第48話
階段を上り屋上の扉の前に立つ。
屋上が誰のものと言うわけではないが、扉をノックする。
コンコン。
「……」
返事はなかった。
もしかしたら、もう食事が終わり屋上から移ったのか?
そう思いながらも、「失礼します」と、言いながら扉を開けた。
不在かと思っていたが、屋上には犬山が言っていた通り、鶴賀と白石がいた。
鶴賀はサンドイッチを片手に本を眺め、フェンスに背中を預けながら座っていた。
白石はと言うと、少し離れたところで、腕を枕に横になっていた。
ぐががぁと、いびきが聞えるので、どうやら寝ているようだ。
「失礼しますね」と、もう一度言い、屋上に一歩踏み込むと、「あぁん?」と、本から視線を外し、凄んできた。
どうやらノックや最初の挨拶は聞えなかったようだ。
「えっと、お食事中ですよね? 良かったらご一緒していいですか?」
持ってきたお弁当袋を見せ、笑顔を向ける。
もちろんビジネススマイルだ。
自慢のように聞えるかもしれないが、私はそれなりに整った顔をしている。
綺麗系ではないが、可愛い系でなら地下アイドルデビューも夢じゃないと、響さんに言われたこともある……。
あれっ?
褒められたんだよね?
とにかく地下アイドルデビューが出来そうな私が、全開のアイドル営業スマイルを鶴賀に贈った。
美少女の笑顔付のお昼の誘いだ、断わる男はまずいないだろう。
「……なんで俺が、乳臭いガキと飯食わなくちゃなんねえんだよ」
「……ッ!」
断わる男がここにいた。それも物凄く失礼な言葉で断わられた。
私とあなたは同い年ではないんですか?
そりゃあ可愛い系の幼い容姿をしている私ですが、それなりに色気のある格好をしているんですよ。
響さんの趣味……潜入捜査用の衣装のお陰で、胸元は開けているし、スカートも短くなっている。
思春期の男ならドキドキするんじゃないのですか?
アイドル営業スマイルが崩れそうになるが、平常心、平常心と自分に言い聞かせる。
「そんなこと言わないでくださいよー」と語尾を伸ばす口調に変え、「同じクラスになったんですから、仲良くしましょうよー」と、拳を頬につけ、肩をくぼませて笑顔を送る。
あざといぶりっ子キャラがやりそうな笑い方だが、ワイドショーでも男はこういうのが好きだと言っていたぞ。
どうだ。
「気持ち悪りぃ顔すんじゃねえよ」
一蹴された。
女の子に気持ち悪いって普通言いますか?
「そんなこと言わないでくださいよー。これから卒業まで一緒のクラスなんですから、仲良くしましょうよ」
もちろん嘘だが。
事件が解決すれば、すぐに辞めるが。
警戒心を解くために、私は平然と嘘をついた。
この学園に来て何度目の嘘だろうか?
「卒業まで一緒のクラス?」
喰い付いたか?
情報を聞き出す機会を得るためにも、ここは慎重に行かなければならないな。
「皆さんを卒業まで無事、お守りするのが私の使命ですから」
胸に手をあて、まるで演説をしているように言う。
私は安全ですよ。
さあ、心の壁を取り払ってください。
鶴賀は私の目を見つめると、「はっ!」っと、鼻で笑い、「良くそんな嘘を出任せがぺらぺらと出てくるな」と言った。
その言葉を聞き、「嘘じゃないですよー」と、私は嘘を言う。
「お前は言葉は挨拶から何から何まで全部嘘だろが。何がNESTの護衛ですだと? 誰が信じんだよ。そんなたわ言」
「どうしてわかっ――」
わかったのと言いそうになった口を慌てて塞ぐと、持っていたお弁当袋を落としてしまった。
足元でがしゃんと音を鳴らしたが、私も鶴賀も――もちろん寝ている白石も――視線を送る事はなかった。
手で言葉は塞ぐことは出来たが、行動で失言した事はバレバレとなった。
私がNESTの護衛じゃないことがバレている?
どこかから情報が流れたのか?
