第54話
ストレートに話をしても、鶴賀の怒りを買うだけだ。私は遠回りに話を聞くことにした。
「白石さんは、鶴賀さんの護衛ですが、どうして音羽會に入ったんですか?」
犬山から、二年前に白石が音羽會会長の邸宅に乗り込んだ話は聞いていたが、知らない振りをして、白石の反応を見ることにした。
鶴賀をどう思っているのかを知るために。
ゆっくりと目を閉じ、集中力を高める。
心の中で「よし」と自分を鼓舞し、顔を上げる。
しかし、「俺は音羽會には入っていないよ」と、白石から予想外の答えを言われ、高めた集中が霧散していった。
音羽會似入っていない?
「それは音羽會に入ってのではなく、鶴賀組に入ったということですか?」
「いや。俺はどこの組にも入っていないな」と言うと、立ち上がり、ズボンに突いた砂埃を払い、「そもそも裏の世界の人間でもないぞ」と、続けた。
裏の世界の人間じゃない?
それならば、何故ここにいるんだ?
この人殺したちの集まった、応法学園の特別進学クラスに……。
「俺は鶴賀のおやっさんに、徳人の友達になってやってくれって言われたから、一緒にいるんだよ」と、言うと、鶴賀の肩に手をぽんと置いた。
「はん、俺には友達なんか要らねえんだよ」と、悪態をつくと、白石の手を払った。
青春のワンシーンみたいな様子だが、私は置いてかれた気分になった。
「すいません……話が見えないんですが……」
えっと、白石は裏の世界の人間ではなく、鶴賀の友達だから、この学園にいる……意味が分かりません。
「話が見えないって、どこが分かんないんだ?」
と、白石。
全てですと言ってやりたかったが、私は特に気になった点から聞くことにした。
「友達になってやれと言われたとは、どういう事ですか?」
白石は思い出すかのように、腕組をした。
「ちょっと昔話をする事になるけど、いいか?」
長話になりそうだったが、昼休みはまだあるし問題はなかった。
空腹もピークを過ぎた為か、もう感じていない。
「はい」
「あれはな」と言うと、一度クスッと笑い話し始めた。
「今から二年近く前の高一の春休みの時だな。俺が鶴賀のおやっさんの家に乗り込んで、組員の兄さん達を殴りまくったんだよ。そうしたら鶴賀のおやっさんに、馬鹿息子のダチになってやれって言われたんだ」
「……」
それだけですか?
「……」
話の続きを待ってみたが、白石は、「いやー懐かしいな」と、言うだけで、続きを喋る様子はなかった。
あれっ?
終わり?
長くなるかと思ったが、十五秒も掛からなかったんじゃないか?
アバウトすぎじゃありませんか。
「はしょりすぎだろ」と私の替わりに鶴賀がツッコミを入れた。
「俺が喋るから、お前は横で頷いていろよ」
その方が私としても助かります。
見た目や喋り口調とは裏腹に、鶴賀の話は理路整然としているからだ。
「一昨年の春にうちの組のやつらが、白石の高校のダチを一人掻っ攫ってきたんだよ。うちの組は素人には手出しをしない古い任侠道を貫く組なんだが、白石のダチは論外だったな。あいつらは三人で、うちの組の幹部を後ろから鉄パイプで滅多打ちにして、金目の物を奪いやがった。攫った後に聞いたら、いい時計をしていたから、どこぞの会社のお偉いさんだと思ったんだとよ。やられたうちの幹部は頭蓋骨陥没で一昼夜あの世をさ迷ったよ。一命は取り留めたが、膝の骨も砕かれていて、未だに杖なしじゃ歩けねえ体にされた」
鶴賀は歯を食い縛り、目に怒りの色を宿らせる。
「素人だろうが、そこまでされちゃこちとらメンツに係わるからな。唾を吐かれて黙っているわけにはいかねえだろ。時計を中古品屋に売りに来たガキを攫って組みの事務所に連れてったんだよ。仲間がいるかどうか吐かした後に指の一、二本詰めさせるか、タコ部屋にでも売り飛ばすか話をしていたら、こいつが乗り込んできたんだよ」
鶴賀が指差すと、白石は照れたように頭を掻いた。
「一人拉致ったから、そいつの携帯で後の二人を電話で呼び出したらよ、その二人がこいつに泣きついたみたいで、白石が乗り込んできたんだよ。けどこの馬鹿は、拉致った事務所に呼び出したって言うのに、学校を飛び出したあとに、場所が分からなくて、迷ったあげくに本宅に殴りこんできたんだよ」
「いやー。商店街走っていたら、場所を知らないことに気づいて町の人に『鶴賀組の家はどこですか?』って、聞いて回ったら、いつも出前届けているっていう寿司屋の爺さんに会って、バイクの後ろに乗っけてもらって行ったんだったな」
事務所ではなく、本宅に乗り込んだ理由はこれか。
「事務所に呼び出したやつが、本宅に攻めてきたって聞いて俺も親父も驚いたよ。それで……護衛のやつらをぶっ飛ばして、ダチを返せって叫んでるこいつは……化け物だったな」
机を粉砕した白石の拳を思い出す。あの力があれば文字通りぶっ飛ばす事も可能だろう。
人を五、六メートルくらい吹き飛ばしそうだな。
「二十人はいた親父の護衛がみんなやられて蹲っていたよ。立っていたのは白石と親父と、その横に刀を構えて立っていた俺だけだった。情けねえ話だけど、俺はその時震えちまって、親父の前まで歩いてくるこいつを見ていることしか出来なかった」
その気持は分かる。
圧倒的な暴力の前では、人間は動くことすら出来ないものだ。
蛇に睨まれた蛙と同じだ。ただ死という暗闇に飲み込まれるのを待つだけの存在となるのだ。
あの時もそうだった。
「親父もやられるって思ったんだけどよ、動けなくてさ、あんなに情けない気持になったのは産まれて初めてだったな」
その気持も分かる。何もできないのは……何もしないとは違う。
殺されるのを見届けるしかないのは……死ぬよりも辛いんだ。
私は唇を噛み締める。
心の奥底に封じ込めていた思いが、気泡のように浮かび上がってくるのが分かった。
ズキンと、頭痛がする。
米神を手で押さえると、「どうした?」と、鶴賀が聞いてきた。「顔色やばいぞ」
「大丈夫です。偏頭痛持ちなだけです……。話を続けてください」と、鶴賀に答え、頭を切り替える。
今は過去を思い出す必要はない。
これからの事を考えなくてはならない。
これから刑が殺すであろう人物が誰になるか……それだけを考えればいい。




