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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第3章 犬山明日葉と学園
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第47話

 私には死ぬ覚悟は……ない。


 それが答えだ。


「死ぬ覚悟もなくこの仕事をしているんですか?」


 血と恨みで心が汚れようと、やらなければならないことがある。

 死ぬべき人間だとしても、殺らなければいけないやつがいる。


「はい」と答え、犬山の瞳を見つめる。


 死ぬ覚悟のない私を蔑んだ目で見つめている。


 人を殺す立場にいながら、自分が死ぬ事を受け入れようとしない私を、見下す瞳。


 そんな瞳で見ないで欲しいと、思わず口から出そうになったが、私はグッと飲み込み、その瞳を受け入れた。

 甘いのは私だ。

 殺し屋失格なのも私だ。


 けれど私はまだ死ねない。


 死ぬ覚悟なんて持ちたくない。


 死ぬ覚悟なんて……持てない。


「今はまだ……死ねません」

 地べたを這いつくばっても、泥水を啜ってでも、生き延びなければならない。

 

 あいつを殺すまでは……。


「……」

 犬山は口をポカーンと明け、感心したのか、呆れたのか分からないような表情を見せたが、もう蔑んだ目はしていなかった。


 犬山は口を閉じると、「くっくっく」と、シニカルに笑い、「今はっすか。面白いっすね」と言った。


「それじゃあ、うちもエリちんを、殺させるわけにはいかないっすね。一緒にアヤちん達とお昼にするっすか?」


「……」

 身の安全を確保するためには、犬山と一緒に行動するのが一番安全だろう。

 犬山の強さは自分の目で確認した。

 間違いなく強者だ。


 けれど、私はその申し出を断わった。


「いいえ。今日は鶴賀さんのところに行きます」

 さっきまでは殺人鬼と一緒になるかもしれないという思いで、犬山に助けを求めた私だが、今は事件解決のためにも、話を聞かねばならないという思いに駆られていた。


 犬山がいては話せない事――容疑者の一人がいては出来ない話もあるだろう。


 覚悟を決めた今、思考がスムーズに働いていくのが分かった。


 恐怖と言う名の堰に止められる事無く、清流のように流れていく。

 死ぬ覚悟はしないけれど、死なない覚悟は決った。


「もしやばくなったら、直ぐうちを呼んでくださいっす」と言うと、犬山は携帯の番号を言った。


 私はその十一桁の数字を暗証しながら、携帯電話に登録する。


「電話が来たら、ヒーローよろしく、ヒロインを助けにいくっすよ」


「私がヒロインですか?」と、聞くと思わず笑ってしまいそうになる。


 私はヒロインとは最も遠い存在だと思った。


 そもそも私に配役なんてあるのか? 

 この事件が物語だとするなら、刑が主役で、殺人鬼が悪役なんだろう。

 そして、生存者がメインキャストに名を連ねるだろう。


 私はと言うと、主役が来るまで場つなぎをする脇役でしかないんだろう。

 登場人物紹介でも名のあがらないような脇役だ。


 そもそも主役がヒーローなんて決ってはいない。


 刑は殺し屋。

 生存者も人殺し達。


 この話にヒーローはいない。


「私にヒロインなんて大役勤められませんよ。私は殺し屋のパートナー。悪役の手下。三下でしかありませんよ」


 そう、悪役――犬山に言う。


「エリちんが三下なら……それを助けに行くうちは、悪の組織の幹部ってとこっすかね」


 戯言を語り合い、二人でククックと、笑いを堪えあう。


 私も犬山も、事件の犯人も刑も、他の生存者達もみんなみんな悪役なんだ。

 誰が死んでも結末は一緒。


 この世から人殺しが一人減る。

 ハッピーエンドだ。


 私が死ねば、刑は誰も殺さない。


 犬山が死ねば、組織の殺し屋が一人減る。


 犯人が死ねば、学園でこれ以上の人が死ぬことはない。


 みんな死ぬべきなんだ。


 今すぐ校舎が倒壊して、みんな死ぬべきなんだ。


「あははははっ」

 堪えきれなくなり私は笑ってしまう。

 目じりに溜まった、涙を拭い、「さっき今は死ねないと言いましたよね?」と言う。


「言ったっすね」


「死ぬ覚悟は出来ていないですけど、死ぬべきだとは思っています」


「死ぬべきっすか」


 今は死ねない。

 けれど……。


「私にはやらなければならない事があります。それをやり遂げたら、私は……死のうと思います」

 刑があいつを殺したら……私は死のう。


「それまでは死ねない……死なないってことっすか」


「都合がいいですか?」

 人の命は奪うが。唐突に人生の終焉を齎すと言うのに、自分だけは満足しながら死のうとする。


 都合のいいことだ。


「都合がいいすね」

 と、犬山。言葉とは裏腹に、嫌味な感じはしなかった。


「私……都合のいい女ですからね」


 私は笑って答えた。

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