第53話
「……ッ!」
白石の言葉を聞き、鶴賀の表情に驚愕の色が一瞬だけ浮かんだ。
ほんの一瞬だが、私はその顔を見逃さなかった。
白石のアリバイを聞く事が、鶴賀にとって不利益になるということか?
それならば聞かなければならないな。
「じゃあお聞きします。白石さんは四時間目開始から、終了まで何をしていましたか?」
「徳人と一緒に屋上に来て、プリントをやろうとしたけど、天気も良かったからそこで寝てたよ」と言うと、梯子の上部を指差した。
朝犬山が見ていた場所だ。
「屋上に来て直ぐ寝て、徳人に起こされるまでは爆酔してたな」
「起こされて直ぐに、教室に向ったんですか?」
「寝付いたら中々起きられないけど、寝ぼけたりはしないから、直ぐに教室に向ったよ」
さっきも鼾を掻いていたと思ったら、いつの間にか鶴賀の横に立っていたし、寝起きは良さそうだ。
「……あっ。寝付いたら、中々起きないと言いましたが、一昨日も、鶴賀さんに起こされるまでは、一度も目を覚まさなかったんですか?」
白石に聞きながらも、視線を鶴賀に送る。鶴賀の目には焦りの色が浮かんでいる。
今の質問は鶴賀にとって痛いところを突いたということだろう。
「じゃあ、その寝ている間に鶴賀さんが……タバコを吸っているところは見ましたか?」
「おい。ガキぃ、何を言ってんだよ」
「黙ってください。どうせアリバイの証言力はないんです。ここで見ていたといっても、見ていないと言っても、違いはありません」
「違いがないなら、聞く必要ねえだろ!」
鶴賀は立ち上がり、唾を飛ばしながら声を荒げるが、私は引かなかった。
迫力はあるが、ここで引いては事件の真相が明らかにならない。
私は本能的にそう悟った。
睨み付ける鶴賀の目を見つめ返す。
瞳に引きませんと描く。
私と白石が睨み合っていると、「徳人落ち着けって」と、白石が仲裁は入った。
「俺も徳人も犯人じゃないんだから、正直に言うべきだろ。俺が寝ているときに徳人が何をしていたかは分かんないな。寝ていたんだから。屋上にいたのかどうかもな。逆に徳人も俺を見ていないはずだ。男の寝顔なんて見ても、何の特にもんないしな」
「……」
押し黙る鶴賀を見ると、白石の言う通りなんだろう。
もちろん寝顔を見る趣味がないという事ではない。お互いに屋上に来てから、姿を見ていないということだ。
これはどういう事だ?
白石はお互い犯人じゃないから、正直に言うべきだといったが、これでは……鶴賀を売ったようなものではないか。
分からない。
白石が何を考えてるか、私には理解することはできない。
そして鶴賀が何を考えているかもだ。
二人の発言が逆ならば納得がいく。
鶴賀は白石と一緒だったと言っている。これはアリバイの証明のためだろう。
けれど白石は寝ていて、鶴賀が何をしていたか……屋上にいたかどうか寝ていて分からないと言った。
つまり……鶴賀が犯行に及んでいても、寝ていて分からないと言うことだ。
護衛の白石が鶴賀を庇わないのは何故だ?
鶴賀が白石を容疑者から外そうとしているのは、私が白石に犯人なのかと聞こうとしたとき、止めたことからも分かる。
けれど、白石は鶴賀を容疑者にしようとしている。
話す必用のないアリバイを語ったことからも分かる。
意味が分からない。
逆なら理解できるんだ。雇い主の鶴賀を白石が庇い。鶴賀が白石を切り捨てる。
それなら理解できるんだ。
白石は鶴賀を恨んでいるのか?
だから庇おうとしない?
それとも鶴賀を犯人だと思っているのか?
いや、それはないな。
何故なら白石は誰も疑っていないんだから……。
分からない。
一つだけ分かること。それはこの場が今日一番空気が冷え込んでいる。
それだけは間違いなかった。
白石の考えを聞きたかったが、この空気では聞くのは難しそうだ。白石が話そうとしても、鶴賀が黙ってないだろう。
鶴賀は今私の頭上から、鋭い眼光を飛ばしている。
考え込み、下を向いていても分かる。
これでも殺しの世界のプロ。
視線には敏感だ。
まぁ、定期的に、頭上から「チッ」と、舌打ちが聞えるから、分かるというのもあるが……。
時計に視線をチラリと移す。
昼休みの時間は四十五分。
まだ話す時間はありそうだ。




