦楽の言葉に、口ごもってしまった。


 悦楽って、性的な意味で使うことが多いよね?


 私はまだ十八歳。

 ピュアな乙女だ。キスもまだな純情乙女だ。


 悦楽の表情なんて見たことないよ。


 ちょっと顔を赤らめながらも、話を止めてしまうのもなんなので、「はい、あります」と答える。


青葉は私の顔の変化に気づかなかったのか、気づく余裕すらなかったのか、触れる事無く、「じゃあ喜怒哀楽の入り混じった表情は見たことがあるかな?」と質問を続けた。


 喜怒哀楽が入り混じった表情か……。

 喜と怒、哀と楽。

 相反する表情だ。


 十八年の人生で一度も見たことはない。

 そもそも、そんな表情が存在するとは思えなかった。


 人の心は単純だ。

 喜べば、怒りは消える。悲しめば、楽しみは生まれないんだから。


 もし、そんな表情が出せるとするならば、福笑くらいなんじゃないか?


 私は、「見たことはないですね」と答える。


 青葉はクスッと笑った。

 ただその顔には、喜ではなく、哀の感情が表れていたように見える。


「僕はあるよ」と、言うと、ゆっくりと手をほどいた。

 陶器のような白い肌には、赤い爪痕が刻まれていた。


 痛々しい手で眼鏡を外すと天井を見つめた。


 眼鏡と言うバリケードが外された瞳は、隠す事無く悲しみを表に出していた。

 さっきの笑みはやっぱり哀だったと分かった。


 悲しみに満ちたその目には何が映し出されているんだろうか。


 私は無性に知りたくなった。


 彼の事を知りたい。


 その苦しみを理解してあげたい。


 この感情はなんなんだろう。彼のことが気になってしょうがない。この思いはなんなんだろうか……。


 鼓動が速くなっていき、思わず胸に手を当てると、青葉が顔を下ろし眼鏡を付け直し、「指をね……」と、呟いた。

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