第51話
「両方だよ」と、鶴賀。
「でも、姫路姉妹はその時間に音楽室にいたと言っていますよ」
姫路のアリバイの確認はしていないことは伏せ言ってみる。
「じゃあ、誰かに音楽室にいたように偽装してもらったんだろ」
鶴賀の発言に違和感を覚えた。
他に容疑者は、犬山も、青葉もいるというのに、否が応でも、姫路姉妹を犯人に仕立て上げたいと言った感じだ。
姫路姉妹にアリバイがあると誤認したのならば、「じゃあ青葉だ」と、犯人候補を帰れば良いのだ。
自分と白石以外ならば、誰が犯人でも鶴賀にデメリットはないはずだ。
「姫路姉妹には十六人殺す力があると思いますか?」
違和感の追求は行なわずに、話を続けてみた。
今、追い込んでも、私の身に危険が及ぶだけのような気がした。
視線をチラリと白石に向ける。白石は詰まらなさそうにあくびをかみ殺していた。
自分達が疑われている立場にあるというのに、その自然体の姿に、私は思わずぞっとした。
「十六人といっても、死んだやつの中でヤバイのはNESTの三人くらいだろ。組から送られた護衛は全員似たり寄ったりの力だし、組のガキ達は武器だけいっちょ前の素人同然の力だ。二人なら殺るのはそんなに難しくねえよ」
なるほど。生き残った六人全員が殺しの技能を持っていたところから、生徒全員玄人だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「組のガキとおっしゃいましたが、鶴賀さんに姫路姉妹と青葉さんは組関係者ですが、お力はどうなんですか?」
犬山の発言では、青葉以外は、相当な実力を持っているとの事だが、鶴賀の考えはどうなんだろうか?
「青葉は見たことねえが、姫路のあばずれは、ムカつくが強ええ」
犬山の発言と一致した。
「あいつの動きはやべぇ。俺らの戦い方が直線的な動きをメインとするが、姫路の動きは流麗だ。気づけば懐に潜り込まれ、対応しようとすれば、いつの間にか背後を取られる。形のない水を相手取っているような気分になるぜ」
水を相手にするから流麗か。
「あの戦い方は一対多数を想定しているな。常に相手に背を取らせない動き。あれは一朝一夕では身につかねえ、熟練の動きだ」
鶴賀は姫路亜弥を高評価していた。
自分のライバルを自慢するかのような物言いだった。
「鶴賀さんより強いんですか?」
亜弥が強いのは分かったが、果たしてどっちが強いんだろうか、素朴な疑問が湧いたので何気なく聞いてみた――が、聞くべきではなかった。
あっ、ヤバイ。
鶴賀の瞳に火が付いたのが分かった。
「俺の方が強ええに決まってんだろ。体に教え込んでやろうかぁ!」
鶴賀と姫路姉妹のどちらが強いのかという素朴な疑問だったが、どうやら鶴賀の導火線に火をつける一言だったらしい。
教室でも口論――実際は切りあう直前だったが――しているくらいだし、仲はよくはないのだろう。
「いえ、姫路さんを高く評価していたので、どうなのかと思いまして」
焦りながら答えると、「あははっ」っと、白石が腹を抱え笑い出した。
何が楽しいんだ。
って、鶴賀の手が腰に伸びているじゃないですか。体に教える気満々じゃないですか。
「徳人は強いよ。武器使っての戦闘技術だけじゃなく、空手と柔道は黒帯だし、剣道に関しては……三段?」と、白石が言うと、「四段だよ」と、鶴賀が訂正してきた。
私や刑と違って、暗殺技能以外も磨いているということか。
見下ろす形になるが、鶴賀の胸元を見てみる。
竜の彫り物に目に言ってしまうが、よく見てみると引き締まったいい体だということに気づく。
「剣道は四段だったな。あと算盤に書道、ピアノに水泳、英会話もやっていたし、かなりのパーフェクト超人だよな」
前半は格闘技や、体の強さを裏付けていたが、後半はただの良家のお坊ちゃまの説明でしかないな。
ってか、鶴賀はピアノをやっていたのか……。
金髪に切れ長の目で優雅にシューベルトを弾いているところを想像してみる……正直似合わないな。
それどころか、ちょっと面白い。
私が笑いを堪えていると、「なんか文句あんのか。あぁん?」と、英会話が堪能であろう鶴賀がガンを飛ばしてきた。
あれっ、いつの間にかまた匕首を抜こうとしている。
怒らせてしまったか?
「すいません。続けてください」と、白石に向かい、話を進めるように促す。
「鶴賀が正攻法の格闘技を得意とするなら、亜弥は軽業師みたいな、体捌きが特徴的だな。マジでやりあった事はないけど、俺の見立てでは、鶴賀と亜弥は互角なんじゃないか?」
「互角ですか」
「ああ。その事は徳人も分かっているから、むきになるんだろ」
鶴賀は、「チッ」っと、舌打ちをすると、「俺のほうが強ええよ」と呟いた。
自分のほうが強いといった鶴賀だったが、顔には悔しさが現れていた。亜弥と鶴賀が互角だというのは、あながち間違いではないのだろう。
ミステリーならここから犯人だと思う姫路姉妹に動機があると思うか聞くところだが、今回は猟奇殺人で間違いないだろうから、私は鶴賀への質問を終えることにした。
ここからが本番だ……。
気が重くなってくるな……。
「鶴賀さんお話ありがとうございます」と、頭を下げ、白石に視線を送る。
私に殺気を送った主。犬山に化け物といわれた人物に、視線を送る。
「次は白石さんに質問してもよろしいですか?」