私は表情をアイドル営業スマイルから、元の殺し屋のパートナーのものに戻し、「どうして分かったんですか?」と聞きなおす。
「お前馬鹿じゃねえの? これだけ人が死んでんだぞ。護衛を寄こすにしても、最低一人に一体つけんだろ。それなのに寄こしたのはガキ一匹。ワンコロを合わせても二人で、五人を守りきれるもんじゃねえだろ。そう考えれば答えは簡単。寄こされたガキの仕事が護衛じゃなく、別の仕事……犯人を消しに来たんだってな」
鶴賀の考えは合理的で、理に適っていた。
鶴賀は、夜中のコンビニの駐車場で、座わりながタバコを吸っていそうな、よく見る不良学生のような見た目だが、頭は切れるようだ。
「で、犯人を消しに来た殺し屋が俺の前に現れた」と言うと、鶴賀はサンドイッチと本を地面に置き立ち上がると、「俺を消しに来たと言うことか」と言ってきた。
「いえ、違います! 私は――」
「うるせぇ!」と、私の訂正を遮ると、「犯人扱いされて殺されてたまるかよ」
切れる頭はあっても、話を聞く耳は持っていないようだ。
「ちょっ、本当に待ってください」
距離はまだあるとは言え、鶴賀は今にも飛び掛ってきそうな殺気を放っていた。
「私はただ話を聞きに来ただけで、鶴賀さんに何かしようなんて思っていません」
「お前は銃を突きつけられて、敵意はありません。ただ向けているだけですなんて言われて、信じるか?」
「それは……」
信じられないが、私は違う。
ただ話を聞きに来ただけだと言う事を、どうやって信じてもらえばいいんだ?
「こっちは笑顔を装って殺しに来るやつなんざ、腐るほど見てきているんだよ」
それが、この警戒心の現れの原因か。
ヤクザの組長の息子。
鶴賀本人に恨みがなくても、鶴賀組に恨みがある人物なら五万といるだろう。その為、幾度となく命を狙われてきただろう鶴賀にとって、私もその中の一人に数えられるのだろう。
「本当に話を聞きに来ただけなんです。信じてください」
「信じる根拠はあんのか?」
「根拠は……」
根拠を提示する事は出来なかった。
口ごもる私に、「根拠もないやつを一目もない場所で近づけるわけねえだろ」と、言い放った。
教室では、教師の目も他の生徒の目もあった。けれどこの屋上には誰の目もない。私と鶴賀と白石の六つの目しかない。
過敏に反応するのも頷けた。
「私は……犯人を見つけに来たんです。その為にも鶴賀さんと白石さんに話を聞かなきゃならないんです」
根拠は何も提示できないが、私は自分の任務を明らかにする事で、鶴賀の警戒を解くことにした。
だが、鶴賀からは、「それで俺が犯人だったら殺すんだろ?」と質問が返ってきた。
その答えは……イエスだ。
私の役目は犯人を確定し、殺しの場を整え、刑に連絡をすること。
刑の役割は、私から連絡を受け、犯人を……殺すことだ。
けれど、ここで馬鹿正直にイエスと答えてしまっては、鶴賀から話は聞けそうにない。
嘘を付くべきだろうが。
私が殺し屋だと――正しくは殺し屋のパートナーだが――ばれてしまっている以上、犯人を殺しませんよなんて言ったところで、信じることなどできないだろう。
鶴賀の警戒を解き、話を進める方法はないのか?
必死に頭を働かせ、私は、「殺します」と、答えた。
「……ッ!」と、顔を歪ませると、腰に手を回した。
匕首を抜くつもりだろう。
けれど殺しますと答えれば、鶴賀ならば敵意を向けてくることは予想していた。
短時間しか接してはいないが、鶴賀の沸点が低いであろう事は分かってた。
私は焦る事無く、「鶴賀さんは犯人なんですか?」と聞いてみた。
「犯人の訳ねえだろ」と、鶴賀が喰いい気味で答えてくると、匕首の鞘と柄を握り、引き抜こうとした。
一触即発の状態ではあるが、自分に焦るなと言い聞かせ、話しかける。
「だったら話を聞かせてください。事件のときあなたが何をしていたのか、あなたが何を知っているのかを」
私は賭けていた。
鶴賀の沸点は確かに低いが、合理的な思考を持つ人間であるはずだ。
ここで私を襲えば、犬山や他の生存者に犯人だと疑われるだろう事くらい、分かっているはずだ。
もし自分が犯人であっても、犯人でなくても、話をするほうが有利だという事を。
「……」
匕首を握ったまま固まる鶴賀。
どっちだ、鶴賀がただの切れやすい男ならば、私の身は危険にさらされることになる。
もし私が考えたとおり、頭の切れる人物なら、話し合いの場を設けることが出来るだろう。
鶴賀は歪んだ顔から、表情を消し、私を睨みつけ、「確証はあるのか?」と言ってきた。




