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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第4章 鶴賀徳人と白石頼流と屋上
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第56話

「中学卒業まではじいちゃん……母ちゃんの父ちゃんに育ててもらったよ」と言うと、「じいちゃん今頃何してるかな……」と、懐かしむように空を仰いだ。


 会いたいのにずっと会えていないような、寂しさの現れた顔をして。


「お祖父さんとはお会いしていないんですか……?」


「中学を卒業した日に家を出たから、それ以来会ってないな」

 と言う事は、二年半は会っていないことになる。


 会いたいだろう。


 どうして二年半も会えていないかは分からないが、会いたい人に会えない辛さは私にも分かる。


 ただ、私の場合、永遠に会う事は出来ないのだが……。


 哀れみと同情の思いが半々と言った顔で白石を見つめる。きっと、辛いんだろうな。


 けれど、その顔は、白石の負った環境とは相まっていなかったことがすぐに分かった。

 鶴賀の言葉で。

「五百万渡されてもう帰ってくるなって言ったネグレクト爺のところになんか、帰る必要ねえだろ」


「ネグレクト?」

 いや、ネグレクトと言う言葉を知らないわけではない。

 ネグレクト……つまりは育児放棄だ。


 しかし、百八十センチを悠に超え、スポーツマンのような逞しい体をした、白石にネグレクトと言う言葉は結びつかなかった為に、自然と口から漏れてしまった。


「十歳のガキを真冬に外に放り出したんだぞ。俺はな、お天道様に背を向けた人間だが、人道をそむくような真似だけは許せないんだよ」


「それは許せないですね……真冬に一晩も外に放り出すなんて……死んでも可笑しくないですよ」


 

 私が声を荒げると、「一晩じゃなくて、一月だぞ」と、白石は他人事のように、笑いながら言った。


「一月って……養護施設に保護されたんだすか?」


「俺のいた村には養護施設なんかない、ド田舎の村だぞ。真冬の雪山に放り出されたから、あの時は、何度死に掛けたかわかんないな」


 真冬の雪山で一ヶ月?


 登山のプロでも、装備なしでは死ぬんじゃないか?

「とりあえず薪がわりになる木を探して、雪から身を守れるところを探して、先客を追い出して、食料の確保をしてと、生きるのに必死だったよ」


 十歳でサバイバル生活を送っていたらしい。


 うん?

 先客ってなんだ?


 誰か別にサバイバル生活をしていたのか? 


 それとも……。いやそれはないな。私の勘は良く外れるし、食料と先客をイコールで結ぶ必用はないでしょ。


「いやーあの時洞窟に熊がいなかったら、凍死と餓死は免れなかったな」


 勘が当たった。

「熊を食べたんですか。えっ? ってか、熊を倒したの?」驚きのあまり、私の敬語が崩れた。


「熊って言ってもヒグマにしては小さめだったし、冬眠してるところを起こしたから、寝ぼけてて、動きも悪かったから、ガキの頃の俺でも何とか倒せたぞ」 

 と、サラッと語った。


 無理です。

 十八の私でも、猟銃があったとしても勝てる気はしません。


 話し振りからすると、素手で倒したように思えるんだが……、鉈か何かを持っていたんですよね? 

 確認するのが恐かったので、私はそのことには触れないでおいた……。


「まっ、熊殺して、雪が吹雪いてない日に山を降りたら、じいちゃんが今まで以上に俺を嫌うようになって、ほとんど会話もしなくなったな。それで中三の卒業式の日に、五百万渡されて出て行けって言われたよ」


 ほとんど会話をしなかったと言うのに、家を追い出されたというのに、白石はそれでも口元に柔らかな笑みを浮かべ、懐かしむ表情を見せた。


 そんな白石の顔を見て、鶴賀は、「チッ!」と舌打ちをし、金髪を乱雑に掻き毟った。


「追い出すようなじじいの所に帰る必要なんてないだろうが。お前の家は……どこだよ」


「……そうだな。俺の家は徳人におやっさんに、清人兄に、兄さんたちが待っている所だな」


 白石が歯をむき出して笑うと、「わかりゃ良いんだよ」と鶴賀は言い、ソッポを向いた。


 私からは後頭部しか見えないが、きっと……照れているんだろう。


「もう戻ることは……ないな。まっ、交通費が高すぎて、帰ろうにも帰れないんだけどな」


「ご実家は遠いんですか?」


「じいちゃんの家はモシリにあるからな。飛行機代が高くてしょうがないんだよな」


 モシリ? 

 初めて聞く地名だ。もしかしたら海外なのか?


 私が小首を傾げると、「ああ、モシリって言うのはアイヌの聖地の事だよ。今でいうと富良野の下のほうだな」と、白石が説明してくれた。


「なるほど」と、頷くが、いまいち富良野の場所が分からなかった。とりあえず、白石は北海道生まれと言うことで、頭にインプットする。


「俺の名前もじいちゃんが名付け親なんだよ。元はカムイって名前にしようとしていたみたいなんだよな……」


 カムイと言う意味は知っていた。確か……、「神様って意味ですよね?」


「ああ。今の来流もかなり奇抜な名前だけど、カムイよりはマシだな」と言うと、一呼吸置き、「神様なんざいないんだからな」と、苦笑した。


 私としては、カムイよりも来流の方が奇抜に思えるが、神と名乗るよりはマシかもしれないな。

 白石はそう考えているんだろう。


「でも、来流って名前のせいで、ガキの時は友達も出来なかったな。同級生の親やじいちゃんばあちゃん達が、俺と遊んじゃいけないって言ってたみたいでさ」


 来流と言う名は、奇抜なキラキラネームかと思っていたが、今の話し振りでは、アイヌ語の言葉なのだろうか? 


 遊ばせたくないような言葉。

「来流はどういう意味なんですか?」


「……ッ。どうでもいいだろうが」と、鶴賀が答えてきた。来流の意味を白石の口から言わせたくないようだ。

「ガキは自分の名前なんざ選べねえんだよ。意味なんて知ったことじゃねえ。自分がその言葉をどう捉えるか。それでいいんだよ!」


「……そうですね。名前の意味なんて、名付け親の自己都合ですからね。その名を受けてどう生きていくかは、自分で選択すれば言いだけの話ですよね」と、言うと、「すいません、質問は破棄してください」と、白石に頭を下げる。


 きっと白石の口から話させたくない意味があるんだろう。


 考えてみれば白石は徳人と名前を呼び捨てにしているというのに、鶴賀は白石と苗字で呼んでいた。

 他人の配慮などしなさそうな鶴賀が白石には配慮していると考えると、二人の間に親愛や友愛の情があるのかもしれないな。


 私にも多少は配慮してもらいたいものだ……。

 まだ鶴賀の口から名前も苗字も呼ばれていないからな……。

 ガキかパンツしか呼ばれていないよ……。


「……」

「……」

 話も一段落し、誰も口を開かなくなった。


 微かな風の音だけが場に流れた。


 心地よい音だったが、今にもお開きになりそうな空気だったので、私は早めに疑問の解決をすることにした。


 二人の友情を親愛の情を裂くかもしれない質問を投げかける。


「鶴賀さん」


「……あぁん? まだなんかあんのか?」


「はい……」と、返事をし、質問を投げかける。


「鶴賀さんは何故、白石さんを庇うんですか?」

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