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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第4章 鶴賀徳人と白石頼流と屋上
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第57話

「……んだとコラぁ!」と、眉毛を八の字に歪ませ睨んでくる。


 痛いところを突けたようだ。


 しかしこの質問は、本題に入るためのジャブのようなものだ。本題は……こっちだ。

 私は怒る鶴賀から視線を外し、白石に向き直る。


「白石さんは何故、鶴賀さんを……庇わないんですか?」


「……」

 白石からの答えは帰ってこない。


 鶴賀とは違い白石の顔に変化はなかった。

 いや、今まで笑顔が多かったのに、今は無表情なのを考えると、変化したといっても良いのかもしれない。


「逆だったら分かるんです。友達になれとは言われたとしても、組のご子息と、護衛の関係ではあるじゃないですか? 白石さんが鶴賀さんを庇う。これなら分かるんです。でもお二人は、白石さんを鶴賀さんが庇っているじゃないですか……」と言うと、少し間を空け、二人を交互に見回し、「どういう事ですか?」と、続けた。


「……」

「……」

 二人からの返事はなかった。


「……おいチビガキ」と、先に鶴賀が口を開いた。


 私への屈辱的な呼び方はスルーすることにしよう。


「さっき言い忘れたが、証拠能力の話だがな、刑事訴訟法第百四十七条、何人も、左に掲げる者が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことが出来る。一、自己の配偶者、三親等内の血族若しくは二親等内の姻族又は自己とこれらの親族関係があった者。二、自己の後見人、後見監督人又は保佐人。三、自己を後見人、後見監督人又は保佐人とする者……ってやつだ」

 法律をすらすら暗唱する鶴賀。

「ちなみにこんな法律もあるな。日本国憲法第三十八条、何人も自己に不利益な供述を強要されない。強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない……つまりは黙秘権だな」


「ひゅー」と、白石が驚いたように、口笛を吹く。


「凄いですね」と、暗唱した鶴賀に正直な感想を言い、「つまりは話す気はないと?」と、聞いてみる。


「そう言う事だ。白石もこれ以上事件の事を話すんじゃねえぞ」


「了解。仰せのままに」

 白石も賛同した。


「犯人扱いされてもいいんですか?」

 逆撫でするような言葉ではあるが、私は食い下がった。

 この矛盾を解決すれば、犯人を探し出す第一歩になるはずなんだ……。


 しかし鶴賀は低い声で、「勝手にしろ」と、答えた。

 逆上するでもなく、低い声で、静かに答えた。『これ以上踏み込めば、ただじゃおかない』と、鶴賀の言葉はそう言っているように感じた。


 この時私は初めて鶴賀を怖いと思った。

 口汚く罵る鶴賀は、我侭なお坊ちゃんと言った感じだったが、今の鶴賀には風格すら感じた。


 鶴賀が近い未来、音羽會を支える人間の一人だという事がわかった。

 思わず唾を飲み込む。


「話は以上だな」と言うと、足元に置かれた食べかけのサンドイッチを拾いほお張ると、袋からアルミボトルのコーヒーを取り出し、喉を鳴らしながら飲み干した。

「白石行くぞ」


 袋にゴミを押し込み、プリントを握り私の横を通り過ぎる。


「じゃあな歌波。また教室で」

 

 白石は通り過ぎざまに、私の肩に手を置き言った。


 話は以上のようだ。まだ聞きたい事はあったが、どうやらここまで。


 本当にもう良いのか?


 私は振り返ると、「待って!」と、叫ぶように呼び止める。

 二人は足を止めると振り向いた。


「あぁん? 話す事はもうねえよ!」


「……事件の話じゃありません」と、答えるが、咄嗟に呼びためたので何を聞くかは考えてはいなかった。


「……なんだよ」

 

 どうやらまだ話をする気はありそうだった。


 さて何を聞こう。

 直接的な事件の話はできないだろうから、何を聞けばいいんだろうか。


 クラスでの交友関係とかか?

 いや、その内容だと、死んだ生徒の話になるから、鶴賀は答えないだろう。


 何を聞くか考え込んでいると、「貴方にとって命とはなんですか?」と、自然に口が動いた。


 自分の口から出た言葉だというのに、私は驚いた。


 知りたかったことでも、聞きたかったことでもないと言うのに、口から零れ落ちた言葉が、私が求める答えを出してくれる、最良の質問のように思えたからだ。


「命?」と、聞き返す鶴賀。


「……鶴賀さんは、人を殺したこと……ありますよね?」


「……」

 目を見開き固まる。


 唐突な質問に驚いた表情なのか、呆れている表情なのか、はたまた過去の映像が浮かび上がっている表情なのかは分からない。


 鶴賀はゆっくりと息を吸い、目を瞑り、また息を吐き出し、目を見開き私を睨みつけ、「あるよ」と、言った。


 命とはなんなのか? 

