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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第5章 青葉昴弥と図書室
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第59話

 本鈴が鳴り、慌てて屋上を飛び出し、教室に駆け込むと、黒板には自習と書かれていた。


「エリちんお帰りっす。遅かったっすね」

 席――白石と鶴賀の間の席だ――に戻ると、犬山が聞いてきた。


「ええ、お昼をゆっくり食べていたら、少し遅くなりました」

 本当は二口しか食べていないが、鶴賀のいる場で捜査をしていましたとは言えなかったので、食事に時間がかかったことにする。


 まさかその嘘が分かったとは思えないが、犬山が私を手招きした。手招きをして近づけると言う事は、他の人に聞かせたなくない話をするということだろう。


「話は……聞けたっすか?」

 犬山は耳元に口を近づけ、小声で話した。

 やっぱりだ。


「……はい。話も聞けました。メモを取ったんですけど、犬山さんも見ますか?」


「時間あったら、見せてもらうっす。固有名詞が出ていないかチェックもしたいっすからね」


「分かりました」

 返事をし、ポケットからメモ帳を取り出し、固有名詞が出ていないか確認してみる。

 うん、大丈夫書いてないな。


 胸ポケットに挿したペンを取り出し、ノックをすると、二名確認済みと記入する。


 メモ帳の一ページ目に七つ道具その四と書かれている。

 ちなみにその五はお弁当らしく、袋の中には『七つ道具その五スタミナ弁当』と、書かれた紙が入っていた。


「さてと、自習でもするっすかね」

 犬山の言葉を聞き、また視線を黒板に移す。


「五時間目は自習なんですね」


「五時間目はって言うよりも、五時間目から自習って言うほうが正しいかもしれないっすね。一昨日のあれで、多くの先生が有給なり、休みを取ったりして、学校にすら来ていないっすから、今は深刻な教師不足でてんやわんやみたいっすよ。勇気を持って来た先生も、他のクラスの授業終了に併せて帰ったみたいっすから、もう学校には、このクラスと数人の先生しか残ってないんじゃないっすかね?」


 と言う事は、私を蔑んだ目で見た教師は、勇気ある人物だったのか。


「ホントなら、六組も一日休みなり、午前授業にするはずだったんすけど、首里組みの手前もあって、犯人を炙り出すために、七時間目まで授業を行なうことになったんすよね」と言うと、頭の後ろで腕を組み、背もたれに体を預け、「困ったもんすよ」と、ぼやいた。


 この場合困ったとは、護衛として、対象者を危険にさらすから困ったなのか、七時間目まで授業があることに対してなのか。

「まぁ自習なんで、のびのびやるっすかね」と言うと、プリントを取り出した。


 私もプリントを進めないとな。


 ああ、気が重くなる。

 みんな良く勉強できるな。


 辺りをキョロキョロと見回すと、みな話す事無く、机に向っていた。

 後ろの鶴賀を見る事はできなかったが、カリカリカリとリズミカルにペンを走らせる音が聞えたので、一心不乱に自習しているのだろう。

 眼前の白石も机に齧りついているし……うん? 

 白石は寝てないか?

 身を乗り出し、白石を覗いてみると、クッション性のよさそうな枕に顔を埋めていた……。

 いつの間に取り出したんだろう……。


 今一つ確定した事がある。

 鶴賀のような優秀な生徒が勉学に励んでいるこの教室で、一番の劣等性は、私か白石のどちらかだろう。


 ワーストではないと思うと、少しやる気が湧いてくる。


 よし、プリントを進めるぞ。と、自分に活を入れると、ガタッっと席を立つ音が聞えた。


 誰だろう? 

 と、思い顔を上げると、青葉がこちらに近づいてきた。

「犬山さんちょっと良いかな?」


「なんすかー? 勉強の話ならパスっすよ。うちの頭じゃ逆立ちしたってアオちんに教えることなんて不可能なんすから」


「勉強じゃないよ。これを返しに行きたいんだ。お昼休みに時間が取れなかったからさ」

 青葉の手には二冊の本が握られていた。

 

 私の位置からは裏表紙しか見えなかったので、タイトルは分からなかったが、二冊とも厚いハードカバーの本だった。


「図書室に行くんすか。じゃあ……エリちんと二人で行くと良いっすよ」


「私ですか?」

 急に名前が挙げられ驚いた。


「今、アオちんの護衛はいないっすから、誰か付き添わないとまずいっすからね。それに……」と言うと、顔を近づけ、「エリちんに、ツルちん達と、アヤちん達が殺しあったら、止めに入ること出来るっすか?」と、小声で聞いてきた。


「……出来ませんね……」


「っすよね。アオちんも同行するのエリちんで良いっすか?」


「僕は構わないよ」


「決まりっすね」

 私の合意なしで話はまとまった。


 まあ、青葉からも事件の話を聞きたかったし、私としても断わる理由はない。

 私が死ねば……犯人が青葉だということが分かるし、犬山にとってもデメリットはない。


 両者とも利点はあれど、欠点はない取引だ。


「あっアオちん、ついでに、職員棟の案内もしてきてもらっても良いっすか?」


「構わないよ」


「サンキューっす」


「それじゃあ歌波さんよろしくお願いします」と、青葉は丁寧にお辞儀をした。


「あっ、お願いします」

 釣られて私も深々とお辞儀をする。


 青葉はどうやら礼儀正しい青年のようだ。

 いや、小柄な体格や、容姿から判断すれば、少年と言っても過言ではないだろう。

 文学美青年改め、文学美少年だ。


「それじゃあ、行こうか」

 春の日向のような温かな笑みを浮かべる。


「……はい」

 思わず見とれてしまった。

 間違いなく、文学美少年だ。


 ゆっくりと歩みだす青葉の背を追って私も歩き出す。

 後ろからはカリカリと言うリズミカルな音だけが聞えた。

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