第49話
「確証?」と、利き返す私。
「話を聞いている間に、お前が俺を襲わないって確証はあんのか?」
どうやら頭の切れる人物のようだ。
少しホッとした。
「確証ですか。それならこれで良いですか?」
ポケットからバタフライナイフを一本取り出し、鶴賀に向けぽいっと投げる。教室から出てくる時、犬山に念のため持ってきたほうが良いと言われたので、カバンから取り出し、ポケットに忍ばせていたものだ。
距離はあったが、何とか届いたバタフライナイフを、鶴賀は片手で軽々とキャッチすると、「バタフライナイフか……」と、呟きナイフをポケットにしまい、ちらりと私を見た。
「これで丸腰です。信じてもらえますか?」
バレッタに仕込んだナイフはあったが、殺傷能力は低いので、ここで言う必用はないと思い鶴賀には言わなかった。
両手を上げ、丸腰な事をアピールし、一歩一歩鶴賀に近づいて行くと、「待て」と静止させられた。
二文字の言葉を受け、ピタリと止まる。
まだ信じてもらえてないのか?
「ブレザーを脱げ」
「はい?」
「まだ武器を隠しているかもしれないだろ。ブレザーを脱げ」
「かっ、隠してなんかいません!」
まぁ隠してはいるが……。
鶴賀がこのバレッタに気づいているとは思えないので、他の武器を警戒してのことだろう。鶴賀の警戒心の強さが分かった。
隠してませんと言った言葉を鶴賀は信じる事無く、「脱げ」と言い放った。
「……クッ」と、苦虫を噛み潰すし、上着を脱ぎ捨て、鶴賀に向かい投げ捨てる。
ブレザーはナイフとは違い、風にはためき、鶴賀と私の間にバサッと落ちた。
「これで良いですか?」
「まだだ。その場で後ろを向け」
疑り深い男だった。
もし鶴賀が犯人だったら、今後ろを向くのは危険すぎる行為だった。
「……」
意を決して私は後ろを向いた。背後からざっざっと足音が聞えると、バサッと絹ずれの音が聞えた。鶴賀がブレザーを拾い、中を確認している音だろう。
何があっても直ぐに反応が出来るよう、気を張っていると、またざっざっと離れていく足音が聞えた。
「もういい」
言葉に従い、私は鶴賀に向き直った。鶴賀は右手に匕首、左手にブレザーと言ういでたちで佇んでいた。
「それじゃあもう良いですか?」
鶴賀から返ってきた質問の答えは、「いい」でも「ダメ」でもなかった。
答えは、「スカートを捲れ」だった。
「……」
固まる私。
「……」
真剣な眼差しの鶴賀。
「……変態……」
響さんには言いなれたこの言葉をはじめて他の人に言ったな。
「……ッ。ちげえよボケ。てめえみてえな、色気のないガキの小汚いパンツなんかみたくもめえよ。足に武器を忍ばせてねえのは確認したが、スカート中はまだ確認していねえから言ったんだよ」
暴言連発だ。
私はガキじゃないし、パンツも毎日洗っている。もちろん綺麗だ。
反論したい気持をグッと抑える。
鶴賀の言い分も最もだった。スカートの下にホルスターをつけ武器を隠すのは、女の常套手段だ。犬山も亜弥もそうしていた。
分かっているとは言え……スカート捲るのは恥ずかしすぎる。
「早くしろよ」
俯きなかなかスカートを捲らないでいる私に、鶴賀は催促してきた。
「クッ」
歯を食い縛り、スカートの裾に手をかけ、ゆっくりと捲り上げると、露になった太ももに風が当たり、秋の寒さを感じたが、更に捲り上げると、黒のスパッツに日差しがあたり温かさを感じた。
恥ずかしい……。顔が赤くなっていくのが分かる……。
私は思わず俯いてしまう。
なんですかこれは?
刃物を持った男に命令され、顔を赤らめてスカートを捲る少女。誰か見ていたら、即通報レベルの状態だ。
「おっ、おい。太ももまででいいんだよ!」
スパッツまで露にしていた私を鶴賀が慌てて制止してくる。
太ももまでで良いなら、太ももまで捲れと言ってください。
ばっと、スカートを下げ、恨むような視線を鶴賀に向けると、パチパチと私に拍手が贈られた。
えっ?
誰だ?
「なんか騒がしいと思って起きてみたら、可愛い子がスカートを捲くっていて、眼福眼福」
いつの間にか起きていた白石が、鶴賀の横に並び拍手をしていた。
「歌波は恥女なのか?」
白石は拍手を止めると、真顔で聞いてきた。
「違います」
好きでやっているわけではない。
「私はただ武器を持っていないかどうかを証明していただけです」
「恥女じゃないのか。残念だ」と言うと、「武器を持っていないってどういう事?」と鶴賀に向き直り聞いた。
「このガキはNESTの護衛とかぬかしていたが、NESTから遣された殺し屋だってことだよ」
「ふーん。殺し屋ね」
護衛でも殺し屋でも、自分には関係ないといった感じの興味なさげに呟くと、「その殺し屋と、パンツにどんな関係があるんだ?」と、鶴賀に聞く。
「殺し屋とパンツに関係はねえよ」と、答えると疲れたかのように一度頭を抱え続けた。
「察しろよ。このパンツ女は俺を殺しに来たんだよ」
パンツ女って……。
まだガキ呼ばわりのほうがマシだ。
「ふぅーん、殺しにか……」と、白石は呟き、私に向き直り、「そうなのか?」と、聞いてきた。
怒気が篭っている訳でもないというのに、私の体は押しつぶされそうな圧力を感じた。
「……ッ!」
この圧力は……殺気だ。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!
この人は恐い。
武器を握っている鶴賀なんか目じゃないほど、全身が白石に警戒しろと言っている。
産毛が逆立ち、背筋には冷や汗が滝のように流れていた。
白石を敵に回しちゃダメだ。私の本能がそう言っている。
「ちっ、違います! 私は容疑者の六人全員から話を聞くつもりです。鶴賀さんだけに話を聞くわけじゃありません」
信じてください。白石に必死に呼びかける。
「それで俺が犯人だったら殺すんだろが!」
と、鶴賀。
あぁもう。話がまた振り出しに戻ってしまった。
スカートまで捲くってあげたというのに、あなたはまだ黙っていてください……。
思わず私も頭を抱えたくなる……。
これで白石まで私を敵だと認識したら……私の命の灯火は……。
「徳人落ち着けって」
ヒートアップしていく鶴賀と私とは違い、白石は静かに言った。
「俺達が犯人じゃなかったら殺さないってことだろ。なっ?」と、白石は私に目配せした。
「誰が犯人なのかを突き止めるのが私の仕事です。犯人以外に危険を加えるつもりはありません」
私が答えると、白石から発せられた殺気が消えた。
「なら俺達は無実を証明するだけで身の安全が確保できるんだ、徳人もそんなの持ってないで、しまって話をしようぜ」
「……」
鶴賀は押し黙ると、「チッ!」と、舌打ちをし、匕首を腰に挿し戻すと、地面に腰を下ろした。
「俺は何を話せばいいんだよ」
鶴賀が話す気になったのを見ると、白石も横に座った。