 たった一つのかけがえのないもの……そんな教科書にでているような模範解答は求めていない。


 裏の世界にしかない命の捉え方。

 命を奪った人間にしか分からない命の意味。


 私はそれが知りたかったんだろう。


「俺にとって命とは……家族だ。家族以外の命なんて無意味なもの。生きようが死のうが知ったこっちゃないな。言い換えるんならゴミだな。町にゴミが落ちていても無視すんだろ? 死のうが生きようがゴミはゴミ。殺してもテーブルの上にあったゴミが地面に落ちるそれだけだ」


「家族の命にだけ意味があり、他は無意味なゴミ屑だという事ですか?」


「ああ、そういう事だな」


「家族ですか……具体的なようで抽象的な言葉ですね。あなたにとって家族とはなんですか?」


「俺の家族は……組員全てだ」

 私を睨む眼力が強くなる。

「家族を守るためなら……俺はなんでもする」

 瞳には一切の偽りも映し出されていなかった。


 鶴賀は真実を語っている。

 家族を守るためになら……クラスメイトを惨殺するのも厭わないだろう。


 命とは家族。

 面白い答えだな。

 

 自分の命と家族の命を対等に扱っている。

 私には持つことのできない考え方だ。


「白石さんにとって命とはなんですか?」

 命とは何なのかを、鶴賀にとっての命、家族である白石にも聞いてみる。


「俺にとって命は……平等かな。徳人は家族以外の命に価値が無いって言ったが、俺は違う考え方だな。自分の命も他の全ての命も等しく貴重な物。意味のあるものだと思うな」

 白石は臆面もなく言い放った。

「だから俺は……誰も殺したくない」

 と、白石は言った。


 殺さないではなく……殺したくないと。


 決意の現れた殺さないではなく、希望の現れた殺したくないという言葉を使った。


 私は理解した。

 犬山は白石が誰かを殺したという話を聞いたことがないと言ったが、間違いなく白石は……人を殺したことがあると。


 それは、いつ誰を殺したかは分からないが、間違いなく彼は……人殺しだ。


 けれど、その考えに辿り着き、私は困惑してしまった。

 命は平等だと言ったときも、誰も殺したくないといったときも、白石の瞳は輝いていた。

 

 童話を読み、虹の上を歩きたいといった少年のような、純真無垢な輝きを放っていた。


 分からない。


 何故輝いているんだ。


 何故濁らないんだ。


 恐い。彼の本心が見えない。

 私に彼の全てを理解する事は……不可能だ。


 彼は人殺しなのか? 

 きっとそうだろう。


 けれど彼は……命を平等と言った。

 それは何故?


 奪う側の人間が言う言葉ではない。


 発言と気持が矛盾している。


 彼はなんなんだ。

 まるで二人の人間と話しているような気持になってしまう。


 彼は化け物なのか、善人なのか理解することができない。


 気持ち悪い。

 思考回路がエラーと警鐘を鳴らす。


 頭痛がしてくる。

 これ以上は考えるのを止めろと語りかけてくる。


 またこめかみに手を当てると、「もういいか?」と、鶴賀が聞いてくる。

 信頼を失ったのか、今度は私を気遣う言葉を向けてはこなかった。


「はい。もう大丈夫です」と、無理に笑みを作り返事をする。

 聞きたい事はまだあった。

 鶴賀と白石の関係の矛盾や、白石とはなんなのかを。


 けれど、ここから先は本人に聞くのではなく、私が調べることなのだろう。

 私は殺し屋のパートナー、暗躍するのが仕事だ。


 鶴賀は白石に、「行くぞ」と言うと、私に背を向け、扉を乱雑に開けた。


 命は家族と語った男子と、命は平等と語った男子は、扉の先に消えていった。


「……」

一人屋上に残された私は、「はぁ」と、安堵の息を漏らす。

「……怖かったな……」


 白石も鶴賀も怖かったな。

 対面していたときは感じなかった恐怖が、一人になると体を蝕んでくるのが分かった。


 日差しは強いというのに、寒気を感じる。


 話を聞かなければならないのは、残り三人……ここで立ち止まっている時間はない。

 怖いからと、尻尾を巻いて逃げるわけには行かない。


 冷えた腕を擦り、「……がんばるぞ」と、自分に激をいれ、屋上の扉に近づく。

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