第46話
「データをやったりはできないっすけど、このくらいならいつでも見せれるっすよ」
「メモを取るのは不味いですか?」
情報が多いので、私はメモの提案をしてみる。
「あー、メモはダメっすね。さっきも言ったように固有名詞の分かるメモは禁止になっているっす。うちや死んだ護衛は特別に許可を得ているっすけど、エリちんのような外部のものには渡せないんすよね」
「わかりました」と、返事をし、目を見開き、必死に頭に叩き込む。全部覚えるのは無理だろうが、名前と所属くらいは覚えておいたほうが捜査もしやすくなるだろう。
一番から目を通し、二十二番まで見終えると、画面から目を離す。
「ありがとうございます」
学校の勉強では賢くないことが発覚したが、人名の暗記なら、仕事でもよくやっていることだし、多分大丈夫だろう。
「一分も見ていないっすけど、もういいっすか?」
「はい」
「それじゃお昼にするっすか。エリちんはお昼はどうするっすか?」
お昼と言う単語を聞くと、空腹がぶり返してきた。
「お弁当を持ってきました」と言うと、バックをあけお弁当箱を取り出す。
「お弁当組っすか。うちは手ぶらなんで、アヤちんサヤちんとアオちんのお弁当のおこぼれを頂くすよ」と言うと、カーディガンのポケットから、割り箸を取り出した。
お弁当を忘れた生徒が、弁当箱の蓋を借りて、みんなからおかずを分けてもらい、気づけばクラスで一番豪華なお弁当になるというあれか。
「じゃあ私もご一緒してもよろしいですか?」
お弁当のおかずは何が入っているかは聞いていなかったが、響さんの手作りなので、美味しいのは間違いないだろう。
私も何かあげようかな、と思いながら聞くと、「ダメっすよ」と、拒否された。
入学一日目にして、仲間はずれ。
一人寂しく食べろというのかと思っていると、「エリちんは屋上でツルちん達と食べると良いっすよ」と犬山は言った。
「鳳凰會と音羽會に別れているっすから、話を聞くチャンスっすよ」
確かに話を聞きやすい状態ではあるが、一つの疑念があった。
「でも、音羽會側が犯人だった場合、犬山さんが一緒じゃないと、私の身の安全が……」
「その時はツルちん達が犯人だって分かって、めでたしめでたしじゃないっすか」
全然めでたくなかった。
私が死んでどこがめでたしだ。
バットエンドじゃないか。
「エリちんもプロなんすから、覚悟は出来ているんじゃないんすか?」
覚悟。
ここで犬山が言っている覚悟とは……死ぬ覚悟だろう。
「それは……その……」
痛いところを突かれ口籠ってしまった。
死ぬかもしれない。
裏の世界に生きている以上、覚悟がないわけではない。身の危険が迫った事だって何度もある。
けれど……。
どこかで安心していたのかもしれない。
自分は殺し屋のパートナー。
殺す手助けはすれど、自分の手は汚さない。
命の取り合いの場にも出向かずに、ただ刑とターゲットの命のせめぎ合いに、耳を傾けるだけ。
生きるか死ぬかの運命を秤にかけるだけの存在なのだ。
私は何なんだ?
私は殺し屋のパートナーだから、ターゲットを殺すのは刑ですよ。
私は殺しませんよ。
だから私は殺さないで下さい。
なんて都合のいい存在なんだ。
私の一言で、刑は人を殺すじゃないか。
私の一言で、刑は人を殺したじゃないか。
私の一言で、刑は人を殺してきたじゃないか。
私の一言で、刑は人を殺しまくったじゃないか。
あの人も。あの人も。あの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人もあの人も。私が殺したようなものじゃないか。
私が刑に伝えなければ。
ターゲットですと言わなければ。
あの七十三人は一人だって死ななかった。
みんな私が殺した。
みんなに死を与えたのは私だ。
私の手は汚れていないけれど、心は血と恨みで汚れきっている。
コールタールが零れたドラム缶のように。
私は薄汚れた人間だ。
私は汚い人間だ。
私は汚い人間に……なったんだ。
頭に映像が浮かんでくる。
二丁の銃を握った殺し屋がどちらを助けて欲しいと聞いてくる。
私はあの時なんて答えたんだろう。
銃声が響き、二人は倒れた。
二人は死んだ。
私はあの時なんて答えたんだろうか。
思い出すことはできないけれど、今答えなくてはならない言葉は分かった。
私には、やらなければならないことがある。
「ありません」と、犬山に答える。




