第52話
白石は胡坐を掻きながら、片手を上げ、「何でも聞いていいぞ」と、笑みを向けてきた。
その口調からは、余裕を感じた。
犯人ではない事から現れる余裕なのか、犯人だがお前に証明することは出来ないだろうと言う思いから生まれた余裕なのか、瞳を見つめても、その答えを得る事はできそうになかった。
「鶴賀さんに聞いた事と同じ質問をします。犯人は誰だと思いますか?」
鶴賀がアリバイを二人でいた事と述べた以上、この場でアリバイを聞く必用はないだろう。
私は質問を一つ飛ばし、また率直に聞いてみた。
通例で行けば、鶴賀に合わせて姫路姉妹を犯人と述べるだろう。
私は、その時の瞳の反応を読み取り、真実なのか虚実なのかを判断するつもりだ。
しかし白石からは予想外の答えが帰ってきた。
「わからないな」
「分からないというと……どういう事ですか?」
「俺はうちのクラスに、簡単にクラスメイトを殺すようなやつがいるとは思えないな」
理解できなかった。
この男は何なんだ?
十六人もの命を奪った殺人鬼が、クラスメイトの中にいるというのに、白石はいるとは思えないと語った。「犯人は誰かじゃないか」や、「誰かのはずだ」と疑う事無くだ。
白石の瞳を覗き込む。
どこまでも澄んでいて、一点の濁りがなかった。
まるで透明度の高い湖のような瞳だ。
嘘と言う濁りはどこにも無かった。
つまり白石は……本当に誰も疑っていなかった
「外部犯の可能性はないですよ。間違いなく生存者の六人の中に犯人がいますよ」
「そうらしいな」と、白石が言った。
その事実を知っていながら、白石はわからないと語ったのか。
私の理解の範疇にこの人はいない。
そして白石は理解できない一言をまた口にした。
「それでも俺は犯人が誰とかは考えられないな。友達を疑うとか嫌じゃん」
「……」
戯言だ。
友達を疑わないなんて出来るはずない。これは万引き犯の追及でも、タバコを吸った生徒は誰だという、高校生特有の非行を行なった生徒を探しているわけじゃない。
殺人犯を捜しているんだ。
多くの命が失われているし、自分の身にも被害が及ぶ可能性だってある。
それなのに友達を信じると言った。
嘘偽りのない済んだ瞳で、白石は言った。
やっぱりこの人は恐い。
殺気も、武力も恐ろしいが、この心が何よりも恐ろしかった。
「それなら……残った六人の中で、誰なら十六人もの人を殺せると思いますか?」
この質問に、白石は考える事無く、「俺」と、答えた。
即答だ。
まさか自分の名前を挙げるとは思っていなかったので、虚をつかれた。
「……えっと、白石さん以外に出来そうな人はいないんですか?」
「俺以外には難しいんじゃないか? 死んだ愛瀬は徳人とタメ張るくらいには強かったしな」
愛瀬は確か……出席番号一番の……。
「愛瀬さんは、NESTの護衛の方ですよね?」
その一言で私は、自分の失言に気づいた。
私はNESTの殺し屋と言う設定のはずなのに、愛瀬さんを知らないのは可笑しい。
白石はともかく、鶴賀は頭が切れる男だ。今の失言に気づいたかもしれない。
「そうだよ。あぁ、あの女の名前を聞いたら、イライラしてくるな。あいつは姫路のアバズレ同様ムカつくやつだった」
鶴賀は私の失言に気づく事無く激昂していた。
怒りは視野を狭くするとよく言うが、本当のようだ。
「あぁ、ムカつくな」
相当怒っているようで、握り締めた拳を、地面に叩きつける。白石のように物を破壊する力はないようだが、ゴガッと地面が音を立てた。
「……鶴賀さんと、愛瀬さんは仲が悪いんですか?」と、白石に尋ねてみる。
気が高ぶっている鶴賀に聞くよりは、白石に尋ねたほうが、答えが返ってくるだろ。
「愛瀬はこの学園の護衛役を嫌がっていたからな。『喧嘩の仲裁に振るうほど、私の刃は安くなくってよ』って、嫌味を言ってたな」
真似をしたのか、白石は裏声で言った。
百八十センチを優に越える白石が女性の真似をするのは、酷く滑稽だったが、愛瀬が嫌味なのは、私に伝わった。
「来丸と宮司も強かったけど、愛瀬は抜きん出ていたんじゃないか? 多分うちのクラスでいい勝負が出来るのは、鶴賀と亜弥と犬山くらいだろうな」
「白石さんではいい勝負はできないんですか?」
十六人殺せるのは自分だけと言ったのに、いい勝負が出来る人間に自分を上げないのは矛盾しているんじゃないか?
「ああ。いい勝負はできないな。俺なら圧勝だから」
なるほど。矛盾はしていないな。
しかし今の白石の発言が真実だとしたら……。
「つまり……犯行が可能なのは白石さんだけ。犯人は――」
「白石が犯人だと言うのか!」
言葉の続きは、鶴賀の声に遮られた。
「断言はしませんが、今の話では白石さんを疑う他ありませんよ」
「ちょっとは頭動かせや、ボケ。豆粒くらいの脳みそはあんだろ。白石が言っているのは、知っている技量での話だ。実力を隠していれば誰にだって犯行は可能になるんだよ。強いが弱いはあっても、弱いが強いはねえんだよ!」
「あぁ、なるほど」
私が納得する前に、白石が頷いた。
「確かに実力を隠しているんだとしたら、俺より強いやつがクラスにいるかもしれないな。姫路達も青葉も犬山も……勿論徳人だって俺よりも強い可能性はあるな」と言うと、チラリと視線を鶴賀に送った。
強いが弱いはあっても、弱いが強いはないか。
確かにその通りだな。
強い人間は、弱い人間を演じることが出来る。
けれど弱い人間が強い人間を演じる事はできない。
百の力ある人間が十の力で戦えても、十の力しかない人間が、百の力を出すことは出来ない。
本当の力を知ることができない限り、犯人を実力から搾り出すことはできそうにない。
白石以外に殺す技量がないからと現段階で判断し、消去法で犯人決定とするのは避けたほうが良さそうだな。
「お話していただき、ありがとうございます」
鶴賀と白石のアリバイ確認と犯人の予想を聞き終えたので、私は礼をすると、「俺のアリバイ確認はしないのか?」と、白石が聞いてきた。




